異能がサッカーを面白くする(7)~ボレーの達人編 ダイナミックなアクション。方向性が読めない意外性。弾けるような衝撃音。…

異能がサッカーを面白くする(7)~ボレーの達人編

 ダイナミックなアクション。方向性が読めない意外性。弾けるような衝撃音。決まった瞬間の華々しさ。ボレーシュートには観衆を惹きつける圧倒的な魅力がある。
 
 筆者の観戦史の中で、一番と言いたくなるボレーシュートは、いまから33年前、ミュンヘン五輪スタジアムで目撃した一撃になる。1988年欧州選手権。現在で言うならばユーロ。西ドイツ大会の決勝オランダ対ソ連の後半9分だった。オランダのCFマルコ・ファン・バステンが突き刺した、右足で放ったボレーシュートである。

 左サイドからMFアーノルド・ミューレンが蹴り上げた左足クロスに、特段、高級感はなかった。次のプレーで得点が決まるとは、想像だにしなかった。ファーサイドのポストの、さらに奥に深々と飛んでいったボールを、ファン・バステンがダイレクトで振り抜く瞬間でさえ、ゴールの予感はしなかった。

 角度がないに等しい位置。そのうえゴール前に立ちはだかっているのは当時、世界ナンバー1と言われた名GKリナト・ダサエフだ。半ばヤケクソなボレーシュートに見えた。ところがボールは、名GKが差し出す両手の上を越えるやストンと落ち、ネットに吸い込まれた。魔術的と言いたくなるスーパーゴールを目の前に、あんぐり開いた口は塞がらなかった。

 ボレーシュートといえば、豪快なシュートを想像する。一か八か。当たるも八卦、当たらぬも八卦ではないが、ダメモトみたいな側面がある。特にこの場合はそうだった。いかにも確率が低そうなシュートに見えた。

 だが、188センチのファン・バステンが、長身を折るようにして操作した右足は、完全に自らの意のままに動いていた。テニスというより卓球のラケットを操作する手の動きに似ていた。ボールの上っ面を叩くドライブショット。ダサエフの手を越えた後、ストンとボールが落ちた理由だ。

 ネットにはトップスピンが効いたボールが、軽やかに心地よさそうに収まった。電光石火の一撃ではあったが、「行き先はボールに聞いてくれ」という言葉が似合わない、技術の粋が凝縮された、超高度なコントロールショットでもあったのだ。


2002年のチャンピオンズリーグ決勝で炸裂したジネディーヌ・ジダン(レアル・マドリード)のボレーシュート

 テレビの画面越しで見たボレーシュートで脳裏に刻まれているのは、1974年西ドイツW杯でオランダのヨハン・クライフが魅せたジャンピングボレーだ。ヴェストファーレンで行なわれた2次リーグ最終戦、オランダ対ブラジル。左ウイング、ロブ・レンセンブリンクとのワンツーで、左サイドを突破した左SBルート・クロルが、ライナー性の折り返しをゴール前に送ると、ゴール前にはクライフが浮くような体勢で飛び込んでいた。

 その空中動作の鮮やかなこと。真横から飛んでくるボールに、インフロントを正確にヒットさせる、激しいアクションの中にもキラリと光る高度な技巧に、こちらの心はすっかり奪われることになった。フライング・ダッチマン(空飛ぶオランダ人)とは、その時、クライフにつけられた異名だ。

 チャンピオンズリーグ(CL)で挙げるならば、やはり2001-02シーズン決勝でマークしたジネディーヌ・ジダンの左足ボレーになる。舞台はグラスゴーのハムデンパーク。相手はバイヤー・レバークーゼンだった。

 1-1で迎えた前半終了間際。サンティアゴ・ソラーリの縦パスを受けたロベルト・カルロスが、中央に折り返したボールだった。ロベルト・カルロスはレバークーゼンの右SBゾルタン・セベッセンに並び掛けられていた。完全にフリーで抜けだしたわけではない。半ば苦し紛れに折り返した、ボレーシュートを蹴るには不向きな、タイミングを合わせにくそうなボヨヨンとした山なりのボールだった。

 だが、ジダンは待ち構えた。仕留める気満々といった雰囲気で落下地点に入り、左足を振り上げるタイミングを計っていた。こうした場合、肩に力が入ったり、気がはやったりして、ボールは概ね的確にヒットしないものだ。きっとアイデア倒れに終わるだろう。そう思った瞬間だった。

 ジダンはさすがスーパースター、千両役者だった。おもむろに左足を上げ、ピッチと直角になるほどまで徐々に引き上げながら回し蹴りのような体勢をとる。その間、2秒ほどか。ジダンの準備動作に合わせて息を呑むことになったハムデンパークを埋めた観衆は、次の瞬間、目をさらに見開くことになった。

 シュルシュルと巻くような回転のボールが、ゴールの左上隅に綺麗に収まっても、直ぐに歓声は沸かなかった。真実であることを確認するまでしばらく時間を費やすことになった。なにより筆者がそうだった。滅多に見られないものを見た幸福感に浸ることになった。同時に、14年前にミュンヘン五輪スタジアムで見たファン・バステンのゴールも脳裏に蘇ることになった。

 この一発が決勝点となりレアル・マドリードは優勝。ジダンは自らの力で、自らを初のCL覇者の座に押し上げた。ドラマ仕立ての左足スーパーボレーだった。

 日本人選手でも大一番でスーパーゴールを決めた選手がいる。2011年アジアカップ決勝。相手はオーストラリアで、試合は0-0のまま延長戦に入っていた。

 延長後半4分、李忠成がゴール正面やや深い位置で待ち受けたのは、長友佑都が左足で折り返したマイナス気味のボールだった。身体を開き、弓を射るようなモーションから、左足を正確にヒットさせたコントロールショットは、ゴール左上隅に綺麗に収まるビューティフルゴールとなった。日本がどちらかといえば劣勢を強いられている中で生まれた、まさに値千金のスーパーゴールでもあった。

 ボレーキックは足を振り上げるので、モーションは大きくなる。野球で言えばホームランを狙う大振りのスイングに見えるが、実際のところはミート打法だ。振り回さなくても、当たれば飛ぶ。向かってくるボールの勢いを利用するので、止まっているボールを蹴るより、力は要らない。

 ボールを弾く感じだ。ファン・バステンのボレーシュートでも触れたが、面でボールを捉えるラケット競技を想起する。

 1997年コパ・アメリカ、ボリビア大会。ブラジルがボリビア第2の都市、サンタ・クルスで行なった練習を取材に行った時の話だ。サイドからクロスボールを上げ、中央で合わせる練習の中で、圧倒的に光り輝いていたのはロマーリオだった。まさにラケットで撃ち返すように、ボールを的確にミートさせていた。

 あるとき、ロマーリオは順番待ちをするロナウドと、ひそひそ話を始めた。なにやら悪ふざけを企んでいる様子だった。ターゲットにされたのはゴールライン付近で練習を眺めていた報道陣。ロマーリオがその1人をボレーで狙おうとする計画を立て、ロナウドに「いまから狙うから見ていろ」と伝えた、おそらく。

 恐ろしいことにというか、見事にというか、ロマーリオは悪漢らしく、直後の一球で、ターゲットを仕留めることに成功した。餌食になった報道陣の1人が、悶えるように痛がる姿を見て、傍らのロナウドは、「この人、信じられない」という顔で、思わず後ずさりした。

 手でラケットを操作するテニスプレーヤーでも難しいとおぼしきテクニック。まさに震え上がるような精度だった。筆者が最も間近で見たスーパーボレーと言えば、この一件となる。