オグリキャップが"伝説の馬"になった要因のひとつに、壮絶な戦いを繰り返した1989年の秋競馬がある。 このシーズンにお…
オグリキャップが"伝説の馬"になった要因のひとつに、壮絶な戦いを繰り返した1989年の秋競馬がある。
このシーズンにおいて、オグリキャップは初戦のGIIIオールカマー(中山・芝2200m。※現在はGII)を皮切りに、およそ2カ月の間にGI3戦を含む重賞5戦を戦った。今の競馬では考えられない、いや、当時としても異例の過密スケジュールをこなしている。
だが、オグリキャップはその"酷使"にもじっと耐え、それだけでなく、その5戦で3勝、2着2回という戦績を残して、周囲の期待に応えた。トップレベルの馬で、これほど短い間に、これだけの走りを披露し、しかも結果を出し続けた馬は、近代競馬では例を見ない。
そして、その激闘のハイライトとなったのが、GIジャパンC(東京・芝2400m)だった。

1989年のジャパンC。オグリキャップは惜しくも2着だった
実はこの5戦、初戦のオールカマーを除けば、勝つにしろ、2着に負けるにしろ、着差はすべてタイム差なしの、コンマ0秒。つまり、2戦目のGII毎日王冠(東京・芝1800m)以降、オグリキャップはハナ、クビ差の接戦を繰り返し、世界を相手にする大一番でも、タイム差なしの接戦を演じた、ということだ。
オグリキャップは、中央に移籍した当初のマイル戦で圧勝していたように、スピード能力に優れていることはわかっていた。ただそれ以上に、他の馬よりも勝っていたのは、"並んだら抜かせない""抜かれたら抜き返す"という勝負根性だった。
それを証明するのが"コンマ0秒の激闘"の軌跡である。
当時の競馬シーンは、オグリキャップとともに、同世代の菊花賞馬スーパークリーク、この年の春のGIを2勝していたイナリワンの3頭が、「3強」と呼ばれていた。
"コンマ0秒の激闘"の第1戦は、毎日王冠。相手は「3強」の一角であるイナリワンだった。
直線を迎えて外を回った両雄は、残り200m辺りで馬体を合わせ、そこから激しい叩き合いを見せた。そして残り100m時点で、内で粘る面々を一緒にかわしていくと、イナリワンがわずかに前に出たように見えた。が、その瞬間、オグリキャップが底力を発揮。2頭並んでゴールになだれ込んだ。
結果は写真判定に持ち込まれ、オグリキャップがハナ差で勝利した。
続く激闘は、GI天皇賞・秋(東京・芝2000m)。「3強」が顔をそろえた一戦だったが、オグリキャップと死闘を演じたのは、天才の名をほしいままにしていた武豊騎手が手綱をとるスーパークリークだった。
このレース、好位から直線でうまく抜けたスーパークリークに対して、内で包まれたオグリキャップは勝負どころで進路をなくし、追い出しが遅れた。いわゆる"踏み遅れ"によって、最後は大外から強襲するも、スーパークリークにクビ差及ばなかった。
この敗戦を、主戦の南井克巳騎手は悔やんだ。「勝てるレースを、自分のせいで落とした......」と自らを責めた。
しかしその悔しさが、激闘3戦目のGIマイルCS(京都・芝1600m)につながる。
このレースでライバルとなったのは、前走で苦杯を舐めさせられた武豊騎手騎乗のバンブーメモリーだった。あろうことか、直線を迎えてスムーズに外へ抜け出したバンブーメモリーに対して、内を突いたオグリキャップはまたしても直線で前が壁に。うまく進路を取れず、天皇賞・秋の悪夢がよぎった。
だが、そんな状況に陥っても諦めず、ファイティングスピリットを失わないのが"スーパーホース"オグリキャップである。最内から猛然と追い込みを開始して、誰もが「絶望的」と思ったほどの差をジリジリと詰めて、ついに捕らえたバンブーメモリーと凄まじい叩き合いを展開した。
この時の、両馬の息を飲むような、激しく、長い、長い叩き合いは、競馬史に残るひとつの伝説として、今なお語り継がれている。
結果は、ハナ差でオグリキャップが勝利を飾った。レース後の勝利騎手インタビューでは、南井騎手が男泣きした。
まさに激しく、熱い戦いの連続である。オグリキャップの消耗のほどが心配されたが、彼にはこのシーズンの大目標があった。世界の強豪と渡り合うジャパンC制覇である。
天皇賞・秋の敗戦によって、図らずもマイルCSからの連闘で挑むことになったジャパンC。さすがにこの時ばかりは、オグリキャップにどれほどの余力が残っているかが懸念材料となり、このシーズンでずっと保持してきた1番人気の座を他馬に譲った。
オグリキャップは、単勝5.3倍の2番人気だった。
しかし、周囲の不安をよそに、オグリキャップはここでもまた、全身全霊を注いだ走りを見せる。がんばることが自らに課せられた宿命でもあるかのように、超ハイペースの4番手を追走。先に抜け出したニュージーランドの伏兵ホーリックスを猛追し、最後は激しい叩き合いを繰り広げ、内、外で並ぶようにしてゴール板を通過した。
結果は、ホーリックスにクビ差及ばずの2着だった。それでも、走破タイムは当時の世界レコードとなる2分22秒2。疲れも見せぬオグリキャップの感動的な走りに、多くのファンが涙した。その際、2着は2着でも「美しい2着」と誰かが言ったことを、今でも覚えている。
死力を尽くして戦ってきたオグリキャップが、異例のGI連闘、しかも世界トップレベルを相手にして、またも死力を尽くした。もはや、余力は残っていなかったのだろう。シーズン最後のGI有馬記念では5着に敗れた。
とはいえ、この秋のオグリキャップは、最もオグリらしく輝いていた。
まもなく、ジャパンCを迎える。今年は前代未聞のレースとして、早くから異常な盛り上がりを見せている。そんな折、歴史的なレースとして忘れ得ぬ、オグリキャップの"美しい2着"を、ふと思い出した。