本田武史の世界選手権総括(後編)前編を読む>>世界選手権でショートプログラム首位、フリー4位、総合3位に終わった羽生結弦 今回の世界選手権で4年ぶり3度目の優勝を目指していた羽生結弦選手は、ショートプログラム(SP)1位発進から、フリー4位…

本田武史の世界選手権総括(後編)
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世界選手権でショートプログラム首位、フリー4位、総合3位に終わった羽生結弦

 今回の世界選手権で4年ぶり3度目の優勝を目指していた羽生結弦選手は、ショートプログラム(SP)1位発進から、フリー4位の総合3位となりました。

 大会が始まる前の公式練習を見ていて、いつもよりも元気がないのかなと、少し心配していた部分がありました。いつもはもっと勢いよくワーッとリンクに出ていくのが羽生選手の特徴なのですが、今回はゆったり目に調整するような公式練習になっていました。

 それでも、試合ではしっかり集中して演技をしていたと思います。SPに関してはノーミスの演技でした。ただ、ジャンプの質などを考えると、もうちょっとGOE(出来栄え点)で加点をもらっていてもいいのではないかという印象はありました。

 フリーの演技前の羽生選手は、明らかにいつもと違う感じでした。ウォームアップの時に、衣装を着た状態だったのが珍しかったし、靴を履くタイミングがギリギリで、直前のジェイソン・ブラウンが滑り終わるという頃に、まだ靴を履いていませんでした。6分間練習でも、ジャンプは問題がなかったようでしたが、いつもとはペース配分が違ったみたいで、やはり元気がなさそうなことが気になりました。

 フリーに関しては、ジャンプの感覚に若干のズレがあったのかなという気がします。いつもよりも回転軸が太めで、ちょっと斜めに曲がってしまう感じだったように思います。演技全体を考えると、やはり本調子ではなかったのかもしれません。

 ただ、そんななかでも後半、4回転+3回転のコンビネーションジャンプと4回転からの3連続ジャンプという2つの大技を決めてきたことは、さすがだなと思いました。得点源のジャンプをしっかり決めたことによって表彰台に乗ることができたのだと思います。

 今後について羽生選手は、4回転アクセルが一番の目標だと明言しています。周囲はオリンピック3連覇を期待しますが、いまの羽生選手にとって、4回転アクセルを決めることが一番のモチベーションであり、それを目指してやっていく中にオリンピックがあるという流れでしょう。

 その4回転アクセルをしっかり回って跳ぶまでに、「8分の1、回転が足りない」と本人は言っていました。この8分の1という意味が、ルール上のクオータ判定である4分の1回転に、まだ8分の1足りないということなのか。それとも、もうクオータを超えてクリーンまで行っているジャンプで、「降りる最後の8分の1回転分が足りない」という意味なのか。もし後者であれば、ほとんど成功しているのと同じです。

 総合4位の宇野昌磨選手については、全日本選手権後、「もっと成長したい」と語っていました。ステファン・ランビエールコーチのもとで、学ぶことがたくさんあったのではないかと思います。今までにやったことがないバレエや陸上トレーニングなども学ばなければいけなかったはずです。

 たぶん宇野選手はいま、成績よりも、スケートをうまく滑りたいとか、いろいろなことを吸収したいという気持ちのほうが大きいと思います。インタビューで宇野選手は、「これまでの世界選手権は必ず泣いて終わっている」と言っていましたが、今回の世界選手権ではすごく楽しそうに終わっていたのが印象的でした。

 公式練習ではトリプルアクセルも4回転も、ほとんどのジャンプを失敗していたので、試合本番でよくここまで持ち直して、ジャンプを成功させたなと思いました。スウェーデンに入ってから全然ジャンプが跳べなくなったらしいです。ただ、演技後のインタビューでは「奇跡的にできたわけじゃなくて、スイスでの練習で積み重ねてきたものとか集中力が重なってできた」と言っていました。イチかバチかでつかんだわけではないのですね。やはり土台の部分がしっかりできあがっているからこその演技だったと思います。

