偶然に偶然が重なって、赤門をくぐった4年生がこの春、東大の4番に座っている。「たまたまなんです。僕がこんな風に東大にい…
偶然に偶然が重なって、赤門をくぐった4年生がこの春、東大の4番に座っている。
「たまたまなんです。僕がこんな風に東大にいるのって。ホント、たまたまで……」
謙虚な口ぶりとは裏腹に、井上慶秀内野手(4年)は神宮で存在感を放っている。
10日に幕を開けた東京六大学春季リーグ戦。早大との開幕戦、あっと驚かせたのは背番号1だった。大阪桐蔭高時代にセンバツ優勝、今秋ドラフト候補に挙がる右腕・徳山壮磨(4年)からのタイムリー二塁打を含め3安打。5-6と昨秋王者をあと一歩まで追いつめる接戦を演出した。
175センチ、95キロという巨漢は、打席でも迫力十分だ。
「4番に座って迎えるリーグ戦だったので、開幕戦のああいう場面で結果を残せたのは今後に繋がる。徳山という良い投手から打てることで、自分もある程度やれるんだと感じられたし、良い内容だった」
満足げに頷いた彼は、8月で25歳になる。そのキャリアは多士済々、さまざまな個性が存在する東大野球部でも異色と呼べる一人である。
偏差値70の県内No.1進学校、長野高出身。猪瀬直樹(元東京都知事)、北村晴男(弁護士)ら政財界などに著名人を輩出し、甲子園に春夏4度出場の古豪で、最後の夏は「4番・一塁」を務め、3回戦進出。持ち前のパンチ力で「通算10本くらい」を放った。
一方、野球漬けにつき、学業は学年300人で200番台。現役で北海道大を志望したが、桜は咲かず。東大への憧れは、その春に生まれた。高校野球部の1つ上の代が東大に4人合格。そのうちの1人、投手の川口寛弥が野球部に入部すると知り「自分も東大で野球をやりたい」と焦がれた。
当時の東大は絶対的エース・宮台康平(現ヤクルト)を擁し、野球部が勝つニュースを見るたび、浪人生活の活力になった。しかし、翌年は不合格。2浪の翌年も縁はなく、「後期試験でなんとか引っかかった」という一橋大の社会学部に合格。東大の夢は、諦めた。
一橋大では、経験を生かして硬式野球部か、体格を生かしてアメフト部か、入部を迷ったが「なんとなく、間を取って」準硬式野球部を選んだ。1年生からリーグ戦に出場。授業も真面目に出席し、キャンパスライフは充実していた。

転機になったのは、秋。東大への思いが消えようとしていた頃、あるニュースを目にしたこと。
「東大野球部、東京六大学で勝ち点獲得」
2017年10月8日、エース・宮台の奮闘もあって法大に連勝。15年ぶりに勝ち点1を手にした。心が震えた。忘れていた感情が、沸き上がった。
もう一度、東大で野球をやる夢を追いたい。
参考書を半年ぶりに開いた。とはいえ、授業と部活の合間に1日2~3時間、苦手だった数学を勉強する程度。受験まで3か月。「2浪して受からなかった自分が受かるわけない」。だから、周囲にも明かさず、東大の2次試験当日も練習に行くか、受験に行くか、直前まで決めかねたくらい。
しかし、結果は「まさか」だった。合格。部活があった発表当日も期待感はなく、キャンパスには行かず、オンラインで公開から3~4時間経った後に確認した。「衝撃でしたよ、それはもう……」と笑う。そして、冒頭の「たまたま」の発言の際、こうも続けた。
「きっと、一橋で硬式野球部かアメフト部に入っていたら、東大には来ていない。部活に熱中してしまったと思うので。たまたま(活動に比較的余裕がある)準硬式野球部に入ったのが大きかったし、東大野球部が勝ち点を獲らなかったら目指さなかったし。偶然に偶然が重なったとしか……」
40単位ほど取っていた一橋大を中退。3浪の末に、翌月、文科三類の新入生として赤門をくぐった。
それから1か月あまり、5月26日のリーグ戦・立大1回戦に代打で東京六大学デビュー。翌日の2回戦、年齢は3歳下になる同じ1年生・川端健斗から代打で初ヒットを放った。一橋大で部活の練習に行こうか、東大の2次試験を受けようか、迷っていた3か月後のこと。これも「まさか」だった。
「うれしかったです、あのヒットは。まさか、すぐに試合に出て結果を残せると思っていなかったので。神宮の打席に立った時は『これが神宮か』と本当に感動したし、バックスクリーンに自分の紹介が映っているのを見て『ああ。自分、本当に東大受かったんだ』って……」
成功体験を口にすれば「たまたま」と「まさか」が口を突くが、東大での活躍はそんな2語で片づけられないことは入学後の努力が証明している。

現役の4年生と同い年にあたる3浪ルーキー。1年秋に手首を故障したことをきっかけに怪我をしない体作りに目覚めた。栄養面は徹底的に研究。明晰な頭脳をここで生かした。体が周りより大きく、寮の食事でたんぱく質が足りないと思えば、部屋のマイ炊飯器で鶏肉を煮込んだ。
もとは幼少期から3歳上の兄より食べる大食漢。1年冬に最大110キロだった体重はこのオフも100キロあったが、勝負のラストイヤーを前に減量を決意した。敬愛するボディビルダー・山本義徳さんがYouTubeで紹介しているケトジェニックダイエットに挑戦。1か月半で95キロまで絞った。
「ごはんと塩昆布でだいたい(食事は)間に合う」と言い、白米なら1.2キロ食べられる無類の米好きが米断ち。糖質を減らす分、脂分のある豚バラ肉などを積極的に摂った。目標に掲げる90キロの途中ではあるが、シャープになった肉体で開幕4番を掴み、手応えを感じている。
チームはリーグ戦通算59連敗中で、自身を含め、勝利を経験した部員がいない。
「なんとか、1勝したい。(連敗した)2カード目の明治戦は厳しかったけど、投手陣の層は厚い。全員で気持ちを切らさずまとまって、投打がかみ合いさえすれば、勝利は近づいてくると思う。個人的にはホームランを打ちたいし、チャンスではヒットでも四球でもチームに貢献したい」
巨人ファンで高橋由伸、阿部慎之助、アレックス・ラミレスらを見て育った右の主砲は卒業後、社会人野球でプレー継続を希望。一般の就活もしていない。打撃のみならず、ムードメーカーとしてベンチを盛り上げ、ひたむきに取り組む姿勢はチームの誰もが認めるところだ。
「野球、好きです、すごく。野球、まだやりたいですね」
東大で野球をやりたいという夢が繋いだ、新たな夢。もう「たまたま」は要らない。最も必要なものは己の力。「ずっと画面の向こう側にいた人たちが、目の前のマウンドにいる世界」という甲子園球児揃いの東京六大学で、赤門の向こうに見える未来を変える春の戦いは続く。
<Full-Count 神原英彰>