国内の男子アイスホッケー(IH)界は、競争力や競技人口など多くの面でマイナー化が進んでいる。そんな逆風下の2020年、アジアリーグ(AL)参入を果たしたのが横浜GRITS。クラブ代表・臼井亮人氏が、今後のビジョンや壮大な夢を語ってくれた。プ…
国内の男子アイスホッケー(IH)界は、競争力や競技人口など多くの面でマイナー化が進んでいる。
そんな逆風下の2020年、アジアリーグ(AL)参入を果たしたのが横浜GRITS。クラブ代表・臼井亮人氏が、今後のビジョンや壮大な夢を語ってくれた。
~「アイスホッケー・ヒーローズ2」はIH復興への大きな一歩
1月14-15日、ALオールスター戦「アイスホッケー・ヒーローズ2」(ダイドードリンコアイスアリーナ)が4年ぶりに開催された。今イベント開催に尽力した1人が臼井氏。「集客には苦戦したものの、ALは確実に前に進んでいる」と振り返ってくれた。
「コロナ禍も収束に向かいつつある中、IH界全体で盛り上げていきたい。各クラブが単発でやっていても、今は限界があります。今回、他クラブの集客方法やファンサービスを聞けて参考になりました。選手の立ち振る舞いなども勉強になった。良い部分は数多くあるので、それを集約することが活性化にも繋がるはずです」
~アイスホッケーの方へ振り向いてもらう
話題となったのが、選手会主導で行われたファンとの交流会だった。リンクを一般のファンに解放して入場可能にし、選手との写真撮影やサインがもらえる時間を設けた。
「リンクは製氷機をかけるだけで良い。サッカー等のように芝生が痛む心配はないので、やる気があればすぐにできること。今のIH界は振り向いてもらおうというフェーズなので、できることは全てやる必要があります」
選手とファンの距離を近くすることは必要だが、バランスが重要となる。GRITSがクラブ創設時からウリの1つにしている、「デュアル・キャリア」が活きてくる。社会人として働きながらIHをプレーするという二足の草鞋だ。
「選手に対しての信頼感があります。うちの選手は平日は働いているので、社会性を備えてくれています。もちろんクラブとして細心の注意を払いますが、選手たちもファンとの接し方にどんどん慣れてくれると思います」
~競技人口より観戦人口を増やす方が簡単
他クラブは北海道(レッドイーグルス北海道、ひがし北海道クレインズ)、青森(東北フリーブレイズ)、栃木(H.C.栃木日光アイスバックス)が本拠地。寒冷地でIHが身近にあるのに比べ、GRITSの新横浜という土地はIH不毛の地なのは間違いない。
「知名度を高めるためには時間をかけて地道にやるしかない。また他競技からも参考になることがたくさんある。例えば女子サッカーのスフィーダ世田谷FCは、地元の祖師ヶ谷大蔵商店街を巻き込んでいます。ウルトラマンの町として有名ですが、そこにチームの旗が並んで立っています」
IHのプレー人口問題も当然、関わってくる。新横浜のような都市部では、子供の頃からIHに関われる機会が圧倒的に少ない。ならば逆の発想で、競技人口ではなく観戦人口を増やすことに注力すべきという。
「私は北海道・苫小牧出身ですが、王子(現レッドイーグルス)のリンクが立ち見でいっぱいだった。それが当たり前だと思っていたので、東京へ出てきてからIHへの温度差に愕然としました。IH人口を増やすのはハードルが高いので、まずは興味を持ってもらうことが先だと思います」
~ニワカ・ファンは大事な存在
今季のGRITSには大きな波がある。大勝して喜んだのも束の間、大敗して落ち込むことも多い。チーム創設3年目を迎え、ご祝儀期間は過ぎた。周囲からも「勝利」を求められることが増え、勝敗が観客動員に与える影響も大きくなってきた。
「勝敗に頼らないマーケティング戦略は重要です。しかし勝つことも集客ポイントの1つです。サッカーW杯等でも話題になりましたが、『ニワカ・ファン』は大事な存在です。どんな形でも会場に来て、そこから数%でも良いから定着して欲しいです」