 今後は、4回転ループをまたプログラムに入れるのか、ジャンプ構成の難度をどこまで上げられるかがカギを握ってくると思います。その意味で、まったく違うテイストで五輪仕様のSPとフリーを作ってくるのか、来季のプログラムが楽しみなところです。

 優勝したネイサン・チェン選手(アメリカ)の演技について言えば、あれだけの4回転をあの確率で跳ばれると、どの選手も、もう1種類4回転を増やさないと勝てないなと思ったはずです。特にフリーでは、何とか跳んだというのではなく、すべての4回転を軽々と降りていました。

 4回転トーループが2回、3回転トーループが2回、4回転ルッツと4回転フリップ、4回転サルコウ、トリプルアクセルがそれぞれ1回。あとは3回転ルッツと3回転フリップで、3回転以上の繰り返しはあと1種類だけになっていて、4回転はトーループで2回使っているので、もう繰り返しできるジャンプはなくなるんです。現状で考えられるプログラムの中で最高レベルのプログラムになっていました。

 平昌五輪で悔しい敗戦を喫した以後のチェン選手は、ジャンプの抜群の完成度と安定度を誇っていました。だから今回のSPでの4回転ルッツの転倒は本当に驚きでしたが、試合では2年ぶりの転倒らしいですね。2年間ジャンプを転倒しないとは、ちょっと笑うしかないです。

 そしてその4回転ルッツ転倒の後に跳んだトリプルアクセルが一番の不安要素だったと思いますが、そのジャンプをきれいに跳んでみせました。チェン選手がここ数年安定してきたのは、トリプルアクセルの成功率が高くなったからで、そこを外さなくなったことにより、他のジャンプに対する安心感も出てきたと思います。

 4回転フリップと4回転トーループに関してはまったく失敗するような雰囲気がなかったですし、トリプルアクセルの成功率が上がったこともあり、怖いものがなくなったという感じです。しかも21歳と若い。体つきも一番いい時期ですし、精神的にも落ち着いている時だと思うので、強さが充実して期待に応えられる実力をつけてきたと言えます。

 もちろん、北京五輪の優勝候補ですが、五輪は本当に何が起こるかわからない。僕の憧れのスケーターであるカート・ブラウニングが、世界選手権で4連覇してもオリンピックの金メダルだけは取れなかった。3度世界王者になったエルビス・ストイコも、五輪では金ではなく2度の銀。世界選手権3連覇のパトリック・チャンも銀に終わりました。「五輪には魔物が棲む」と言われるとおりだなと思います。

 今回の男子シングルで、もうひとり名前を挙げるとしたら、総合5位のミハイル・コリヤダ選手(ロシア)になります。「こんなに上手だった?」というぐらい、ひとつひとつの質が良くなっていました。フリーではバレエの要素を入れた演技をしていましたが、こんなに踊れる選手だったのかと驚きました。

 ちょっとした細かいミスがなくなってくると、さらに化けるのではないかという印象を残しました。今回の試合では跳ばなかったのですが、4回転サルコウもきれいに降りているので、SPで4回転トーループと4回転サルコウ、トリプルアクセルを跳び、フリーでは4回転トーループ2本に4回転サルコウを組み込んでくると、スケーティングスキルの質の高さを考えると、ポーンと上位に上がってくる可能性があります。
 
 北京五輪に向けては、どの選手にも見えてきた課題がありますし、コロナ禍での難しいシーズンとなったこの1年間を過ごしてきたからこそ、得たものもたくさんあったと思います。来季はどうなるのか、楽しみです。

Profile
本田武史(ほんだ・たけし)
1981年3月23日、福島県生まれ。
現役時代は全日本選手権優勝6回。長野五輪、ソルトレークシティー五輪出場。2002年、03年世界選手権3位。現在はアイスショーで華麗な演技を披露するかたわら、コーチ、解説者として活動する。