マネジメントの極意岡田武史×遠藤功対談(前編)経営コンサルタント・遠藤功氏と、スポーツキャリアを異ジャンルに生かすリーダ…
マネジメントの極意
岡田武史×遠藤功対談(前編)
経営コンサルタント・遠藤功氏と、スポーツキャリアを異ジャンルに生かすリーダーの対談企画「マネジメントの極意」。今回のゲストは、元サッカー日本代表監督で、現在は株式会社今治.夢スポーツの代表取締役を務める岡田武史氏。監督として、経営者として、"大決断"を下してきた岡田流リーダーシップに迫る。

写真左が岡田武史氏、右が遠藤功氏。対談はオンラインで行なわれた。
岡田氏が描く新スタジアム構想
遠藤功(以下:遠藤) FC今治のオーナーに就任して、まもなく7年目ですね。Jリーグではコロナ禍で無観客試合になったり、企業がパートナー契約を解除したりして、資金繰りが大変なチームも多いと聞きます。
岡田武史(以下:岡田) 昨年8月時点で、Jリーグ全56クラブ中、約8割が赤字になると予測されていました。ただ、FC今治に関して言えば、最終的に6000万円くらいの黒字になりそうです。
遠藤 この状況下で黒字というのはすごいですね。FC今治では、現在どんなことに挑戦しているんですか?
岡田 新スタジアムを建てる計画を進めていて、とにかく資金調達に奔走しています。スポンサーにお金を出してもらうには"ストーリー"が必要なんです。僕らが目指しているのは、サッカーの試合をするだけではなく、365日人が集い、緑が豊かで人々の心の拠り所になるような「里山のスタジアム」。各地を飛び回って、「今治に来たら自然と元気になれるようなスタジアムを作りたい」と話しています。
遠藤 ストーリーを語れるというのは、経営者にとって必須の資質だと思います。投資する側は、お金になる・ならないに加えて、ビジョンに共感するか・しないかも大きな判断軸になりますから。ちなみに、岡田さんはどんなビジョンを描いたんですか?
岡田 僕は数字で表せるものや目の前のお金ではなく、共感や信頼を大事に経営していこうと。先輩経営者から「お前は甘い、経営をわかってない」とさんざん言われましたが、コロナ禍になって、やっぱり間違ってなかったなと思いましたね。うちはパートナー企業さんが1社も降りなかったので。
遠藤 なるほど。出資者も「里山のスタジアム」を見たい、実現させたいという思いがあるんでしょうね。そうやってストーリーに人々を巻き込んでいくのは、まさに経営者の醍醐味だと思います。
2010年W杯、"妄想"では決勝に進出していた
遠藤 そうしたストーリーを語る、考えるというのは、監督時代も意識していたことですか?
岡田 よく、「代表監督は試合のとき以外何をしている?」と聞かれますが、僕はビデオを見ながら頭の中であらゆる戦局を妄想していました。「相手がフォーメーションを変えたらこう対応する」にはじまり、「選手が15分ごとにケガしたらどうするか」というイレギュラーなケースも含め、何パターンもシミュレーションします。
たとえば2010年の南アフリカW杯のとき、僕の妄想では決勝に進出しているんです。相手はドイツ代表。0-1で負けている展開で、後半45分ギリギリで右からのクロスを岡崎(慎司)がダイビングヘッドを決めて延長戦に突入。PKになるかというタイミングで、ドイツの選手がペナルティエリア内でダイビングする。そしたらレフェリーがPKの笛を拭いちゃうんですよ、PKじゃないのに。それで僕が怒って文句を言いに行こうとするのをコーチが止めて、試合は負けて準優勝――そんな妄想をしていました。
遠藤 いちスポーツファンとして、それはぜひ見たかった展開です! でも、それだけのシミュレーションをしていたからこそ、結果的に決勝トーナメント進出につながったんですね。
岡田 結構、妄想は役に立つんですよ。実はW杯に行く前、(元アーセナル監督の)アーセン・ベンゲルとかから「日本はリードしていても最後にセットプレーで点を取られて終わるんじゃないか?」と言われていたんです。それもあって、強豪チームとの試合で1-0で勝っているときに、最後までどうやって守りきるかを考えていました。
遠藤 どんな展開を妄想していたんですか?