「創設当時の連戦連敗に比べれば進歩していますが、来ていただいたファンの方にがっかりして欲しくない。負けても『本当に惜しかった』と思って欲しいので、大敗はありえないです。試合後に落ち込んで帰って欲しくありません」
~ビッグネームの現役選手を連れてきたい
チーム創設以来、北米IH界で名前を知られている人物を首脳陣に招聘している。また昨年は世界最高峰リーグNHLエドモントン・オイラーズのキャプテンを務めたイーサン・モロー氏によるアカデミー開催予定もあった(直前で延期)。ワールドワイドな視点からのチーム強化、日本IH界の底上げを図っている。
「外国人監督の強みは北米や欧州の最新のトレンドをよく知っており、ネットワークも活かせること。今年はジェフ・フラナガン監督の知り合いのキーパーコーチに、オンラインで指導をしてもらっています。イーサン・モロー氏も同様です。今後は選手に関してもビッグネームを連れて来たいです」
「彼らの経験や実績から得るものは大きい。でも一番はチーム方針を理解できるか。GRITSの特色はデュアル・キャリアで仕事もしないといけない。『ホッケーだけに集中しろ』と思う人もいるはず。マイク・ケネディ前監督、フラナガン現監督のどちらもチーム方針を理解してもらえました」
~腰掛け、出戻り、全然構いません
GRITSは選手が世界へ挑戦しやすい環境にもある。現在、NHL入りを目指して北米下部リーグでプレー中の、平野裕志朗、菅田路莞の2人はGRITS出身。オフシーズン等には古巣の練習に参加するなど、退団しても良好な関係を続けている。世界を狙うハイレベルな選手を見られるという部分でも、魅力があるチームだ。
「GRITSは腰掛けのように言われることもありますが、気になりません。個人的には転職と同じでも良いと考えます。スポーツ選手は活躍できる場所を目指すのは当然です。お互いが合意、納得していれば出入りして良いと思います」
「将来的には出戻りも全然オッケーで受け入れます。予め保証はしませんけど状況が許せばウエルカム。IH界にとっても絶対にプラスになるはず。NHLでプレー後にALへ戻ってきた福藤豊(アイスバックス)を見れば、ああいう影響を与える選手は何人いても良いと思います」
~横浜の町にある複合型アイスリンク
その他にもプロ野球・DeNAの元監督アレックス・ラミレス氏が共同経営者に就任するなど、積極的な姿勢が目立つ。今後、GRITSはどのような道を目指しているのだろうか。
「(ラミレス氏は)当初はアドバイザーの形だったが、『責任を持ってやりたい』ということで共同代表となって協力してくれています。GRITSの可能性に賭けてくれているだけでも、心強く感じて勇気が湧きます」
「ALで常に優勝争いするようなチームになりたい。そして『新横浜はIHの町で、デュアル・キャリアで活動するプロクラブがある』という世界観を作りたい。町の規模やイメージなど、可能性を感じるからこそ、ラミレス氏も協力してくれているはずです」
北海道のIH小僧だった臼井氏が、辿り着いた港町・横浜で立ち上げたGRITS。クラブとして大きな可能性を感じる中、最後に壮大な夢を語ってくれた。
「KOSE新横浜スケートセンターを魅力あふれる空間にして、常にフルハウスにする。その先にはクラブ自前のリンクが欲しいです。複合施設でIHとバスケット、フットサル等ができるようにする。横浜の町にあってふらっと遊びに行って楽しめる場所です」
「スポーツというコンテンツは今後も無くならないと思います。だから自前の箱を持つのはアリです。夢物語で何も進んでいませんが、人と会うたびに『リンクを作りたい』と言うようにしています。言霊が宿って実現することを信じています」
自前リンクは壮大な夢だが、現実となることを信じて前進を続けるのみ。その先にはGRITSが新横浜をIHの町に染め上げる日が待っているはず。今は決して恵まれた環境ではないIH界だが、右肩上がりになる日を信じている。チーム名のGRITS「やり抜く力」の真価を発揮するのはここからだ。
(取材/文・山岡則夫、取材/写真協力・横浜GRITS、アジアリーグアイスホッケー)