東洋大学アイスホッケー部監督を務めるのは鈴木貴人氏だ。日本アイスホッケー界に名を残す名選手として知られ代表主将、同監督の経験もある。低迷期と言える昨今のアイスホッケー(以下IH)界。先行き不透明な今、IHに接する学生を率いることは想像以上に…

東洋大学アイスホッケー部監督を務めるのは鈴木貴人氏だ。

日本アイスホッケー界に名を残す名選手として知られ代表主将、同監督の経験もある。

低迷期と言える昨今のアイスホッケー(以下IH)界。先行き不透明な今、IHに接する学生を率いることは想像以上にタフな仕事である。

大学アイスホッケー界の強豪である東洋大学の新シーズンが始まった。

「仮にIHの現場から離れていたら今の日本代表やアジアリーグに興味を持つことはあるのかな?IH未来が簡単ではないのは確かです」

2月の北京五輪、女子代表『スマイルジャパン』の決勝トーナメント進出は記憶に新しい。一方の男子代表は過去8回の五輪出場経験こそあるものの、自国開催枠で出場した98年・長野以降は予選敗退が続き出場できていない。また国内トップチームが参加して韓国、ロシアの3カ国で始まったアジアリーグも先行き不透明。コロナ禍等も重なり現在は国内5チームで開催されているが注目度は低く各チーム経営に苦しんでいる。

「大学4年時に長野五輪があり強化合宿にも参加しました。ここ何十年で考えてもIH界の経済、環境面などがピークの時期でした。そういう良い時代を経て企業チームが廃部になるのも目の当たりにしました。クラブチーム在籍時には給料遅配もありました。良い時も悪い時も経験したので、現在の選手の不安や悩みも理解できます。進路指導の難しさも痛感します」

〜監督業だけでなく主務業務などIH部の全てにフルタイムで関わる

各年代で結果を残し大学3年時に日本代表に初選出された。直前のケガで長野五輪出場はならなかったが卒業後は名門コクドへ入団し日本代表の常連となった。02-03年には米国ECHL(NHL下部組織)シャーロット・チェッカーズでプレー、同リーグ・オールスターゲーム出場を果たす。帰国後はコクド復帰(のちにSEIBUプリンスラビッツと改称)、13年に日光アイスバックスで現役引退して東洋大監督就任。17年2-5月の間は日本代表監督を任されていた。

「今はフルタイムでIH部専任です。監督としてのチーム指導と主務的業務もやっています。学生主務もいますが彼らのマネージメントも仕事です。監督・コーチ業、チーム編成のGM的役割、予算管理、合宿の手配など業務は多岐に渡ります」

「監督の立場では勝利が目的です。そのためには選手育成、戦術面等を含めたチーム力アップが求められます。また主務的業務をきっちりやらないと部運営が円滑に進みません。そして就職サポートを含めた卒業後の進路に関しても大きな責任があります」

鈴木監督はフルタイムでIH部の強化、運営業務に携わっている。

〜トップリーグへ行きたい、と言えなくなった責任を感じるべき

時代の変化を痛感する。自身が学生だった90年代後半、IH界には勢いがあり有名企業が参加、サポートしていた。学生側の希望は「トップリーグ(当時の実業団)に行きたい」というのがほとんどで一般就職など考えられない時代だった。13年、母校監督に就任した時には実業団からアジアリーグになっていた(03-04年からスタート)が、進路面談時に「トップリーグに行きたい」という選手の激減に驚かされた。

「『何を目指しているのか?』と感じました。部員の約3分の2は各年代の代表経験者です。上のカテゴリーでやりたいのは当然だと思っていました。理由としてはトップリーグに魅力がない、問題があるからと言わざるを得ません。そこでプレーしたいという情熱を感じられない。また現実問題としてお金を含めて生活面が厳しいのも大きいです」

「『(トップリーグに)行きたい』と言えない雰囲気もありました。一時期トップリーグにはリーグ全体でも大卒1人、高卒1人しか行けない時がありました。日本中の全ての大学から1人しか入れないような状況でした。『トップリーグに行きたいと言って良いのか?』という雰囲気が漂っていました。IH関係者は重く受け止めないといけません」

多くの選手が各年代の代表経験者でプレーレベルは大学生離れしている。

〜トップリーグや日本代表でのプレーは誰にでもできるものではない

景気後退のためIHをサポートする企業は激減した。維持費が莫大にかかるアイスリンクは国内で減少している。世界的なコロナ禍で興行すらできない状況も追い打ちをかけた。しかし大きな可能性を秘めた選手たちが早々と諦めてしまうような状況は不健全だ。自らの経験、昨今の時代などを考慮して学生たちと真摯に向き合うことを大事にする。

「大学はプロ養成機関ではありません。例えば1年時は『トップリーグには行きません』という気持ちだとします。3、4年時に気持ちが変わり『行きたい』となっても手遅れです。だから『トップリーグ、一般企業のどちらも行けるように全力で取り組もう』と伝えます。両方の準備をして可能性を狭めないようにして選択肢を広げるようにしています」

