その小柄で金髪の選手は、Jリーグでも希有なプレースタイルの持ち主だ。完全な左右両利きなのだ。豊富な運動量でピッチのあちこ…
その小柄で金髪の選手は、Jリーグでも希有なプレースタイルの持ち主だ。完全な左右両利きなのだ。豊富な運動量でピッチのあちこちに顔を出してボールを受けてはさばき、左右両足から繰り出す長短のパスを自在に操ってチャンスを演出する。小泉佳穂はめざましい活躍によって、2021シーズン躍進を見せる浦和レッズの攻撃サッカーの欠かせない重要なピースとなった。日本代表でその奮闘を見る日もそう遠くはないだろう――。
■FC東京U-15から前橋育英高校へ
きっかけは小学校低学年のころだった。父親から「両足を使えるようにしなさい」とアドバイスされ、それから一生懸命に練習したという。キックの練習をするときには必ず両足同じ回数をするようにし、中学生時代には左足と右足の比率が3対2になるよう、意識的に練習した。シュート練習では、2対1ぐらいだったという。
だが、トレーニングでできるのは、釜本やペレの左足までだろう。プレーのスタイルまでが左利きになってしまう小泉には、何か脳の回路に特別なものがあるのではないだろうか。そうとしか思えない。
小泉は東京の練馬区で生まれ育ち、光が丘KID SCからFC東京のU-15むさしでプレーした。しかしFC東京ではユース昇格はかなわず、群馬県の前橋育英高校から青山学院大学を経て2019年にJ2のFC琉球でプロとなった。そして2年目の2020年に36試合に出場して6得点という活躍を見せた。現在浦和の監督を務めているロドリゲスは昨年までJ2の徳島ヴォルティスの監督を務めていたが、対戦したときに強い印象を抱き、ことし浦和の監督に就任するに当たって小泉の獲得を希望したという。
1996年10月5日生まれ。まだ24歳の小泉だが、そのサッカー人生は順風満帆どころか、挫折だらけだったらしい。FC東京のU-15にははいったが、中学生になっても背が伸びるのが遅く、なかなか芽が出なかった。救いになったのは、前橋育英高校への進学だった。
全国屈指の強豪校で、小泉が3年生のときには全国高校選手権で準優勝を飾ったほどだが、「小さくても、やり方次第で活躍できる」と励ましてくれたコーチの言葉に勇気を得て、部員が180人もいるなか、2年生のときから試合に出られるようになった。
■親友・坂元達裕との切磋琢磨
だが進学した青山学院大ではまた大きな失望を味わった。前橋育英では多くの選手がプロを目標に努力を続けていたが、青学ではそうした選手は少なく、モチベーションの低い練習が繰り返されていたのだ。もうサッカーをやめようと思ったことが何度もあったという。
それを引き止めたのが中学時代から高校までのチームメートで、親友でもある坂元達裕だった。現在はセレッソ大阪に所属し、切れ味鋭いドリブルを武器に2020年にセレッソ大阪で大ブレーク、ことしは日本代表に選ばれ、ワールドカップ予選のタジキスタン戦でデビューも果たした期待の選手だ。
FC東京のU-15では、ともに体が小さいことでユース昇格がかなわず、いっしょに前橋育英に進んでプレーした。坂元は高校を卒業すると小泉が進学した青山学院大と同じ関東大学サッカーリーグ2部の東洋大学に進学、活躍していた。ただ、青学大が小泉が所属した4年間は2部のままだったのに対し、東洋大は坂元が3年のときに関東大学1部に昇格していた。
その坂元が「J2のモンテディオ山形に内定した」という。サッカーはもうやめようと考えていた小泉の心に火がついた。つてを頼って当時J3で快進撃を続けていたFC琉球の練習に参加させてもらった。そして個人としてもチームとしても成長してJ2に上がろうという向上心にあふれたチームの雰囲気に魅せられた。パスをつなぐサッカーのスタイルも自分に適していると思った。
■FC琉球で2年目に大暴れ
2019年、小泉はJ2のFC琉球の一員となり、背番号28をつけて4月3日のジェフ千葉戦で交代出場でデビュー。そこから6試合連続で交代出場した。しかし夏場はほとんど出番がなく、ようやく9月23日、第33節、ホームの山形戦で久しぶりにベンチ入りし、1-3とリードされた後半38分に投入された。相手の山形では親友の坂元がそれまでの全試合に出場して攻撃のエースとして活躍していた。坂元はこの試合でも後半11分に同点ゴールを決めたが、29分に交代で退出していたため「直接対決」はなかった。試合は小泉がはいった直後に琉球がPKで1点を返し、アディショナルタイムにはFW上原慎也が同点ゴールを決めて3-3の引き分けに終わった。結局、このシーズンは出場12試合、うち先発は1試合という形だった。
2年目の2020年は「10ゴール、10アシスト」を目標に飛躍を誓った。しかしJリーグは開幕の1節を戦っただけで新型コロナウイルスに対応するため4カ月間もの休止に追い込まれる。だがもしかしたら、小泉に飛躍への大きな「翼」を与えたのは、この4カ月間だったかもしれない。
中断が明けると、小泉に出番が訪れるようになる。7月11日の第4節、徳島戦でシーズン初先発を果たすと、以後は完全にレギュラーとなって琉球の攻撃を牽引するようになり、9月9日の大宮戦(ホーム)で初得点。10月3日にはJ2で首位を快走していた徳島のホームに乗り込み、試合終了直前までプレー。とくに前半、トップ下として徳島をきりきり舞いさせた金髪の小泉は、徳島・ロドリゲス監督の印象に強く残っただろう。