岡田 ディフェンダーを入れたらみんなの気持ちが後ろ向きになって負けるだろうなと。じゃあ、前で追い回してヘディングで競える選手を入れようと考えたら、僕のなかで1人しかいなかった。矢野貴章です。僕は最後に貴章を入れるシミュレーションを組んでいました。そしたら、カメルーン戦の最後に本当に同じ状況が来たんですよ。
遠藤 周りには予想外の選出であっても、岡田さんは"妄想済み"だから迷いはない、と。
岡田 そう。そしたら、貴章が相手選手を追い回してフリーキックを見事に1本クリアしてくれた。
遠藤 緻密な妄想が勝負を決めたとも言えますね。ビジネスの世界でも、優れた経営者には妄想癖がある人が多いと言われるのですが、それに似ているかもしれません。
「私心」はリーダーにとって最大の敵
遠藤 よく経営者は孤独だと言われますが、監督も同じですか?
岡田 そうですね。経営者も監督も、全責任を負って答えがないことを決断しなければいけないので、その意味では孤独です。「誰かがこう言ったからこうしよう」なんて、絶対にできませんから。僕は1997年のW杯予選のとき、ボスの加茂(周)さんが更迭になっていきなり監督になりましたが、当時41歳で監督経験もなかった。「こんなプレッシャーに絶対耐えられない。逃げ出したい」と思っていました。
遠藤 突然の交代でしたよね。よく覚えています。
岡田 W杯出場がかかったアジア最終予選の第3代表決定戦で、イランとの決戦にジョホールバルに行ったとき、かみさんに電話したんです。「明日もし勝てなかったら日本に帰れない。海外に住むことになる。覚悟しといてくれ」と。でもその後、試合のビデオを見ているときに、「もういいや」ってなったんですよね。
遠藤 吹っ切れたんですか?
岡田 「明日突然、名将になれるわけではない。命がけで自分の力を100%出して、それでだめならしょうがない。日本の国民に謝ろう」と思いました。でも、同時に、「これは俺のせいじゃない」とも思った。「俺を選んだ会長のせいだ」と(笑)。そしたら完全に開き直って、怖いものがなくなりました。これまで何度かこのときと同じくらい追い詰められた経験をしてきましたが、どん底を何回も経験すると、ある種の覚悟ができてくるんですよね。
遠藤 当時、98年フランスW杯で三浦知良選手と北澤豪選手を登録メンバーから外した岡田さんの決断は波紋を呼びました。あの時はどういった経緯で決断されたんですか?
岡田 チームが勝つために徹底的にシミュレーションしていくなかで、一番出てくる回数が少なかったのがカズと北澤でした。負けているときは、高さのあるロペスや運動量のあるゴン(中山雅史)を出す。勝っているときは、若くて追い回せる選手がいい。だから、カズと北澤という選択肢が僕の中には出てこなかった。
遠藤 勝つために何が必要かを考えて、苦渋でしたでしょうが合理的な判断をされたんですね。経営者にとっても、役員の人選は悩ましい問題と言います。普段合理的に考えられる人でも、人選になると決断に迷ってしまう人も少なくありません。そこを岡田さんはどうやって乗り越えましたか?
岡田 みんなに好かれたいけれど、実際問題、W杯には23人(フランスW杯では22人)しか連れていけません。外した選手やマスコミから文句を言われるのはわかっている。僕が落とした選手の奥さんがスタジアムでこっちを睨んでいたこともありました。でも、仕方がない。これは監督経験を通じて痛感したことなのですが、リーダーにとって私心は最大の敵なんですよ。だから、僕は選手と一切飲みに行かなかったし、仲人も絶対にしなかった。
遠藤 選手と適度な距離感を保つことで、決断に客観性を担保できるんですね。でも、なかには監督が決めた方針に反対する選手もいますよね?
