永井秀樹 ヴェルディ再建への道トップチーム監督編(21) 2021年2月28日(日)、永井秀樹はトップチーム監督として2…
永井秀樹 ヴェルディ再建への道
トップチーム監督編(21)
2021年2月28日(日)、永井秀樹はトップチーム監督として2度目のJリーグ開幕を迎えた。シーズンオフは経営問題に揺れ、井上潮音(しおん)、藤田譲瑠(ジョエル)チマといった手塩にかけて育てた若手がJ1クラブに移籍。さらに、守備の中心だった近藤直也が引退し、大久保嘉人、河野広貴、高橋祥平もチームを去った。

開幕戦に途中出場を果たし、J2最年少出場記録を更新した橋本陸斗
復帰した梶川諒太、加藤弘堅など、ヴェルディのサッカーにすぐ順応できそうな選手の補強はしたものの、ゴールを奪う、という最後の仕事のキーマンになるような選手は獲得できていない。各メディアのJ2順位予想でも、ヴェルディ をJ1昇格候補に挙げる解説者は皆無で、J3降格を危惧する声もあった。
「ある意味、今シーズンは注目されていない、期待されていない、ネガティブな話が多かった」と永井。
しかし、ヴェルディは、ケガで開幕戦に間に合わなかった平智広に代わりキャプテンマークを巻いた小池純輝が、古巣の愛媛FC相手に前半で2ゴールを決めた。さらに後半、永井がユース監督時代から指導し「将来、必ずA代表に入れる逸材」と期待を寄せる山本理仁がダメ押しの3点目を奪い、3−0で開幕戦を勝利で飾った。
「潮音やジョエルが移籍し、キャプテンの平や、攻撃を担う山下諒也や森田晃樹、井出遥也といった主力にケガ人も出ていて正直苦しい台所事情だった。ただ、チームの始動から綿密にプランニングして積み上げて、形として成果も現れていたので不安はなかった。
昨シーズンのチーム始動から開幕戦を迎えるまでの準備の失敗から学んだことが大きい。キャンプの集大成として、ロティーナさんが指揮を執るJ1の清水エスパルスと試合をさせていただき、非常にいい内容で戦えた。ロティーナさんからも『後半に関しては、ほとんどヴェルディにボールを持たれて何もできなかった。いいサッカーだ』とお褒めの言葉をいただいた。
半分は社交辞令かもしれないし、本当は課題を伺いたかった。それでも、ヴェルディをよく知るロティーナさんの言葉で、今まで自分たちが積み上げてきたこと、準備の仕方が間違っていなかったのだと、あらためて確信できた」
スペインリーグでの経験も豊富なミゲル・アンヘル・ロティーナは、2017シーズンにヴェルディの監督に就任して来日すると、2年連続でJ1昇格にあと一歩まで導いた。2019シーズン、J1のセレッソ大阪に移籍してからも、同年5位、昨シーズンも4位という好成績を残した。
今シーズンからはその手腕を買われ、清水エスパルスの立て直しを期待されて指揮を執ることになった。そんな名伯楽が率いるJ1クラブ相手に互角以上の戦いができたことは、永井だけでなく選手にとっても大きな自信につながった。
開幕戦に向けて、永井は昨シーズンの反省を生かし、限られた時間や戦力の中で最大限できる準備を重ねた。いずれの得点も突出した個の力で相手の守備を崩すのではなく、組織全体で丁寧にボールを繋ぎ、相手の隙間を見つけることで奪った。
「まだまだ、決めなければいけないシーンもあった」と完勝にも満足することはないが、トップチーム監督就任から2年半、いや、ユース監督時代から伝え続けてきた「全員攻撃、全員守備でゲームを支配し、相手を圧倒して勝つ」という永井が思い描くサッカーの下絵に、美しい彩色が始まったような感覚を覚えた。
「(小池)純輝は古巣相手で、当然、モチベーションは上がる。迷うことなくキャプテンを任せた。今年で34歳になるのかな。でも何歳になろうが、もっとうまくなりたい、という向上心を持っている。ボールの運び方もよかったし、本当にすばらしかった。まだまだ上達するはず。
試合前に純輝がキャプテンとしてメンバーに伝えたのは、『我々がしているサッカーの価値を、日本中に知らしめよう』。あとは『我々のすばらしい仲間のために戦おう』という、このふたつ。
良い形でシーズンのスタートを切れたが、我々は完成されたチームではない。これからも1試合、1試合、戦い続けながら成長し、勝ち続けることが大切だと考えている」
永井はこの開幕戦で、大きなサプライズをふたつ用意していた。ひとつ目は、17歳、高校2年生の阿野真拓(まひろ)をスタメン起用したこと。そして、もうひとつは、試合2日前に2種登録の承認を受けたばかりの15歳、中学3年生の橋本陸斗をベンチメンバーに入れたことだ。そして、ふたりとも永井の期待に応える活躍を見せた。
阿野は90分フル出場し、攻撃でのドリブルやチャンスメイクで実力を発揮しただけでなく、課題だった守備でも安定したプレーを随所に見せた。一方橋本は、後半34分にピッチに投入されJリーグデビューを飾ると、スピードに乗ったドリブルで臆することなく攻撃を仕掛け、プロ初シュートも放った。
永井は日頃から「ヴェルディの未来をつくるのは若い選手たち」と話す。そういう意味でも、阿野の先発フル出場と橋本のデビューは、ヴェルディ再建に情熱を注ぐ永井の意思表示でもあった。
しかし、もし負けていれば批判の矢面に立たされたかもしれない。批判も覚悟の上で起用した理由は、気にかけ続けていたある後悔があったからだ。永井にとっては、勝利という結果以上に、そちらのほうが気がかりだった。