「トップリーグや日本代表でプレーするのは誰にでもできることではありません。ここでの経験は間違いなくプラスにできるはずです。可能性があるのならまずは大事にして欲しい部分です。だからトップリーグに行くことを早々と諦めないようには話します。各選手が良いものを持っているから東洋大IH部にいる訳です。可能性は残しておいて欲しいです」

将来に期待と不安を抱きながら学生たちは懸命にIHに打ち込む。

〜一生プレーすることは不可能だから、次の選択肢も持っておくべき

自ら諦め選択肢を狭めることはして欲しくないことを伝える。同時にリアルな将来に対して心の準備をすることの重要性も語る。自身は37歳で現役引退したがチームから勧められた訳ではない。あと数年は現役をできる状態だったが以後の人生の方が長いことを考えての決断だった。夢、理想、現実…。アスリートが必ず直面する問題についても学生たちに語りかける。

「私が引退したのは次のステージ(=セカンドキャリア)の心配もあったからです。例えば、野球のメジャーリーグでは年金が充実していて条件を満たせば引退後に十分な金額が支給されます。プロ野球などは契約金等で生涯賃金並みの収入を得られる人もいます。日本IH界も似たような状況なら身体がボロボロになるまでプレーしたかもしれません」

「一方では『日本IH界が恵まれていない』とも考えてはいません。IHにはNHLという最高峰リーグがあります。冬季五輪のIHは歴史もあり世界中で注目を浴びる競技です。活躍すればお金だって稼げる状況がありましたが現役選手としては到達できませんでした。自分の限界点でIHをやりきった気持ちもありました」

「学生たちにはできる限りプレーを続けて欲しいですが強くも言えません。ドライな言い方ですが一生プレーできるわけではありません。だからIHは自分を磨くためのツールと考えて欲しい部分もあります。学生時代は理解するのは難しいことですが頭の片隅に少しだけ入れておいて欲しいです。選手としての視野が広がってプレーに好影響を及ぼす可能性もあります。人間的な成長にもつながるはずです」

日本IH界のレジェンドである鈴木監督は多くの経験を積み母校に戻ってきた。

〜洗練されてなくイレギュラーが起こる大学IHの魅力と可能性

プロと変わらない注目を浴びる大学スポーツもある。東京六大学をはじめとする野球は地上波テレビ中継されることもあり毎年多くのプロ入り選手を生み出す。年始の箱根駅伝は正月の風物詩として国民的娯楽になっている。その他にも学生での五輪出場など国際舞台で活躍するアスリートもいる。そういった部活とは競技環境など雲泥の差があるがIHにも魅力と可能性がある。

「野球、ラグビー、駅伝となると学内の関心も高い。五輪代表が出ている競技も盛り上がります。大学IHは露出も含め注目度は低いですがポテンシャルはあります。ある意味ではトップリーグより盛り上がる資質があると感じます。大学の場合は卒業生、親、地元の方々など関わる人が多い。トップリーグが新規ファンを獲得して定着させるより可能性があります。1度見れば面白いと思うはずです」

「大学IHは洗練されていない部分も魅力です。例えば、高校野球はプロと違ってイレギュラーが起こりやすい。エラーが出たりトーナメント特有の大番狂わせもあります。同じようなことが大学IHにも言えます。『プロではここは行かない』というところで追いかけたりチェックをかけたりします。若さのエネルギーや盲目的な集中がそうさせます。一生懸命やっているのは見ている側にも伝わるし心に刺さるのではないでしょうか」

混沌の時代、コロナ禍の学生はキャンパスライフすら楽しめない環境を強いられている。先行きが見えず将来のプランを立てることすら困難だ。不安と葛藤に苛まれながらも氷上で必死にパックを追いかける選手たちからは伝わるものがある。

「小さい頃からIHを始めてここまで必死に取り組めるものがあるのは幸せだと思います。自分の時間を捧げられるものに出会える人は多くないはずです。だからこそIHを最大限に活かして欲しい。100%で取り組むことが今後に生きるはずです」

東洋大が目指すのは日本IH界のトップ4入り。

〜目指すは打倒トップリーグ、全日本選手権でのトップ4入り

ネガティブな話題だけではない。東洋大は昨年の全日本選手権に初出場を果たし、準々決勝で敗れはしたがH.C.栃木日光アイスバックス相手に「3-5」と接戦を繰り広げた。トップリーグのチームを相手に戦える手応えを掴み、鈴木監督が以前から口にする「全日本選手権でのトップ4入り」を現実として捉えられるようになった。

「トップリーグのチームに勝つことは自分たちの価値を高めることになります。スカウティングされて入団できる可能性も出てきます。トップリーグのチームを倒すのは大きな挑戦になりますが本気のマインドが感じられるようになってきました」

22-23年シーズン最初の大会となる関東大学IH選手権・秩父宮杯が始まり圧巻の強さで順調なスタートを切った。目指すは打倒トップリーグ。東洋大の躍進は日本IH界に大きな刺激を与えるはずだ。

(取材/文/写真・山岡則夫、取材協力/写真・東洋大学アイスホッケー部)