勝利まで、あと1アウト。その場面による1球で勝者と敗者が入れ替わり、天皇杯の行方が決した。 8日に行われた東京六大学秋…

 勝利まで、あと1アウト。その場面による1球で勝者と敗者が入れ替わり、天皇杯の行方が決した。

 8日に行われた東京六大学秋季リーグ戦、早慶戦。優勝には勝つしかない慶大は2-1とリードして9回を迎えた。先発した前日に続き、連投で8回から救援していたエース・木澤尚文(4年)が2つのアウトを取った。あと1アウト。しかし、7番・熊田任洋遊撃手(1年)に左前打を打たれた。

 ここで、堀井哲也監督が動いた。

 2年生左腕・生井惇己にスイッチ。「ランナーを出すことを嫌がらないで、堂々と投げてこい」と木澤からのエールとともにバトンを受けたが、直後にまさかの展開が待っていた。プレーがかかった初球。8番・蛭間拓哉中堅手(2年)へ、外角に投じた126キロのスライダーだった。

 完璧に弾き返された打球が秋の神宮の空を舞う。大きな放物線を描いた打球は、中堅方向へ。長い滞空時間。なかなか落ちてこない。中堅手の渡部遼人(3年)が背走し、追いかける。しかし、その行く手をフェンスが遮った。バックスクリーンに着弾。1万2000人が集った神宮が揺れた。

 打たれた生井ら選手は崩れ落ち、ベンチの木澤も呆然としていた。その裏を8回途中から救援していた早大のエース・早川隆久(4年)に抑えられ、ゲームセット。目の前にあったはずの優勝が、あと1アウトからすり抜け、選手の多くはベンチから動けなかった。

「総力戦という中で、選手はよく頑張ってくれた。力いっぱいやった結果。私の力不足です」

 試合終了から15分後、会見に出席した堀井哲也監督は指揮官として敗因をすべて背負った。

早大・蛭間(奥)に逆転弾を浴び、崩れ落ちた慶大・生井【写真:荒川祐史】

 悔やまれるのは9回の継投。「木澤を最後までという考えはなかったか」と問われると「そういう考えもあったと思います。これは私の判断なので、選手には本当に申し訳ないことをした」と謝り、「昨日、蛭間に本塁打を打たれている影響もあったか」という問いには「そうですね、そういう判断をしました。結果的に、こういう結果になり、選手には申し訳ない気持ちでいっぱいです」と繰り返した。

 起用したのはベンチ入り25人中24人。執念のこもった2時間48分だった。

 3回に1点を先行されたが、その裏に1死二塁から2番・廣瀬隆太一塁手(1年)の左前打で相手守備がもたつく間に二塁走者が生還。4回には2死二塁から主将の8番・瀬戸西純遊撃手(4年)が左翼線にタイムリーを放ち、逆転した。

 投手陣も3回1失点とリズムを作った先発・森田晃介(3年)以降、小刻みな継投でピンチがあっても要所を抑えて無失点リレー。8回から前日に105球を投げている木澤が7番手としてマウンドに上がった。

 その裏には、並々ならぬ決意と責任を抱えていた。

「昨日、僕が投げて負けているので、そのリベンジじゃないですが、チームに対して責任を果たすことができなかったので、自分の持ち場を全うしてチームの勝利に貢献したいということだけ考えていました」

連投となった慶大・木澤は覚悟を決めた表情でマウンドへ【写真:荒川祐史】

 しかし、結果として優勝に届かず。4年間の学生生活は歓喜の輪ではなく、ベンチで最後を迎えた。

「自分たちの代で優勝したいと思ってやってきたので、最後の最後に僕が投げた試合でこうなってしまったことに申し訳ない気持ちでいっぱいです。後輩たちには借りを返してもらって……今、(4年間を)振り返るのは難しい。ただただ、同期に申し訳ないです」

 生井への交代についても「僕も全幅の信頼を置いているし、何よりも監督が決めたこと。監督も僕も生井ならやれると思って託したということ」。試合後は涙した後輩に「すごく謝ってきたので『お前のせいじゃないよ』と伝えた」といい、エールも送った。

「僕が2個上だけど、歳の差を感じない球の力があるし、野球を非常に考える投手。来年、再来年もっともっと強くなって慶應を背負ってほしい」

 慶應を束ねる主将も特別な思いを乗せ、戦った2日間だった。

 瀬戸西は新型コロナウイルス感染拡大による活動自粛など未曾有の出来事も経験。「自分たちでコントロールできないことは仕方ない。コントロールできることに100%注力し、その中でできることはすべてやり切り、今年のメンバーで最良の100%で挑めた早慶戦だった」という。

 だからこそ、最後は笑っていたかった。

「勝っても最後、負けても最後という早慶戦だったので、メンバーに入れなかった4年生の分も粘って粘って、必ず勝って終わりたかった。その粘り、しぶとさが慶應より早稲田の方が一枚上だったということ。悔しい気持ちでいっぱいです」 

 試合後、優勝した早大・小宮山悟監督は「慶應の素晴らしい選手たちと相まみえることができ、本当に感謝しています。最高のライバルだと思います」と言った。

主将としてコロナ禍のチームも牽引してきた慶大・瀬戸西【写真:荒川祐史】

 ちょうど伝説の「早慶6連戦」から60年という節目の年。この早慶戦もまた多くのファンの記憶に刻まれるだろう。そして、それは慶大の選手にとっても一緒だ。

 主将として慶應を引っ張ってきた瀬戸西は、永遠のライバルの強さを4年間で感じた。

「これまで目の前で何度も栄光を逃してきた。言葉では後輩たちに伝えてきたつもりだけど、それでもまだ足りなかった。この経験を糧にして早稲田に連勝してリベンジを果たし、優勝してほしいと思います」

 ドラフト1位としてプロの世界に旅立つ木澤は、学生野球最高の舞台で自分の弱さを知った。

「今は(プロのことについては)正直、考えられない。早慶戦に勝つことだけがすべてだったので。でも、投手としての詰めの甘さが出た熊田君へのボールだったと思います。ただでは転ばないぞという気持ちで、これからも野球を続けていきたいです」

 勝利まで、あと1アウトから生まれたドラマ。1球で入れ替わった敗戦という現実を受け入れ、もっと強い「陸の王者」になる。


<Full-Count 神原英彰>