柴田徹主将(スポ4=湘南ベルマーレU18)――引退から時間がたった今、4年間を振り返って率直な気持ちを聞かせてください …

柴田徹主将(スポ4=湘南ベルマーレU18)
――引退から時間がたった今、4年間を振り返って率直な気持ちを聞かせてください
楽しくもあり苦しくもあった、喜怒哀楽普通の大学生は味わえないような感情をたくさん味わうことができたと思います。ケガに始まり、ケガに終わった大学生活でしたが、引退した今、率直に感じていることは、幸せな4年間だったなということです。いろいろな人に出会えて、いろいろな経験をさせていただいて、たくさんの人に支えられながらこの4年間を過ごすことができ、無事にやりきることができました。最高に充実して幸せで楽しすぎた4年間だったと思います。すべての人に感謝しています。
――昨季から一転して今季はケガに苦しみましたが、ピッチ外からチームの状況をどのように感じていましたか
みんなが必死に戦う姿を見て、みんなを頼もしく思っていたのと同時に、自分自身の無力さに何度も悩まされました。結果が出ない中でみんなには本当に苦しい思いをさせてしまったなと感じています。それでも前を向いて戦ってくれたみんなには感謝しかありません。
――チーム状況が上向かない中で、主将としてチームをまとめることへの難しさはありましたか
ピッチに立てないという部分が一番難しかったです。みんながピッチで感じていることを理解しきれない、同じ土俵に立って話ができていないという点において本当に難しい部分はありました。ピッチの外で多くの人とコミュニケーションをとったり、練習中声を出したりすることぐらいしかできませんでしたが、常に自問自答を繰り返していました。何が正しくて何が間違っているのかの判断の重みもとても重く、ピッチに立てないだけでこれほどまでに状況が変わってしまうのかと毎日悩まされました。
――特に印象に残っている出来事や試合があれば理由とともに教えてください
前十字靭(じん)帯断裂です。今シーズンのすべてを奪われた気持ちでした。このケガには後悔が多く残っています。自分の体にもっと向き合っていれば防げたし、もっとみんなとプレーができました。情けないです。
――4年間をともにした同期へのメッセージをお願いします
ありがとう。みんなと歩んだ4年間、最高に楽しかった。俺は出会いに恵まれすぎています。出会えてよかった。4年間お疲れ様、そしてありがとう。

鈴木俊也副将(商4=東京・早実)
――引退から時間がたった今、4年間を振り返って率直な気持ちを聞かせてください
やっと終わったなというのが一番素直な気持ちです。ア式蹴球部にはたくさんのエネルギーを注いできたし、生活の中心でした。自分で選んだ道でしたがもちろん苦しいこともたくさんあったし、違う道を探そうとしたこともありました。ただ、4年間で1人の人間として、サッカー選手として成長させてもらったこの組織には感謝しています。
――昨季から一転して今季はケガに苦しみましたが、ピッチ外からチームの状況をどのように感じていましたか
今年はピッチの外から客観的に早稲田の試合を見ていて、ピッチ上で戦う選手たちの表情がとても苦しそうに映りました。良くない雰囲気を断ち切れなかったのは4年生の責任なので、特に1、2年生といった下の学年にはすごくやりにくい状況にしてしまって申し訳ないなと思っていました。個人的には、昨季同様に試合に出続けることでチームの先頭で引っ張っていく覚悟を持っていましたが、ケガに苦しめられ、ピッチの外から間接的に関わることしかできない状況にすごく不甲斐なさを感じていました。
――4年間で自分がア式蹴球部に何を残せたと考えていますか
僕は内部進学というかたちで早稲田大学に入学したので、毎年ア式蹴球部の中心を担う自己推薦やスポーツ推薦の選手たちとは歩んできた経歴が全く違います。しかし、僕が試合に出ること、プロになることによって多くの部員に色々な可能性を残せたと思っています。大事なのはこれまでの実績ではなく、今この瞬間でどれだけ積み上げるかというのを僕の経験から示せたと思います。
――特に印象に残っている出来事や試合があれば理由とともに教えてください
一番印象に残っている試合は1年時の関東リーグデビューとなった筑波大戦です。当時はものすごく緊張していたし、チームの状況も良くないまま迎えた試合だったので、かなりの重圧を感じていました。しかし、あの試合で90分出場し、勝ち点3に貢献できたことは本当にうれしかったし、大きな自信になりました。
――4年間をともにした同期へのメッセージをお願いします
1年生の頃から何度も何度もぶつかり、いろいろなことを話し合ってきた同期だったからこそ、最後は良い結果を出してみんなと思い切り喜び合いたかったのが今の本音です。ただ、同期と共に歩んだこの4年間があったからこそ、今の僕があることは間違いないし、この先の長い人生の中でも互いに切磋琢磨(せっさたくま)し合えるような関係でありたいと思っています。苦しい4年間だったけど、みんなと出会えたことが一番の宝物です。

