『鬼滅の刃』視点でサッカーを語り合う 第5回 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリス…
『鬼滅の刃』視点でサッカーを語り合う 第5回
サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材しつづける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。普段は欧州チャンピオンズリーグ(CL)を語る3人ですが、このシリーズではあの大人気漫画「鬼滅の刃」とサッカーの深い関係性について語ります。今回のテーマは「育成」。サッカー選手の育成と鬼殺隊剣士の育手の共有点とは。

『鬼滅の刃』とサッカー。今回はスカウトと育成の話
<スカウトの冨岡義勇と育成コーチの鱗滝左近次>
倉敷 前回同様、今回も鬼殺隊をサッカークラブにおける組織と重ねて見ていきましょう。お題は「育成」です。まず鬼殺隊の人材育成に欠かせない「育手」の存在に着目したいと思います。
育手は、よい人材を見つけて、長期にわたる厳しい訓練を課すことで隊士を育てます。主人公の竈門炭治郎の育手は元・水柱の鱗滝左近次。サッカー界にたとえるなら、鱗滝さんは育成コーチです。物語では鱗滝さんが狭霧山で炭治郎を鍛えて、最終的に刀で大きな岩を切るという課題を課すわけですが、私はこのシーンにどうしてもスペインサッカーの育成との共通点を感じてしまいます。ここは小澤さんにお願いします。
小澤 そうなんです。スペインでは育成組織を、石切り場を意味する「カンテラ」という言葉を使って表現します。これは、とくに鉱山が多いスペイン北部を中心に、ダイヤの原石や鉱石を発掘する場所を指す単語を、プロ化が始まった1950年代以降、お金を稼ぐプロ選手を育てる場所でもあるサッカークラブの育成組織に転用し、定着したことが、その由来とされています。その点では、確かに炭治郎というダイヤの原石を厳しい訓練によって磨き上げた鱗滝さんは、育成のスペシャリストだと思います。
それと、忘れてはならないのが、炭治郎をスカウトして鱗滝さんに預けた水柱の冨岡義勇です。スペインの育成の世界では、選手の育手役となる育成コーチ以上に重要視されているのが、炭治郎のポテンシャルを見抜いて育手の鱗滝さんのところに送り込んだ冨岡義勇のようなスカウト、リクルーターの存在です。
たとえば、天賦の才に恵まれたバルセロナのリオネル・メッシのような選手は育てられないわけですから、彼を見つけて即座に紙ナプキンで契約書を作ったジョゼップ・マリア・ミンゲージャという人物は、クラブのなかでも永遠に語り継がれるような名スカウトとして育成コーチ以上に高く評価されています。だから、炭治郎が鍛錬を積んで強くなっていくすべての出発点は、彼の潜在能力を見抜いた冨岡義勇の存在にあると、僕はとらえています。
中山 小澤さんが言った炭治郎と冨岡義勇の出会い、つまり鬼になった禰󠄀豆子といた炭治郎に、冨岡義勇が厳しい言葉をかけるシーンを思い返してみると、やはりタレントはストリートで生まれるということですよね。とくに南米サッカーでは、昔からストリートでサッカーをする子どものなかから将来のクラッキが生まれると言われてきましたが、これは南米に限った話ではなく、育成が組織化されているヨーロッパでもよくある話です。
たとえばフランスを例にとっても、ジネディーヌ・ジダン、フランク・リベリー、キリアン・エムバペもそうですけど、貧しい地域のシテ(団地)にあるコンクリートの広場などでサッカーに夢中になって、そこでボールテクニックの基礎を身につけている。そうした意味では、まずは冨岡義勇のように才能を見抜く大人がいて、そのあとに地域のクラブで鱗滝さんのような育手に指導してもらいながら成長のステップを踏むという、育成の原点にある風景を『鬼滅の刃』の中に見た気がします。
<ドロップアウトした子どもをフォローする>
倉敷 鱗滝さんの指導の下、狭霧山で1年がかりの厳しいトレーニングを積んだ炭治郎は、その後、最後の課題となった大きな岩を刀で切るまでにさらに1年を費やし、いよいよ隊士になるための最終選別が行なわれる藤襲山に向かいます。そこには、鬼殺隊の剣士たちが生け捕りにした鬼が閉じ込められていて、そのなかで7日間生き延びるのが最終選別の合格条件になっているわけですが、この最終選別もまたサッカー界に共通する話だと感じます。
ここは中山さんに伺いますが、子どもたちがプロクラブの下部組織に入団できるかどうか、ふるい落としのテストはフランスサッカーの場合はどうなっていますか?
中山 はい。たとえば日本のサッカーファンにもよく知られている、フランスサッカー連盟直轄の育成所「クレールフォンテーヌ」に入学するためには、何段階ものテストに合格する必要があります。現在フランスにはクレールフォンテーヌと同等の育成所が全国各地に14カ所あるのですが、それぞれの地域の入学希望者はまず各県ごとの絞り込みのテストを受けて、合格者だけが各育成所のテストに進むことができます。
とくにクレールフォンテーヌの場合、首都パリのあるイル・ド・フランス地方の育成所であり、同時に全国の育成所の総本山にあたるので、『鬼滅の刃』で言うところの藤襲山といったところでしょうか。毎回数千もの希望者のなかから実際に入学できるのは数十人ですから、確率的にも藤襲山の最終選別に近いものがありますね。ちなみに、クレールフォンテーヌをはじめとするこれら育成所の対象年齢は、12歳からの2学年制です。15歳には卒業して、それぞれの進路を決めることになりますが、卒業者のなかでリーグ・アンのクラブの下部組織に入れる選手はさらに絞られ、年数人レベルになってしまいます。狭き門ですよね。
倉敷 15か16歳で大きな人生の岐路があるわけですね。気になるのはテストに不合格になってしまった子どもたちです。鬼殺隊の組織図は、まず当主、そして柱がいて、柱の弟子にあたる継子と10段階にランク分けされた鬼殺隊員がいます。そしてそのほかに剣術の才に恵まれなかった人たちが鬼殺隊の事後処理を担当する「隠」として働いていたり、小さな女の子たちが蝶屋敷で働いていたりします。現場で直接に鬼と戦えない人たちもフォローできている組織です。刀鍛冶の里もありますからいろいろな才能で成り立っています。
中山 確かにそうですね。もちろんサッカー界でも、リベリーのようにプロクラブの下部組織でドロップアウトしながら、アマチュアのクラブに拾われて、そこから這い上がった例もありますけど、多くの場合は、ドロップアウトした選手はアマチュアでキャリアを終えたり、用具係や事務スタッフなど選手以外の仕事をしたり、あるいはまったく別の道に進んだりします。
そのように、ふるい落とされた子どもがその後の人生をどのように歩んでいくかは、どの国でも問題になっていますが、たとえばリヨンの育成センターではプロになれなかった子どもが次の進路を見つけられるまで、しっかりフォローするシステムが出来上がっているようです。問題は、そういったクラブ以外で脱落してしまった子どもたちですよね。プロになれるのはほんのひと握りの子どもに限られていて、多くは夢を叶えられないわけですから。
(第6回につづく)