異能がサッカーを面白くする(4)~ごっつぁんゴール編 ストライカーといえばチームの顔。大黒柱のようなものだ。野球では、1…
異能がサッカーを面白くする(4)~ごっつぁんゴール編
ストライカーといえばチームの顔。大黒柱のようなものだ。野球では、150キロ台の速球をビシビシ投げ込む先発投手は「本格派」と呼ばれるが、この言い回しはストライカーにもあてはまる。
本格派ストライカー。現在の欧州で想起するのは、ロメル・ルカク(インテル)、ロベルト・レバンドフスキ(バイエルン)、アーリング・ブラウト・ハーランド(ドルトムント)あたりだ。Jリーグにおける筆頭格はエヴェラウド(鹿島アントラーズ)になる。引退した選手を含めれば、元アルゼンチン代表のストライカー、ガブリエル・バティストゥータが断トツの一番――とは、筆者の見解だ。
日本にも圧倒的な本格派ストライカーは存在した。釜本邦茂。そのプレースタイルは本格派の中でも群を抜いていた。シュート力を一番の拠り所に、正面から堂々とゴールに迫っていく、王道を行く本格派兼正統派のストライカーだった。サッカー選手として、これ以上、頼もしい選手はいない。絶対的なエースとして日本のサッカー界に君臨した、まさに不世出のストライカーである。久保竜彦、高原直泰も本格派の部類に入るが、釜本との差は大きい。
一方、本格派ではないストライカーも存在している。古くは早稲田大学、日立製作所でプレーした松永章だ。ゴール前で鋭い嗅覚を発揮する感覚派ストライカーで、「ハイエナ」の異名をとり、恐れられた。大学の4年先輩にあたる釜本と、活躍した時代がもう少し離れていれば、ファンの記憶にもっと残っていた選手だろう。

トップ下ながらチャンピオンズリーグ得点王に輝いたヤリ・リトマネン(当時アヤックス)
馴染みのある名前でいえば、武田修宏も感覚派を代表するストライカーだ。J1通算94ゴールは、歴代ランキング19位ながら、出場時間との比率で見た効率性では、おそらく日本人選手の中ではかなり上位に入るはずだ。得意にしていたのは、ゴール前でプッシュするだけの「ごっつぁんゴール」。常にゴール前のいい場所で構えていて、ポジション感覚に優れた点取り屋と言われた。
フジタ工業やベルマーレ平塚(現湘南ベルマーレ)で活躍した野口幸司、2006年ドイツW杯で日本代表のメンバーだった大黒将志、さらにはウエスカで現役を続ける岡崎慎司も、この系譜に該当する。
海外で感覚派を代表するストライカーと言えば、古くは82年スペインW杯で活躍した2人のストライカーを思い出す。
ひとりは西ドイツのクラウス・フィッシャー。セビージャのラモン・サンチェス・ピスファンで行なわれた準決勝の対フランス戦で、延長後半3分に、2-3の劣勢からオーバーヘッドキックを叩き込み、チームをPK戦勝利に導いた小柄なストライカーだ。ピエール・リトバルスキーが左の深い位置から折り返したボールを、ファーポストに走り込んだ長身FWホルスト・ルベッシュが、今度は頭で折り返す。このボールにゴール前で唯一反応したのがフィッシャーだった。
フランスDF陣の思考が停止し、足が止まる中で、フィッシャーの身体だけが躍動していた。アクロバットで劇的な同点ゴールだったが、両者のコントラストが鮮明に描かれた瞬間でもあった。
ゴール前の混戦でただ1人、いきいきとボールに反応しているように見える選手。故パオロ・ロッシ(2020年12月9日に亡くなった)も、同じような印象を抱かせる選手だった。82年W杯、サリアスタジアムで行なわれた2次リーグ最終戦イタリア対ブラジルといえば、ブラジル絶対有利と言われながら、ロッシのハットトリックで、イタリアがまさかの勝利を演じた一戦だ。
その3点ともロッシらしいゴールながら、とりわけその真髄に迫るのは、3点目の決勝弾になる。2-2で迎えた後半29分。イタリアの右CKをブラジルDFがクリアすると、MFマルコ・タルデリがそのボールを引っかけるようにシュートを放つ。ゴール方向に飛んでいったグラウンダーのボールは、ある瞬間、グンと加速した、ように見えた。あまりに早すぎて何が起きたかわからなかったというのが、その時、スタンドで観戦していた正直な感想だ。
ゴール前で構えていたロッシが、背後から飛んできたタルデッリのシュートに、回し蹴りするようかのように右足を合わせると、ボールは勢いを加速させながら、ブラジルゴールに飛び込んでいったのだ。
優れた動体視力は、感覚派ストライカーにとって不可欠な要素になる。ポジショニングも重要だが、それ以上に必要なのは、動いているモノに反応するスピード。ちなみにこれは、ゴール裏に陣取るカメラマンに求められる能力と同じだ。激しいアクションシーンやゴールシーンを切り取る力。ワイドレンジではなく、大きな絵柄でシューティングする力と同じだ。撮影の難易度は、本格派ストライカーの得点シーンより、感覚派ストライカーの得点シーンのほうが高いと言われる。
明らかに動体視力に優れていた選手として、筆者の記憶に最も残るのはアヤックス、バルセロナ、リバプール等で活躍したフィンランド代表選手、ヤリ・リトマネンだ。アヤックス時代は、1トップ下ながら、1995-96シーズンにはチャンピオンズリーグで9得点を挙げ、得点王に輝く快挙を達成した。
彼の出身地であるフィンランドのラハティに、ノルディックの世界選手権(2001年)の取材で訪れたときのことだ。
乗車したタクシーの運転手は、筆者が普段はサッカーの取材が多いライターであることを告げると、地元出身のリトマネンについて、延々と語りかけてきた。高校時代までアイスホッケーの選手としても知られた選手で、そちらの道に進んでもスター選手になっていたであろうこと。そのリバウンドの強さと、ハンドオフのうまさはアイスホッケー仕込みであること。1995-96シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)決勝、アヤックス対ユベントス戦で、0-1からリトマネンが決めた同点ゴールは、元アイスホッケー選手らしい得点であること......。
ローマのオリンピコで行なわれた1995-96シーズンのCL決勝。リトマネンがマークした同点ゴールは、タクシードライバーの言うとおり、まさにアイスホッケーで鳴らした選手らしい得点だった。
前半41分、アヤックスがゴール正面で得たFKを蹴ったのはフランク・デ・ブールで、ユーベのGKアンジェロ・ペルッツィは、正面に向かってきたこの左足シュートを、両手の拳で弾き返した。
その瞬間、いち早くリバウンドに反応したのがリトマネンだった。ハンドオフを使ってボールをがっちりキープ。立ち足を、狙った方向に確実に定め、それに対し蹴り足を直角に開いて押し出す、インサイドキックの教科書通りの体勢を、瞬く間に作り上げた。アイスホッケーのスティックさばきを見るかのような、一般的なサッカー選手からは拝むことができない、異能派らしい芸当だった。
動体視力を磨け。これは「得点感覚を磨け」、あるいは「ゴール前のポジション感覚を磨け」と言うより、トレーニングとしてはるかに効果的ではないか――とは、当時、リトマネンを見ていて抱いた印象だ。日本にもリトマネンのような選手が出現する日が訪れることを期待したい。