【サイモン・クーパーのフットボール・オンライン】アーセン・ベンゲルに聞く(3)その(1)、その(2)はこちら>> アーセ…
【サイモン・クーパーのフットボール・オンライン】
アーセン・ベンゲルに聞く(3)
その(1)、その(2)はこちら>>
アーセナルにおけるベンゲルの輝きは、次第に薄れていった。パイオニアはいつもそうだが、他のクラブも統計や栄養学や移籍市場の動向に詳しくなったために、ベンゲルは特別な存在ではなくなったのだろうか。彼はちょっと不機嫌そうに笑って言った。
「この仕事は、勝ち負けだけで評価される。しかし私たちの場合は、財政的な問題もあった。新しいスタジアムを建設したことで、資金面は楽ではなかった」
エミレーツ・スタジアムはベンゲルのレガシーのなかで、もっとも目に見えるものであり、アーセナルだけでなくロンドンにとっても大きな存在になった。このスタジアムは街の地図を書き換えた。
エミレーツの収容人員は約6万人で、前の本拠地ハイバリーより2万2000人多い。アーセナルはエミレーツを最初から常に満員にし、ロンドンのフットボール史上で最高の観客動員数を誇っている。しかし建設費用の4億3000万ポンド(現在のレートで約590億円)の大半は借入金でまかなっており、ベンゲルの最後の10年間はその返済に追われた。
一方、チェルシーのオーナーであるロマン・アブラモビッチのような石油王や、マンチェスター・シティを所有するアブダビの王族が、アーセナルのライバルクラブに金を注ぎ込みはじめた。ベンゲルにとっては、これが痛かった。実にフランス的な考え方だが、ベンゲルは金を使えばフットボールの試合に勝てる(「財政的ドーピング」と彼は呼んだ)というのはフェアではないと考えた。

昨年10月に来日、岡田武史元日本代表監督とイベントに出席したアーセン・ベンゲルphoto by Keizo Mori/AFLO
アーセナルには最高の選手を獲得するだけの経済力がなくなった。おまけにベンゲルは、以前から倹約家として知られていた。
今になって思えば、ベンゲルが描いていた大計画は成功しなかった。エミレーツ・スタジアムの借入金はほぼ完済したのに、アーセナルはトップの位置に返り咲いていない。その理由のひとつは、ライバルクラブもスタジアムを新築・拡張したことだ。
アーセナルが振るわなくなると、ベンゲルは激しい批判にさらされた。ファンは「もっと金を(補強に)使え!」というチャントを叫んだ。それでもベンゲルは、いつも自分がフットボール界で最高の仕事に就いていると感じていた。
ジョゼ・モウリーニョのようにベンゲルよりいい成績をあげている監督でも、クラブとの契約期間は短いし、トップチームの成績にしか責任を負ってない。しかしベンゲルは、ビッグクラブをひとりで仕切ることができたヨーロッパ最後の監督だった。
彼は重要な決定をすべて自分で行なった。知的な面でスリリングな体験だった。60代後半で監督を務めるというプレッシャーを受けていたときも、ベンゲルは40代に見えたし、30歳のようなエネルギーを持っていた。
しかし今、彼はこう振り返る。
「私がやっていたような、あるいは(マンチェスター・ユナイテッドの監督だったアレックス・)ファーガソンがやっていたような仕事は、もうなくなった。フットボール界の構造が変わったからだ。今は移籍市場が巨大になり、交渉は監督やコーチではなく、専門家が担当する。そのためフットボール界の構造は肥大している。科学の面も発展したから、監督の周りにいるチームが大きくなった」
アーセナルに来て間もないころの理事会は「とても民主的だった」と、ベンゲルは振り返る。クラブの株式のうちそれぞれ15~20%を持っている人たちが議論をする場だった。しかし2011年、アメリカ人の実業家スタン・クロエンケがアーセナル株の過半数を取得し、オーナーとなる。
今ではイングランドのビッグクラブのほぼすべてで外国人がオーナーになっていると、ベンゲルは言う。
「イギリスが国民投票でブレグジット(イギリスのEU離脱)を支持したとき、主権を自分たちの手に取り戻したいという人々の欲求を感じた。しかし不思議なことに、誰もフットボールのことは言わなかった。フットボール界でイングランドは、とっくに主権を失っているというのに」
2018年5月、ついにアーセナルはベンゲルに退任を求めた。「クラブを去る用意はできていなかった」と、ベンゲルは自伝に書いている。
「私にとってアーセナルは、人生そのものだった。それがなくなった後は、とても寂しく、とてもつらい時間になった」
退任した後のベンゲルは、エミレーツ・スタジアムで試合を一度も見ていない。
「今はクラブ幹部の誰とも連絡をとっていない。だから、このままでいいのだろうと思っている」
アーセナルが声をかけようとしていないことに、ベンゲルは傷ついているのだろうか。
「うん、そう、『hurt(痛い)』という感じかな。私はトレーニングセンターを建て、新しいスタジアムの建設にもかかわった。いつでもクラブに帰れると思いがちだが、人生はそういうものではない。時代は変わり、私がいないほうがやりやすいのだろう」
だとすれば、ベンゲルのもとで選手としてプレーし、現在はアーセナルの監督であるミケル・アルテタまでが彼の助言を求めていないことになる。しかしベンゲルは自伝に、アーセナルはアルテタのもとで「このクラブらしい価値、魂、スタイルを取り戻せる」と書いている。この一文は、ベンゲルが退任した直後に監督に就任し、短命政権に終わったウナイ・エメリを、軽く批判しているようにも読める。