現在神奈川県栄区にあるエスペランサと言うチームで監督を務める元アルゼンチン代表ホルヘ・オルテガ。 そこで今回スポルト日本…

現在神奈川県栄区にあるエスペランサと言うチームで監督を務める元アルゼンチン代表ホルヘ・オルテガ。
そこで今回スポルト日本語版では、オルテガ監督の生い立ちや日本での活動の理由そしてエスペランサと言うチームについて密着取材をしていく。
Q:生い立ちを教えてください。
A:フフイ(アルゼンチン最北西部の州)のレデスマで生まれたよ。すごく小さな街で山や自然に囲まれたかなり田舎な場所だね。
同時に、サッカーの街でもあって週末になると街がサッカー一色になって凄く賑わうんだ。
小さい頃、誕生日にはたくさんサッカーボールをもらっていたし、街の皆んなから貰うから家には10個以上サッカーボールがあったよ(笑)
そういう環境もあって、生まれた時からすごく身近にサッカーというスポーツがあったし、必然的にサッカーをはじめていたよ。
Q:当時はどんな街でしたか?
A:アルゼンチンの他の街には白黒のテレビはあったんだけどレデスマにはなくてみんなラジオでサッカーを聞いたりしていたね。
78年のワールドカップも、もちろん家族と一緒にアルゼンチン代表が優勝したのをラジオで聞いていたよ。当時はテレビもないくらい本当に小さな街だったね。
Q:78年のW杯でアルゼンチンが優勝したことでオルテガ監督のサッカー人生に影響を与えましたか?
もちろんだよ。ラジオで聴きながら自分の中でいつかアルゼンチン代表になってあそこの舞台に立ちたいと思った。
父には"代表になるには今のチームで結果を残さなきゃなれないぞっ"当時言われたのをすごく覚えてるよ。
Q:16歳でのプロデビューはかなり早めのデビューですがアルゼンチンでは普通ですか?
A:アルゼンチンでは若くしてプロになることはそんなに珍しいことではないんだ。
正直デビューまでは行けたりするけどそこからサッカー選手として安定した生活を送る方が難しい。
アルゼンチン人はみんな口を揃えてそういうよ。
だからアルゼンチンではサッカーで安定した生活を送るという過程にサッカー選手としてデビューするがあるんだ。
Q:デビューしてから苦労したことはありますか?
A:レデスマでは、当時サトウキビで一番大きな会社のサッカーチームがやっぱり強くてお金でブエノスアイレスからいい選手を獲得したり、監督を呼んでいたので地元の選手は滅多に使われなかったんだ。
だから、デビュー当時は競走やなかなか自分の実力を発揮する機会が与えられなかったことで苦労したよ。
けど、アルゼンチンでかなり有名な監督のアンヘル・トゥリオソがデビューさせてくれたんだ。
Q:どんなデビュー戦でしたか?
A:ボカ・ジュニアーズとリバープレートみたいな地域ダービーだったよ。
日本でいう横浜F・マリノスと横浜FCみたいな感じかな。
街はお祭り騒ぎになっているし、試合のメンバー16人は一ヶ月前からホテルに暮らして調整するんだ。
残念ながら最初はそのメンバーには選ばれていなくて地元から選出されている選手も一人もいなかったんだ。
けど、練習の時に10番でチームのエースが怪我をしたのをきっかけにメンバーに入れたんだ。すごく嬉しかったし同時に緊張もしたよ。
試合当日、結果は7-0で圧勝したし個人的にも3点決めれたんだ。正直地元から試合に出た選手は初だし年齢も若かったからかなり緊張したね。
Q:88年にアルゼンチン代表に呼ばれていましたが、代表に呼ばれるまでの過程を教えてください。
A:デポルティーボ・エスパニョールに移籍したんだ。そこで84年シーズンから87年シーズンは自分にとってかなりいいシーズンを送ることができた。
ポジションはサイドハーフだったんだけど1シーズンで12点決めて、3年連続チームの得点王になっていたし、それなりにアルゼンチンでも名前が売れてきたときに代表の発表があったんだ
マラドーナや他の選手達が発表で呼ばれていく中で自分の名前が呼ばれたんだ。あの日は嬉しすぎて叫んだよ(笑)
Q:代表に合流してからはどうでしたか?
A:まず練習に行くときにみんな高級車だったのに自分だけ小さいのに乗っていたから凄い恥ずかしかった(笑)
練習会場に入る前に車種を伝えないといけないんだけど車は持ってないと言ったよ(笑)
メディカル検査や練習の機会など最新のものばかりで見たことないものばかりだったんだ。驚いたよ。練習が始まってからはマラドーナが動くたびに注目されていたね。あの時は彼がナポリでプレーしてた時だ。他の選手とは記者の数も桁違いにいたよ。
Q代表デビュー戦での感想は?
A:チリ戦でデビューしたよ。夢だった代表デビューだったから凄い嬉しかったのを覚えてるよ。素晴らしい経験だったと思う。
バティストゥータとはその時からすごい仲良くて今でも連絡取り合っているよ。

【写真左がオルテガ氏】
■経歴
Ortega Jorge Alberto 
(オルテガ・ホルヘ・アルベルト)
アルゼンチン出身/1961年生まれ(60歳)
元アルゼンチン代表
16歳でプロデビューし、右MFとしてチーム内で3年連続得点王。
88年〜90年までアルゼンチン代表としてマラドーナらとプレーした。
引退後、日本の子供の自殺率に心を痛めて、サッカーを通じて子供達に夢を持ってもらうべく神奈川に移住。
そしてエスペランサSCを発足。