「THE ANSWER the Best Stories of 2021」 東京五輪の開催で盛り上がった2021年のスポーツ界。「THE ANSWER」は多くのアスリートや関係者らを取材し、記事を配信したが、その中から特に反響を集めた人気コ…

「THE ANSWER the Best Stories of 2021」

 東京五輪の開催で盛り上がった2021年のスポーツ界。「THE ANSWER」は多くのアスリートや関係者らを取材し、記事を配信したが、その中から特に反響を集めた人気コンテンツを厳選。「THE ANSWER the Best Stories of 2021」と題し、改めて掲載する。今回は連載「THE ANSWER スペシャリスト論」から、2月に掲載した大山加奈さんのインタビューだ。

 テーマは「スポーツ界の性的画像問題」。昨年11月、日本オリンピック委員会(JOC)などが女性アスリートの性的な撮影、画像の拡散などの問題を受け、被害撲滅に取り組む声明を発表し、注目を浴びた。10代から活躍し、「パワフルカナ」の愛称で抜群の知名度を誇った大山さんが、かつて自身が経験した被害について告白。現役世代の中高生にメッセージを送った。(文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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 アスリートの競技環境を巡り、スポーツ界でまた一つ、新たな動きが起きている。

 競技中の胸、尻などを意図的にアップするなど、性的意図をもって女性アスリートが撮影され、その画像がネット上で拡散されるなどの問題が常態化していたことを受け、JOCと日本スポーツ協会など7団体が昨年11月に被害撲滅に取り組む共同声明を発表。以降、現役アスリートを含め、様々な競技からこの問題に対する声が上がり、変化の流れが生まれている。

 大山さんも体罰、勝利至上主義など、スポーツ界で選手の立場を考える様々な問題を発信してきた立場として、うれしく思っている。

「今までは流されてきてしまった問題でした。アスリート側が我慢をしなければならず、諦めざるを得ない。もう、ある程度は仕方ないという認識となっていたところが、動き出してくれたのはとても良いことだと思います。一方で、具体的にどんな対策をしてくれるのか、見守りたいです」

 逆に言えば、今までは声が上がらなかった問題だった、という裏返しでもある。その背景について「私の場合はある程度はしょうがない、諦めが大きかったです」と言い、女性アスリートとして自身が陥っていた心理構造を語る。

「小学生からこういう世界にいると“女を捨てる”じゃないですが、見られても減るものじゃないし……くらいの認識で生きてきてしまいました。学生時代はそこらへんで普通に着替えますし、危険について意識が向いていなかったと思います。

 だから、そういう画像が出回っていても、実はそこまで重く受け止めていなかったんです。実際に見ても、仲間同士で『こんなのあるよ』と笑いながら見ていたというのが正直な経験です。今になって思うと、本当は良くないことですが……」

 大山さん自身、学生時代に観戦した試合で前の列に座っていた男性が選手の尻をアップにして撮影していた場面を見たこともある。赤外線カメラでユニホームを撮影し、下着が透けた写真がネット上で出回った時は自身も被害を受けたが、重く受け止めなかった。その後悔の念がある。

 言うまでもないが、非は撮影する側にある。しかし、競技に打ち込むあまり、女性らしさを捨てるようにして競技力を高める、いわゆる昭和のスポ根の名残で、守るべきプライバシーの意識が希薄化。被害者であるはずの選手自身に当事者感覚が薄かったことも事実という。

 今まで様々な選手の声が上がっているが、これは、この問題で隠れていた一つの“盲点”と言えるかもしれない。

「女性アスリートはほかの競技もきっと同じように思ってしまっているんじゃないかと思います。そんな風に見られたり、撮られたりすることが当たり前になっている部分がある。だから、声もなかなか上がってこなかったのではないかと想像します」

ショックだった会場トイレの盗撮画像、ユニホームの機能性と露出のバランスは…

 それでも、大山さんにとって忘れられない出来事がある。Vリーグの会場で撮影したものとみられる女子トイレの盗撮画像が出回ったこと。

「あの経験は仲間とも笑えず、一番ショッキングでした。バレーボールはユニホームの背中に名前が入っているので、誰であるかも特定されてしまう。私が所属していた東レのものはありませんでしたが、他のチームで友人の画像が出回っていて大丈夫かと心配になりました」

 以降は警備も強化されたが、大山さんの所属チームは探知機を独自に購入。毎試合、会場入りするたびにマネージャーがトイレの中をすべて調べ、安全が確認された上で使用することに。女性アスリートが性被害の対象にされた一つの事例といえる。

 性的画像問題を考えるにあたり、ユニホームの問題も関連性が指摘されている。

 特に陸上、ビーチバレーは肌の露出が多く、被害の対象になりやすい。ユニホームを巡っては機能性を求め、抵抗感が少なく、競技力向上のために必要という側面はある。しかし、そのメリットと興味を惹くための線引きが曖昧になり、問題が起こることがある。

 例えば、バレーボール界で大山さんの現役時代に起きた変化も、その一つだ。

「選手のおへそを出そうと、ユニホームのシャツが短くなりました。当時は女子プロゴルファーの人気がすごくて、宮里藍選手、横峯さくら選手に負けるなという空気。ゴルファーはスイングする時におへそが見えていたので、バレーボールもスパイクを打つ時におへそが見えるようにしようとなり、ユニホーム(シャツ部分の腰回り)が短くなりました。私自身はそれが嫌で、意地でも見せないようにシャツを短パンに入れていました。

