車いすテニスを始めたきっかけは
体験会で味わった“おもしろさ”

「まずは来年、ランキングを50位、40位に持って行き、強化指定選手となること。そして、2024年のパリ・パラリンピックに出場すること。母や家族、自分を支えてくださっている皆さんに、パラリンピックのコートでプレーする姿を見せたい。もちろん世界一という目標もある。それが僕の夢です」

12月8日で18歳の誕生日を迎えたジュニア車いすテニス選手の城 智哉 (たち・ともや/名城大学附属高3年/世界ジュニアランキングキャリアハイ4位/JWTA車いすテニスランキング[シニア]35位)。その名前は、決してまだ有名とは言えない。だが、自身でもその夢を語っているとおり、日本を代表する選手となる可能性を秘めている。

先天性の病気のため、小さな頃から車いす生活だった城。それもあってか、幼稚園の頃から親の勧めもあり、さまざまなスポーツを体験していた。それらの運動が「楽しかった」という記憶があるという。しかし、小学生では、左足の違和感、痛みなどもあって満足に運動もできず。小学5年生の時に、患部が悪化すると、左股関節脱臼と診断される。「神経麻痺も日に日にマヒしていって、手術を受けました。関節も元どおりにはなったけれど、痛みは消えませんでした」と振り返る城。そんなこともあり、家から出ない日が続いてしまったという。そんな城にとって、運命的だったのが小学6年生の時に参加した車いすテニスの体験会だった。
 「参加していた人たちが、本当に上手くて。ボールを打つのも楽しかったし、あんな風にプレーしてみたいなと。いつまでも家に閉じこもっているわけにはいかないというのもあったので、おもしろそうだしやってみたいと思ったのです」。そして、中学生に入ると、本格的に車いすテニスを始めていく。


大会にチャレンジしてランキングを上げ
「世界ジュニアマスターズ」にも出場

体験会に参加した小学6年生、そして本格的にスタートさせた中学一年生というと、ちょうど運動神経が著しく発達する「ゴールデンエイジ(一般的に9〜12歳といわれる)」と呼ばれる時期。やるほどに上達を感じていたはずだ。となれば、試合をしたくなるのは当然のこと。国内大会から参加していき、城が初めてITFの大会に出場したのは、2018年のダンロップ神戸オープン(ITF3グレード)だった。当時15歳、初の大会がシニア大会ということもあったのか、大河内慎一郎選手に2-6、5-7で敗れている。その後もツアーに挑戦し続けると、2019年には同じITFジュニアで優勝を果たしている。
ランキングを着々と上げていった城は、2020年1月、フランス・プチザスで開催されたジュニア車いすテニス選手にとっての晴れ舞台「車いすテニス世界ジュニアマスターズ」への出場権をゲットする。
気合いを入れて臨んだ本番だったが、シングルスではラウンドロビンで敗退してしまった。「名前負けしてしまった」と振り返った城。「気合いを入れていった割には…。メンタルで負けてしまいました。知っている選手も多かったし、驚きもなく緊張せずにやっていたつもりだった。ところが会場の雰囲気、マスターズという名前に思うようなプレーができなくなってしまいました」。しかし、大会はまだ終わらない。小田凱人と組んだダブルスでは、快進撃を続け、優勝という快挙を達成している。



2020年1月には「車いすテニス世界ジュニアマスターズ」に出場。ダブルスでは優勝を果たしたが、悔いも残った


とはいえ、本人の気持ちは晴れなかった。
<力を出せなかった>という悔い。だから、新型コロナウイルスにより、大会がなくなってしまった期間に“肉体を鍛えた”。「マスターズでは、チェアワークの部分で差が出てしまいました。単純に遅かった(笑) だから、この期間に肉体改造をしようと頑張りました。結果的に3ヵ月で15キロを落とし、腕周りも筋力がアップした。今は全体的に、マスターズの時より自信がついています」と笑顔で語る。


課題は「メンタル力」
国枝選手のようなスゴみを
身につけていきたい

4月には、中京大に進学することになっている。18歳となって、どんな風に頑張っていきたいかを質問すると、こんな風に答えてくれた。
「とにかく練習量を増やすこと。世界一を目指してツアーを回りたいと思っています。フランスでの話に戻りますが、肉体面は鍛えられましたが、メンタルという部分はまだまだだと思っています。今はまだ海外に簡単に行くことができませんが、出られるようになったら、メンタルにフォーカスを当てて鍛えていきたい。もちろん、技術もですね。まだまだトップと戦うだけの技術は身についていないので」。

それでは、メンタル面をどのように鍛えたいのかを聞くと出てきたのが、第一人者である国枝慎吾選手の名前だ。
 「やはりすごい選手です。尊敬に近い。1ポイント毎、とにかく諦めない姿勢を見せているし、劣勢に立ったとしても、動きが乱れることがない。普通なら、動きが遅くなったり、ラケットが振れなくなったりしてしまう。以前よりも、さらにスゴみが増しました。世界ランク1位から陥落して、再び返り咲く。信じられないほどのメンタル力です。
一度、アメリカ遠征で、国枝さんとダブルスで対戦してもらった時があるのですが、手加減することなく真剣に戦って負かしてくれた。それは嬉しかったことでもあります」
尊敬するプレーヤーが、同じ日本にいる。それは、大きなメリットにもなるはずだ。

冒頭で本人が語った通り、彼の大きな目標は2024年にある。
<母や家族、自分を支えてくださっている皆さんに、パラリンピックのコートでプレーする姿を見せたい>、それを実現するために――。城のチャレンジは続いていく。



愛知を拠点に練習をする城。「車いすテニス世界ジュニアマスターズ」でペアを組んだ小田凱人ともよく練習をしている