岡田 「俺は日本代表の監督として全責任を負ってこう考えてこうやる。どうしてもやっていられない状態ならしょうがない。すごく残念だけどあきらめるか出ていってくれ」と伝えました。でも、自分が全責任を追う覚悟を持っていると、それが選手には伝わるんですよね。裏を返せば、個性が強い選手をマネージできていないのは、覚悟が伝わっていないからだと思うんです。
似て非なる「経営者」と「監督」
遠藤 そうした"妄想力"や決断の覚悟、胆力は監督時代に培われたんですね。実際に経営をやられていて、監督と経営者の共通点、違いを感じることはありますか?
岡田 人をマネジメントしながら同じ目標を目指す、という点は同じですね。違うのは監督と選手は1年やってダメなら取り替えられますが、経営者は社員を取り替えたり、自分が投げ出したりができないことかな。
監督は大きな鉛の塊に押しつぶされそうなプレッシャーはあるものの、案外、「この野郎、やってやる!」という感じで頑張れるんですよ。でも経営者は社員を守らないといけないので、勢いだけでは乗り越えられない。じわじわと首を絞められていく感じがあります。監督時代は夜寝られないことなんてなかったのですが、今は(会社と個人の)貯金残高が0になる夢を見て、飛び起きることもありますから。
遠藤 監督も経営者も「リーダー」という意味では同じですが、チームマネジメントと組織マネジメントは同じ方法論が成り立つのでしょうか?
岡田 サッカーの場合は、「この1年で結果を出す」という気持ちで、短期で区切って、結果を出すためにある程度きつく管理したほうが成果は出ます。でも、長くは続かない。どうしてもマンネリ化してしまいます。
遠藤 なるほど。それに比べて企業の場合は、もっと長期的な視点が必要になりますね。
岡田 そうですね。企業が成長していくには人の成長が欠かせないことに、最近ようやく気がつきました。以前はなんでも自分でやらなければと思っていましたが、社員を信頼して任せてみたら、みんなしっかり動いてくれて。監督時代、僕は強引に引っ張っていくリーダータイプでしたが、経営者になってからは人を育てることに喜びを感じられるようになりました。
遠藤 人が成長すると組織は成長します。でも、組織の成長ばかりを優先して、見かけの売上だけが増えることがあるんです。これは成長ではなく、単なる膨張です。多少成長のスピードは落ちても、人の成長を優先させることが健全なチーム、サスティナブルな組織につながると思いますね。
岡田 成長と膨張の違い。表面的なものばかりに目を向けるのではく、人を育てて組織の芯を強くすることが大切なんですね。
(後編につづく)
【Profile】
岡田武史(おかだ・たけし)
株式会社今治.夢スポーツ代表取締役会長。1956年大阪府生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。1980年、古河電気工業サッカー部に入団。1990年に現役引退後、日本代表のコーチを経て、監督に就任。1998年、W杯フランス大会に出場する。その後、コンサドーレ札幌、横浜F・マリノスの監督を務め、2007年に2度目の日本代表監督に就任。2010年、W杯南アフリカ大会ではベスト16入りを果たした。代表監督退任後、中国スーパーリーグの杭州緑城監督を経て、2014年、FC今治のオーナーに就任。
遠藤功(えんどう・いさお)
株式会社シナ・コーポレーション代表取締役。1956年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。米国ボストンカレッジ経営学修士(MBA)取得後、三菱電機、複数の外資系戦略コンサルティング会社を経て、現職。2005年から2016年まで早稲田大学ビジネススクール教授を歴任。現在は、独立系コンサルタントとして、株式会社良品計画、SOMPOホールディングス株式会社、株式会社ネクステージ、株式会社ドリーム・アーツ、株式会社マザーハウスで社外取締役を務める。著書に『生きている会社、死んでいる会社』『新幹線お掃除の天使たち』『コロナ後に生き残る会社 食える仕事 稼げる働き方』など。