 でも、結局、スパイクを見せる時に見えていました。機能性より“見せる”という形で人気を獲得する方向に行っていた時期があったのは事実です。その頃、FIVB(国際バレーボール連盟)自体が体のラインを綺麗に見せるためにピタッとしたデザインにしたり、ノースリーブにしたり、短パンの股下部分の長さを決めたり。ビーチバレーも同じです。パンツの横の幅を何センチなんて決めるのは、おじさんのやることと思っていました」

 結局、へそ出しユニホームについては大山さんのようにシャツに入れて隠す選手もいれば、頭からボールに飛び込むフライングレシーブの際にコートに腹部を擦って故障の危険を味わった選手もいて、1年で廃止になったという。

「体が綺麗に見えるに越したことはありません。カッコ良く、スタイル良く見えた方がうれしい。子供たちも『あんな選手になりたい』と憧れを持つ、一つのきっかけになります。そういう意味では美しさを求めるべきと、選手の立場として思っていました。一方で、そうじゃないなと(行き過ぎた部分を)感じ、モヤモヤすることがあったこともありました」

 会場内にいるファンは健全に撮影を楽しんでいる人が圧倒的に多い。その写真をSNSなどに掲載することで、競技の認知につながることも事実。だから、一律に会場内の撮影禁止にすることはできない。“見せる”と“守る”のバランスについて「本当に難しいです」と大山さんも言う。

「ファンの方には写真を撮ることを楽しみに来てくださる方もいます。本当に良い写真を撮ってくれて、それらをまとめて本みたいにして選手にプレゼントしてくれる人もいる。そういうものは選手にとっても、すごく励みになります。だからこそ、一律に撮影禁止にするというのは違うと思うし、一方で選手を守るとなると、どうしたらいいのかというのは難しい問題です」

 現時点で正解は一つではない。だからこそ、時間をかけてでも解決していくべき問題だ。

中高生でプレーする現役世代に訴え「春高バレーさえ、トイレで着替えている」

 自身の体験と考えを明かしてくれた大山さん。今は特に現役でプレーする10代の中高生にこうした現実を知ってほしいと訴える。

 バレーボールは中高生の全国大会ですら「更衣室が十分に確保されていると言えない」という。多くは1つの会場で数面のコートを使い、コートごとに複数の試合が行われる。そのしわ寄せで、人目から隠れていると言えない場所で着替えてしまうリスクがある。

「春高バレーさえ、トイレを使って着替えています。更衣室がごった返して順番待ちをしなければいけません。特に、ウォーミングアップはTシャツで試合直前にユニホームに着替えることが多く、そうなると余計に重なって時間がかかります。そこは主催者側が用意してあげてほしいです。

 また、男性指導者も時間に厳しく『早く着替えてこい!』と言われると、選手たちも焦ってしまい、更衣室に行かず、そのあたりの場所で着替えてしまうこともあります。指導者こそがしっかりと更衣室を使いなさいと指導しないといけないし、競技界全体で変えていかないといけません」

 大山さんが経験したのは“女を捨てる”という価値観で生まれてしまった被害者意識の欠如。この点について、選手を育てる大人たちに訴える。

「髪の毛を短く、角刈りのようにする規則など、そういう風潮はまだまだ根強く残っています。春高バレーも髪の長いチームが出てきてもいいのにとも思いますが、すぐには変わりません。私自身、(性的な撮影について)学生時代は何も気にしていませんでした。中学の全国大会で、会場内で着替えている時にコーチにやめろと止められ、何かと思うとカメラで狙っている人がいました。

 私が一番に思っているのは、やっぱり子供たちを守ってあげたいということ。Vリーグくらいの年齢、カテゴリーになれば、選手の自覚も出てくるし、控え室も守られています。一方、現状で守られていないのが子供たち。体罰とも共通するものですが、これは人権問題ではないでしょうか。女性、子供の立場的にまだまだ弱いという見られ方があるのではないかと感じています」

 繰り返すが、選手側に非はない。しかし、こうした問題が消えないことも事実。特に、ネットに上がった写真は半永久的に消えることがない。今は「減るものじゃないから……」と気にしていなかったとしても、将来、大人になった時に傷つくことだってある。

 最後に、大山さんはこうも付け加えた。

「こういうことがあるんだよと知ってもらいたいです。危険性が潜んでいると知ってもらえるだけで、きっと意識は変わるんじゃないか。本当はそういう人がいなくなることがベストですが、現状は難しい。だからこそ、自分の身は自分で守るという意識が必要になります。そういう教育、啓蒙活動は必要に感じますし、こうした発信を通じて少しでも知っていてほしいと思います」

■大山加奈/THE ANSWERスペシャリスト

 1984年生まれ、東京都出身。小2からバレーボールを始める。成徳学園(現下北沢成徳)中・高を含め、小・中・高すべてで日本一を達成。高3は主将としてインターハイ、国体、春高バレーの3冠を達成した。01年に日本代表初選出され、02年に代表デビュー。卒業後は東レ・アローズに入団し、03年ワールドカップ(W杯)で「パワフルカナ」の愛称がつき、栗原恵との「メグカナ」で人気を集めた。04年アテネ五輪出場後は持病の腰痛で休養と復帰を繰り返し、10年に引退。15年に一般男性と結婚し、今年2月に双子を出産した。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)