話は2年半前、永井がユースからトップチーム監督に就任した直後に遡る。
「本当は、陸斗よりも先に真拓が、J2の最年少出場記録を塗り替えていたはずだった」と永井。当時15歳の阿野を永井は、2種登録でトップ昇格させようとした。ところが、いざ試合で起用しようとした時、阿野は2種登録されていなかった。
阿野は元々、ヴェルディの本部所属ではなく、ジュニアユースまでは支部の『ヴェルディSS小山』に所属していた。永井がトップチームの監督に就任した2019シーズンは本部のユースに来て半年も経っておらず、いきなり2種登録するかの判断は難しかった。そんな事情もあり、阿野の2種登録は見送られた。
「もしあの時、真拓が2種登録されていたら、真拓がJ2の最年少出場記録を作っていた。陸斗(15歳10カ月26日)も記録は破れなかった。
我々のクラブには、圧倒的な個の力のあるスーパースター、メッシやシャビ、イニエスタのような選手はいない。だったら、自前で育てるしかない。
才能ある選手には、早い段階から高いレベルで経験を積ませることが大切。そこは指導者である我々も妥協してはいけない。プレイヤーズファーストにもかかわらず、2年半前は、大人の勝手な事情で真拓のデビューを遅らせてしまった。
諸事情も理解しなければいけないが、一歩間違えれば、無限の可能性を秘めた若い選手の才能を潰していたかもしれない。真拓も陸斗も、人生を賭けてこれからサッカー人生を歩んで行くわけで、そういう意味では、一般の中高生とは違う。それが良いか悪いかは別の問題として、プレイヤーズファーストで、彼らはプロを目指していることを理解しなければいけない。その上で、学業面も含めて、全力でサポートすることが必要だと思う」
永井は昨シーズン、5人の教え子(藤田、馬場晴也、松橋優安、石浦大雅、阿野)をユースからトップチームに昇格させた。周囲からは反対意見もあったと言うが、移籍をしてJ1クラブでレギュラーを獲得した藤田をはじめ、全員が出場機会を得て、プロとしてのキャリアを歩んでいる。結果、昨シーズンは『最優秀育成クラブ賞』という評価にも繋がった。
今回、まだ中学生の橋本を2種登録することは、義務教育期間中であることも考慮して、育成の現場が結論を出すまでには、開幕直前までかかった。
たしかに、精神的には大人とはいえない中学生が、学校よりサッカー選手としての活動を優先することはリスクを伴う。難しい判断を迫られるが、永井が言うように大前提として、プロクラブの育成とは、アマチュアの学校教育のそれとは明らかに違う世界に存在することは理解する必要はあるかもしれない。
「陸斗の2種登録を開幕に間に合わせるようにお願いした理由は、トップチームの選手として必要だったからに他ならない。昨シーズンからトップチームに呼び、トレーニングマッチでも起用し、静岡キャンプにもフルで帯同させた。
最後に決め手となったのは、開幕前の練習試合だった。試合は1-0で勝利したが、その時、(松橋)優安の得点をアシストしたのが陸斗だった。成長に対しての期待はもちろんあるが、彼は自分の実力でベンチメンバー入りを掴んだ」
加えて、熾烈な競争下にあっても、橋本はサッカーを通じて人としても成長していることを補足しておきたい。開幕戦後のインタビューで橋本は、ジュニアユース時代に影響を受けた存在として、蓮見知弘監督、森勇介コーチ、佐伯直哉コーチの3人の名前を挙げ、感謝の気持ちを表現するとともに、次のように話した。(以下、東京ヴェルディ公式HPより抜粋)
――試合後にはゴール裏でサポーターに挨拶をしていましたが、どんなやり取りがありましたか?
上手いことや気の利いたことは言えないので、とにかくデビューできて嬉しかったということ。あとは僕だけの力でデビューしたわけではなく、2種登録してもらったわけではないので、小4からここまで家族やコーチなど色んな人たちがサポートしてくれた結果、2種登録、今日のデビューがあったので、サポーターの方にも感謝しかないです。
蓮見監督、森そして佐伯コーチ、3人はいずれも、現役時代はヴェルディでプレーし、永井とも一緒にプレーした。永井は「彼らが情熱を持って磨き上げてくれたからこそ、今の彼(橋本)がある。それは自分も強く実感しているし、感謝したい」と話す。
ヴェルディというクラブの歴史、スタイル、そして価値を体現してきた3人のような指導者の存在は、まさに、未来のヴェルディの育成には欠かせない。日頃、永井は選手たちに「選手間の共通認識を高め、その優位性で勝負する」「現状維持は後退の始まり」と繰り返し伝えるが、それは「サッカーの試合に限らず、運営も含めたクラブのあり方も同じではないか」と考えている。
日本でバルサのようなクラブ、下部組織から才能ある選手が次々と誕生するような仕組みを作りたいならば、育成年代の選手を支える体制とトップチームとの連携は不可欠であり、今以上に風通しのいい組織づくりが大切だ。
経営、運営、指導者、全員が同じ共通認識を持つこと。それが他クラブにはない、ヴェルディならではと言える特徴になった時、初めて本当の意味でのヴェルディ再建が始まる。
橋本のデビューは、「同じ地図を持ち、実力さえあれば、年齢や経験に関係なくいつでもトップに昇格できる」と他の育成にいる選手にも希望の光を与えた。
2021シーズン、永井は指導者として勝利という結果を追及すると同時に、第二、第三の阿野や橋本を誕生させるという仕事に取り組む覚悟でいた。