「本当に強い馬は、休み明けなんか、モノともしない」 ずいぶんと前のことになるが、これは取材の際に聞いた、ある競馬関係者の…
「本当に強い馬は、休み明けなんか、モノともしない」
ずいぶんと前のことになるが、これは取材の際に聞いた、ある競馬関係者のコメントだ。
休み明けで出走した有力馬が負けると、その敗因を休み明けのせいにすることがよくある。だが、それは、もともとその程度の馬だったからで、何事もなかったかのように克服して見せるのが、本当に強い馬だ--冒頭のコメントには、そういう意味が含まれていた。
そこで思い出すのが、トウカイテイオーである。
1993年のGI有馬記念(中山・芝2500m)で、前年の有馬記念(11着)以来の出走というハンデをモノともせず、見事な復活優勝を飾った。
オグリキャップやグラスワンダーなど、有馬記念では感動的な復活劇がいくつもある。なかでも、とりわけ鮮やかで、しかも奇跡的という意味においては、トウカイテイオーの復活劇に勝るものはない。

有馬記念で劇的な復活勝利を飾ったトウカイテイオー
デビューから無傷の6連勝で無敗の二冠馬となったトウカイテイオー。同世代相手の競馬では無敵を誇り、三冠達成は確実視されていた。
ところが、ダービー後に骨折が判明。これが、トウカイテイオーの三冠馬への野望を打ち砕いた。さらに、この骨折から二度、三度と骨折を繰り返して、無敗の美しい蹄跡も次第に傷ついていく。
トウカイテイオーは見栄えのする馬体の持ち主で、力強く、バネの利いた走りをする。"骨折癖"とも思える度重なる故障は、そんな彼の走りに原因があったのかもしれない。
よく言われるように、やはり"走る馬"ほど、壊れやすい。トウカイテイオーもその宿命とは無縁ではなかった、ということだろう。
3歳の後半は治療に専念し、4歳春に復帰(※年齢は現在の表記)。当時GIIの大阪杯を快勝して、通算7戦7勝としたが、無敗記録はここまで。続くGI天皇賞・春で5着に敗れると、もはや「負けない馬」ではなくなった。
それからの競走生活は、まさに故障との闘いだった。天皇賞・春のあとにも骨折が判明。復帰を果たした天皇賞・秋では7着と、掲示板を外すほどの惨敗を喫した。すると、「もう以前のトウカイテイオーではない」--そんな声がファンや関係者からも漏れ始めた。
だが、世間の声に抗うかのように、次戦のGIジャパンCでは世界の強豪を相手に堂々たる横綱相撲の競馬を披露。GI3勝目を挙げた。
トウカイテイオーの底力を、あらためて思い知らされた。
しかしながら、ドラマはこれで終わりではなかった。
ジャパンCを勝ったあと、1番人気に返り咲いた有馬記念ではスタート直後に筋肉を痛めるアクシデントが発生。デビュー以来、初のふた桁着順(11着)に沈んだ。
その後、5歳春の宝塚記念での復帰を目指して調整を進められたが、レース直前にまたしても骨折が判明。以後、長期休養を強いられる。
こうして迎えたのが、1993年暮れの有馬記念だった。
この年、一度もレースを使っていないにもかかわらず、トウカイテイオーはファン投票4位、レースでも4番人気に推された。
ただ、いかにトップクラスの底力があるとはいえ、レースで走るのは、前の年の有馬記念以来。加えて、同レースではふた桁着順に沈んでいる。それに、出走メンバーには同年のダービー馬ウイニングチケットに、菊花賞馬のビワハヤヒデ、さらに前走でジャパンCを制したレガシーワールドなど、強豪馬がズラリと顔をそろえていた。
常識的に考えて、勝ち負けするのはさすがに厳しいのではないか、というのが大方のファンの見方であった。現に、単勝の支持は得られたが、馬連などの馬券の軸としては、そこまで信頼されていたわけではなかった。
注目のゲートが開く。
大方の予想どおり、メジロパーマーが逃げる。トウカイテイオーは好スタートを切ったものの、次第にポジションを下げて、中団あたりに待機。2周目の3コーナーを迎えて、全体のピッチが上がり始めると、トウカイテイオーも徐々に進出を開始した。
4コーナーから直線にかけて、5~6頭が先行馬群を形成していったが、その中で、他とは脚色が明らかに違う2頭がいた。
1頭は逃げるメジロパーマーをかわして、早め先頭に立った1番人気のビワハヤヒデ。前を行く馬を早々にとらえて、そこから突き放すのが、この馬の勝ちパターン。ゆえに、ビワハヤヒデが抜け出した瞬間、多くのファンが同馬の勝利を確信したのではないだろうか。
だが、脚色のよかったもう1頭の馬、トウカイテイオーがビワハヤヒデに猛然と迫ってきた。
残り200mの地点で、2頭は馬体を合わせて、そこから壮絶な叩き合いとなった。
外からグイグイとかわしにかかるトウカイテイオー。1年ぶりのレースとは思えないほど、力強く、覇気があふれる脚取りだった。
対するビワハヤヒデも懸命に耐えるが、迫力あるトウカイテイオーの走りには堪えきれずに半馬身、かわされた。そこが、ゴールだった。
場内にいるファンのほとんどが、目の前で起こる"奇跡"に引き込まれていった。やがて、そのシーンを目の当たりにした興奮と感激がじわじわと広がっていく。ゴール後、しばらくして場内のあちらこちらで"テイオー・コール"が沸き起こった。
勝利ジョッキーインタビューで、手綱を取った田原成貴騎手が男泣きしながら言葉を紡いだ。
「きつかったと思うんですけどね。本当にすごい馬です。ゴール後は思わず『ありがとう!』って、声をかけました」
実に364日ぶりの勝利。これは、長期休養明けのGI勝利記録として、いまだに破られていない。有馬記念が近づくと、このトウカイテイオーの奇跡の復活劇を思い出す。
さて、「暮れの中山にいる」という"競馬の神様"は、今年はどんなドラマを用意しているのだろうか。