名牝ウオッカには、現役時代に単勝オッズが10倍以上だったことが2回ある。 1回は、同世代の牡馬トップクラスと戦ったGI…
名牝ウオッカには、現役時代に単勝オッズが10倍以上だったことが2回ある。
1回は、同世代の牡馬トップクラスと戦ったGI日本ダービー(東京・芝2400m)。結果的には3馬身差の圧勝劇を披露したが、戦前の評価は3番人気で単勝10.5倍だった。
もう1回は、それより前の2歳GI阪神ジュベナイルフィリーズ(阪神・芝1600m)。4番人気で単勝11.1倍。ウオッカがもたらした単勝の最高配当となる。
つまり、この頃のウオッカは、まだ牝馬クラシック戦線では"伏兵"の1頭にすぎなかったのである。

2006年の阪神JFを制したウオッカ
牡馬と見紛うほどのがっしりとした馬体。動かすと、完歩の大きな走りを見せ、そのパワフルな走行からは、とてつもない素質を秘めていることが感じられた。
しかし一方で、血統面からはさほど大物感を漂わせるものはなく、実際のレースでもやや期待ハズレに終わることがあった。デビュー戦を逃げて勝ったあと、2戦目の500万特別がまさにそうだった。
スタートで出負けして、それでも最後の直線では追い込みを見せるが、そこから伸びそうで伸びない。結局、前の馬をとらえ切れずに2着に終わった。善戦はするものの、最終的には"勝ち切れない"--そんな詰めの甘さを感じさせるレースぶりだった。
クラシックで勝ち負けに加わるほどの馬ならば、おそらく差し切れる展開である。仕上がり途上なのか、それとも、そもそも能力的にその程度なのか。いずれにしても、ファンの間で「積極的には買えない」という評価が下された一戦だったことは間違いない。
それが、続く阪神JFでの単勝オッズで示された。
ただそれ以前に、阪神JFにおいては、アストンマーチャンという有力なクラシック候補が存在していたこともある。同馬はそれまでに4戦3勝。重賞2連勝中だった。しかも、前走のGIIIファンタジーS(京都・芝1400m)では5馬身差の圧勝。鞍上が天才・武豊騎手となれば、断然の人気になるのは当然である。
折しも、阪神競馬場はこの年、馬場の改修工事が終わったばかりだった。それ以前は、マイル戦においては1コーナーまでの距離が短く、「紛れが出やすいトリッキーなコース」と言われていたが、その点が解消され、最後の直線も長くなっていた。その結果、全馬が持てる力を存分に発揮できる「公平なコースになった」と言われた。
そのコースであれば、ファンタジーSで見せたアストンマーチャンの鋭い差し脚が、さらに威力を増すはず。多くのファンや関係者がそういった判断を下すのも頷ける。
しかしながら、そうした状況にあって、密かに「自分の馬にもチャンスがある」と思っていた騎手がいた。ウオッカの主戦を務める四位洋文騎手である。
四位騎手はデビュー前の調教に乗った時から「この馬はモノが違う」と、ウオッカの桁違いの素質を感じ取っていた。古馬のような落ち着いた雰囲気に加えて、A級馬ならではの「高級外車の乗り心地があった」と、のちに振り返っている。
ゆえに、四位騎手の中では、前走で追い込み切れなかったのは「調整不足が響いたもの」といった結論がなされ、「パンとすれば、あんなことはない」と思っていた。
迎えた阪神JFのスタート。
ゲートが開いて、出足よく飛び出していったウオッカは、直後にややポジションを下げて、先行集団を見る位置でレースを進める。そのウオッカの目の前に、同じく好スタートを切ったアストンマーチャンがいた。
道中、ウオッカはアストンマーチャンをぴったりとマークするように追走。そのまま直線を迎えた。そうして、距離のロスないインコースから、アストンマーチャンが一気に抜けていく。その動きにどの馬もついていくことができず、後方馬群との差は広がる一方だった。
下馬評どおり「アストンマーチャンの楽勝か」と誰もが思ったことだろう。だが、ゴール手前200mあたりから、外から猛然と追い込んでくる馬がいた。
直線に入って、馬群の外へ進路を取ったウオッカだった。
ザクッ、ザクッと蹄が芝を噛む音が聞こえるかのように、力強い脚取りで、一歩、また一歩とアストンマーチャンとの差を詰めてくる。
この時、ウオッカの末脚は鉈のような切れ味を見せた。
脚色で勝るウオッカがアストンマーチャンとの差をみるみると縮め、馬体を並べると、さらにグイッとひと伸びして突き放した。そこが、ゴールだった。
勝ち時計は、1分33秒1。当時の芝1600mにおける2歳馬レコードだった。
ウオッカにとって、"伏兵"から"主役"に名乗りを挙げた一戦であり、のちにダービー制覇を果たし、GI通算7勝をマークする、名牝への階段を刻む第一歩でもあった。
今年も、まもなく阪神JFのゲートが開く。その注目の舞台を前にして、ウオッカの「牡馬勝り」と言われた豪脚を思い出した。