生方聖己(スポ4=高崎経大付)
――ア式での4年間を終えて現在の気持ちをお願いします
自分で自分を褒めてあげたいです。プロになるために大学サッカーを続けました。プロになるために大学に来ました。自分で立てた目標を達成できなかったこと、人生で初めて挫折を味わいました。しかし、その目標に向かって歩んだプロセスは、間違いなく自分だけのものです。入部した時は1ミリも通用しなかった。人生で何回下手って言われたか分からない。それでも俺ならできる、俺がやれないわけないと信じ続け、最後は関東リーグに出場することができた。この過程で得た人生の秘訣は、間違いなく大きなものであると確信できています。4年目は、組織的な問題も含め非常に苦しい時間が多かったです。しかし、ここまで来れたのは本当に多くの人に助けてもらったからです。自分より遥かに上手い先輩、同期。彼らが私の師でした。そしてずっと寄り添ってくれたGKコーチ。身内。本当に感謝しています。ここまで自分に素晴らしい景色を見させてくれてありがとうございました。
――1番思い出に残っている試合や出来事を教えてください
出来事は仮入部2日目の学年MTG。試合は関東リーグ2試合目の東京国際大戦。生まれて初めて、自分をサッカーうまいの括りに入れてあげようと思えた日です。
――noteを拝見し、生方選手にとって今シーズンは苦悩のシーズンであったと伺えました。今シーズンを振り返りいかがでしたが
ドイツから帰り、関東リーグに登録されるまでの2〜4月は、人生で最も順調に事が進んでいました。こんなに順調に人生を歩んだ経験がなかったため、あまりの環境の変化に現実か夢かの区別がつかなかったです。今までずっと憧れていた関東リーグの舞台で、プロに引け目を取らない選手たちと同じピッチにいる自分に感動していました。しかし、トップに上がったと同時に、今までには経験したことのないストレスにさらされ、崩れました。6〜8月は暗黒期。何度も死にたいと思うくらい鬱(うつ)状態にさらされていました。それでも、多くの方のおかげで復活することができ、最後は再びサッカーのサッカーにしかない魅力に取りつかれながら前を向くことができました。人生でもトップレベルで密度の濃い1年間でした。いい経験だったとは言えないが、思考が180度変わり、人生についても深く考えた1年でした。
――ドイツ留学をされましたが、留学経験はその後に大きく影響を与えましたか
かなり大きな影響を与えたと思っています。ドイツに行ったことで、客観的に自分の実力を見つめ直すことができました。またさらに、現地のスタッフの方・参加させてもらった各チームのスタッフの方に「自分の◯◯なプレーが素晴らしい」といったかたちで、加点方式で自分を評価してくれたことも、自信につながりました。現地の選手から一番学んだ点は、メリハリとモードの切り替え。ア式では、サッカー以外のピッチ外の行動がピッチ内に繋がるという概念があります。しかし私は、このような思想が故にサッカーを純粋に追求することができなくなっていました。ア式だけではなく、日本のサッカー育成年代では、サッカーより前に社会儀礼・教育が優先されることがあり、しばしばサッカー部にいる意味を見失う傾向が強いと思います。しかしドイツでは、サッカー中はサッカーの話しかしない。監督は自分の戦術を浸透させるために大きな熱量を持ち声をかける。選手はサッカーに情熱を持ち取り組む。終わったら秒で帰る。これが私にとっては最高でした。大切なものを思い出せました。また、モードの切り替えという点では、ドイツ人は試合に命を賭けてた。練習の強度とまるで違う。その中にいることによって改めて試合で活躍できなきゃなんも意味ないという考えに変わることができました。また、それによって練習における小さなミスを引きずらなくなりました。私が一度参加したチームで、安易なミスで失点してしまった際にすぐ監督からwiter(やり続けろ)と声をかけていただき、自分の良いプレーだけを見てくれ、次の練習にも呼んでいただいたという経験も、結局大事なのは試合だな、っていう思考に変わりました。4年目自分が関東リーグの舞台で戦えたのも、間違いなくこのドイツでの経験のおかげだと思っています。
――早慶戦では実況をされていましたが、非常に分かりやすく楽しませていただきました。ピッチにいなくともベンチや応援で大きな声でチームを鼓舞されていた姿も非常に印象的でした。1年間を通し、あらゆる役割でチームを支え続けたという印象を持っているのですがご自身として何か思いやメッセージをもちこのような行動をされていたのでしょうか
実況に関しては、シンプルに興味があったのでやってみました。前期の3〜6月は、生まれて初めての規模感で個人だけでなくチームに目を向けました。理由は「1人の力では勝てないレベルにきたこと」。「GKというポジション柄、信頼が命で、その信頼を築くにはコミニケーションの積み上げだったため、ピッチ外でのコミニケーションもかなり大切になってきたこと」。やはりどこかで4年としてみたいなのはあった。これらの急激なストレスにより潰れた6月以降は基本何も担っていません。前期、B(チーム)のTMを担った理由は、シンプルにこのままじゃ勝てないだろって思っていたからです。良い意味でも悪い意味でもサッカーを教える人がいない。そのため、Bチームの人間は自分の能力範囲外のプレーを身につけることがなかなか難しく、勢いでサッカーをする傾向がありました。積み上がってる風で積み上がっていない。そういった現状を踏まえ、サッカーを教える人はいなくとも、統率する人は間違いなく必要だと感じ担わせていただきました。自分がA(チーム)に居たこともあり、トレーニングメニューなどは学生コーチがつくってくれたので、自分は試合の指揮など美味しいとこどりだけをしてしまったのでそこは申し訳ないと思っていますが、伝えることは伝え、それに選手たちがついてきてくれたのでよかったです。Bの皆には自信を持ってプレーして欲しかったという思いからもやりました。
――4年間でチーム、後輩に何が残せたと思いますか
この身長でも関東に出れるということ、あれだけ下からでも着実に積み上げれば伸びるということ、サッカーを追求する姿勢です。
――同期に向けたメッセージをお願いします
環境はここだけじゃない。ここで不必要に自信を失った人も、必ず次のステージで頑張ってほしい。自分の信念を持ち続けて、面白い人生にしてほしい。

