公認スポーツ栄養士・橋本玲子氏の連載、今回は「UEFAが提唱するサッカー栄養学」 Jリーグやラグビートップリーグをみてき…
公認スポーツ栄養士・橋本玲子氏の連載、今回は「UEFAが提唱するサッカー栄養学」
Jリーグやラグビートップリーグをみてきた公認スポーツ栄養士・橋本玲子氏が「THE ANSWER」でお届けする連載。通常は食や栄養に対して敏感な読者向けに、世界のスポーツ界の食や栄養のトレンドなど、第一線で活躍する橋本氏ならではの情報を発信する。今回は「UEFAが提唱するサッカー栄養学」について。
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2020年、UEFA(欧州サッカー連盟)は、エリート(プロ)サッカー選手の栄養に関する合意声明 (Consensus statement)を発表しました。
この声明は、最新の栄養学や運動生理学、そして科学的なエビデンスに基づき、サッカー、栄養、運動生理学などの専門家、32名によってまとめられたもの。選手の健康やパフォーマンスの向上を目的とし、主に18歳以上のプロ選手(性別問わず)を対象とした内容となっています。
声明は試合やトレーニング時の栄養補給から、ストレス時の対応、食文化の多様性と考慮事項、レフリーの栄養補給に至るまで、大きく9つの柱に分かれています。全体を通して、フード・ファースト(必要な栄養はサプリメントなどの栄養補助食品ではなく、基本的に食品から摂る)の基本理念の下、最新の科学から得られた知見を応用しての、食事の摂り方・考え方がまとめられています。
今回は声明のなかから、多くの選手が興味を持つであろう、試合時の食事のポイントをお伝えしましょう。
【1】糖質は体重1kgに対し6~8g摂る
UEFAの声明では、試合前日に摂る糖質の目安量を、体重1kgに対し6~8gとしています。例えば体重70kgの選手であれば420~560gに相当。これは白米に換算すると、どんぶり飯で3.5~5杯にあたります。
試合時の食事の考え方として、前日・当日・翌日の3日間に共通するのは、エネルギー源である糖質をしっかり摂ることです。今回の声明で新しいと感じるのは、サッカー選手に適した糖質量を明確に示している点。また、ヨーロッパの選手たちも十分な糖質量を摂れていないケースが多いため、改めて、高糖質・低脂肪の食事を心掛けるよう促しています。
【2】プレマッチ・ミールは体重1kgあたり1~3gの炭水化物を摂る
プレマッチ・ミールとは試合前の補食。補食には、パフォーマンスの向上や、試合中の疲労をできるだけ遅らせる狙いがあります。
ポイントは、試合開始3~4時間前に、体重1kgあたり1~3gの糖質を摂ること。体重70kgの選手で、70~210gが目安となります。日本人選手に馴染みのある補食で換算すると、70gの目安はうどん1人前とおにぎり1個程度。210gとなると、パスタ一人前+おにぎり2個+あんまん1個+果汁100%オレンジジュース1本となります。
補食はガッツリ食べる選手もいれば、試合前の緊張などからあまり食べられない選手もいます。210gの内容をみると「多い」と感じる方もいると思いますが、試合4時間前と考えれば、決して多すぎる量ではありません。例えば、朝食を少な目にして、プレマッチ・ミールはしっかり摂る、など各自工夫をしながら自分に合った摂り方を探っていきましょう。
試合後は「戦略的に栄養を摂ること」が重要
【3】試合の2~4時間前の間に体重1kgあたり5~7ml程度の水分を補給
試合中の脱水を予防するため、当日は試合中・ハーフタイムだけでなく、試合前からウォーター・ローディングを行います。試合前後で体重が2~3%以上減らないよう、水分補給を心掛けましょう。
UEFAの声明では試合の2~4時間前の間に、体重1kgあたり5~7ml程度の水分補給を推奨。体重70kgの選手で350~500mlが目安量です。
【4】試合の直前・ハーフタイムに、約30~60gの糖質を摂る
ウォーミングアップ後とハーフタイムにも30~60g程度の糖質を摂ることで、ドリブルのスピード、パスやシュートの正確性の向上が期待できる、としています。