余合壮太(社4=千葉・市船橋)
――ア式での4年間を終えて現在の気持ちをお願いします
覚悟が足りなかったなと思います。これまでの人生を振り返り中高と比べても、この大学4年間は自分に甘かったなと感じています。コロナだったりケガだったり、さまざまな負の要素がありましたが、それを乗り越えるだけのパワーを出せずに終わってしまいました。この教訓をこの先必ず生かしていかないといけないと思います。
――一番思い出に残っている試合や出来事を教えてください
やっぱりオフの日に同期とたくさん遊んだことです。一番は決められないですが、2日オフに開催される寮外生ドライブ遠征はすごく楽しかったです。
――今シーズンは関東リーグ出場など躍進を遂げられたと思います。シーズンを振り返りいかがでしたか
個人的には躍進とは程遠いシーズンでした。関東リーグに出たのも1試合だけですし、選手としてチームの力になれずに終わってしまい、不甲斐ない気持ちでいっぱいです。
――ア式に来てよかった思った部分を教えてください
良くも悪くも「自由」を与えられた4年間で自分の甘さや弱さに気付けたことです。また、学業をとってもサッカーをとっても、高いレベルで取り組んでいる仲間がいることで、時に劣等感や無力感を感じながら人としての基準を高められたかなと思います。
――同期へのメッセージをお願いします
ありがとう。めちゃくちゃ楽しかった。一人一人見れば優秀なやつらばっかりだから、それぞれの場所でお互い頑張ろう。

菊地彩花マネジャー(政経4=千葉・渋谷教育学園幕張)
――ア式での4年間を終えて現在の気持ちをお願いします
正直あまり実感は湧いていないです。長期のオフに入っただけで、また皆でシーズンを始めるのではないかと思ってしまいます。それぐらいア式蹴球部は私にとって居心地の良い場所だったんだなと痛感しています。
――一番思い出に残っている試合や出来事を教えてください
後期の桐蔭横浜大戦です。明大戦で大敗した後、学年内でお互いに抱えていた思いをぶつけ合う機会がありました。同期が何を抱えて日々ピッチに立っているのか、それがどんなに辛いことか、そこでその本質を知ったような気がして、チームに貢献できていると慢心して成長を試みない自分が情けなくなりました。それ以後、同期を支えたいという気持ち一心で次の東洋大戦に向けてできることは何でも取り組みましたが結果は出ず、勝つことの難しさと取り組み続けることの苦しさを改めて感じました。それでも皆で前を向いて支え合い勝ち取った桐蔭横浜大戦の勝点3は数字以上の価値があったと思います。
――マネジャー、学連とチームを支えられいましたが、4年間を振り返っていかがでしたが
マネジャー兼学連という立場はまわりの理解なしにはできていなかったと思います。マネジャーの先輩後輩はもちろん、選手のみんなも支えてくれてやりきることができました。
――デンソーカップなどに学生スタッフとして参加されていましたが、ア式内部だけでなく、外部の方とつながる経験から得るものや学んだこと、チームに還元できた部分はありましたか
ア式以外の人と関わることで、ア式を客観視する機会が多かったように感じます。他大学の選手・学生スタッフ・監督から見た早稲田大学ア式蹴球部とはどのようなものなのか、良さもありながら改善が必要だなと思う部分もあり、とても学びがありました。
――ア式での経験は今後の人生にどのように生きてくると思いますか
ア式のマネジャーは何かに常に挑み続けなきゃいけないような環境があります。想像通りではなくそれを超えていくこと、これから先も挑戦し続けたいです。
――最後に、同期に向けたメッセージをお願いします
4年間をみんなと一緒に歩めてすごく幸せでした。本当にありがとう!