これは今回私も改めて学びになった情報です。これまでの栄養指導の現場経験でいうと、試合開始の30~45分前に多量に糖質を摂取すると、急激に血糖値が低下することがあるため、試合開始直前の糖質摂取は積極的に勧めてきませんでした。しかし、試合開始直前であれば、血糖値やインスリン濃度が上昇し始める前に運動を開始するので、インスリンの分泌が抑えられ、低血糖になりにくい、という考え方のようです。
試合前はナーバスになって口にものを入れられない選手、ハーフタイムにスポーツ飲料やゼリー飲料の甘い味が口に残ることを嫌がる選手は少なからずいます。しかし、試合直前、ハーフタイムにも糖質をこまめに補給するとパフォーマンスの向上に有利である、ということです。
【5】試合後は糖質とたんぱく質を、一定の間隔を空けながら継続して摂る
試合後の栄養補給は、心身の疲労をリカバリーするのが目的です。試合中に使い切った筋グリコーゲンや筋肉の修復、そして疲労の回復を早め、次の試合もよいコンディションで戦えるよう、戦略的に栄養を摂ることが重要です。
そのためにしっかり摂りたいのが、炭水化物とたんぱく質。
まずは炭水化物。UEFAでは体重1kgあたり1gの炭水化物を、1時間ごとに計4時間継続して摂ることを推奨。体重70kgの選手で考えると1回につき、おにぎり1個+ゼリー飲料1本程度が相当します。摂り方の例は以下の通りです。
(例)19:00試合終了!
19:00 試合終了直後:ロッカールーム
20:00 ロッカールームまたは移動中の車中
21:00 移動中の車中または夕食
22:00 夕食または夜食・補食・果物
次にたんぱく質ですが、約20~25gの良質のたんぱく質を3、4時間間隔で摂ることを理想としています。例えば試合直後のロッカールームでプロテインドリンクやバーで摂り、3時間後に夕食でもしっかり摂りましょう。
【6】試合後はアルコール飲料を控える、または摂らない
試合後にアルコールを摂り過ぎると、筋肉の修復や筋グリコーゲンの回復が遅れたり、利尿作用によって体内の水分が損なわれたりする恐れがあります。そのため、UEFAでもアルコールは飲まない、あるいは飲んでも少量に控える――具体的には、2ユニット(1ユニット=純アルコール8g)を超えないよう提言しています。これはビールで中ジョッキ1杯弱、日本酒(純米酒)で1合、ワインならグラス2杯に相当します。
いつ、何を摂るとよいかの考え方はカテゴリー問わず参考に
欧米でも、パレオダイエットやケトジェニックダイエットなど、話題のダイエット法を実践する選手もいるようですが、現時点ではエネルギー源となる糖質をしっかり摂ることがサッカー選手にとって重要である、という主張が全体を通してみてとれます。
基本的な部分はこれまでのスポーツ栄養学と大きな違いはありません。しかし、選手の力を最大限引き出すことを考えた細やかな提案には、さすが、世界のスポーツを牽引するヨーロッパサッカー界らしい、プロフェッショナルな姿勢を感じさせます。また、今回、具体的な目安量と摂り方を整理することで、改めてサッカーの現場に即した科学的な栄養補給法について見直すきっかけになるのではないでしょうか。
今回紹介した声明に記載されている目安量に関しては、プロ選手の基準になります。ただ、いつ、何を摂るとよいか、という考え方に関しては、高校生や大学生、社会人選手など、カテゴリーを問わず参考になる内容ですよ。(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)
長島 恭子
編集・ライター。サッカー専門誌を経てフリーランスに。インタビュー記事、健康・ダイエット・トレーニング記事を軸に雑誌、書籍、会員誌で編集・執筆を行う。担当書籍に『世界一やせる走り方』『世界一伸びるストレッチ』(中野ジェームズ修一著)、『つけたいところに最速で筋肉をつける技術』(岡田隆著、以上サンマーク出版)、『走りがグンと軽くなる 金哲彦のランニング・メソッド完全版』(金哲彦著、高橋書店)など。