「明日へのエールプロジェクト」の一環で、学生とアスリートが今とこれからを一緒に語り合う「オンラインエール授業」。 第37回目の講師は、女子48㎏級および53㎏級の日本記録保持者で、2004年アテネ、2008年北京、2012年ロンドン、20…

「明日へのエールプロジェクト」の一環で、学生とアスリートが今とこれからを一緒に語り合う「オンラインエール授業」。

第37回目の講師は、女子48㎏級および53㎏級の日本記録保持者で、2004年アテネ、2008年北京、2012年ロンドン、2016年リオデジャネイロと五輪4大会連続出場。ロンドンでは銀メダル、リオデジャネイロでは銅メダルを獲得した三宅宏実さんだ。個人競技では日本オリンピック史上初の父娘メダリストでもある。

全国高校ウエイトリフティング部の現役部員や顧問の教員が約70名が集まり、今のリアルな悩みや質問に答えた。

「オリンピックに夢をもらった」

笑顔で登場した三宅さんは「今日を楽しみにしていた。私も高校から始めたことが原点。高校時代を思い出しながら、色々なことを振り返っていきたい。コロナで一変し、大会がなくなるなど厳しい1年だったと思うが、今の部活の状況、調子、心のことなどを話せればと思っている」と挨拶をした。

早速、三宅さんに高校時代を振り返ってもらう。何と中学1年の時は手芸部で、本格的にスポーツをしたことのない普通の中学生だった。「窓から見た練習風景が楽しそう」という理由でソフトテニス部に途中入部すると、ルールも分からず試合にも出場していたとのこと。

「夢がなく、何をやっても中途半端だった。夢中になれるものが欲しくて、その中、シドニーオリンピックで女子ウエイトリフティングを見て感動をして、この競技にトライをしてみたいと思った。オリンピックに夢をもらった一人だった」

言う間でもなく、父・義行氏は1968年メキシコオリンピックの銅メダリスト。三宅さんは中学3年時から、マンツーマンで徹底した指導を受けることになる。その際、父・義行氏から2つの条件が課された。それは「オリンピックでメダルを取ること」、「途中で諦めないこと」だった。

「当時はスポーツの厳しさが分からなかったし、このウエイトリフティングを始めて『何て難しい競技なんだ』と思った。オリンピックを目指すと言ったが、そこまでの道のりは長い」と高校生ながらに感じていたが、好奇心や夢があったからこそ突き詰めることができた。

「高校3年間は物凄く練習をした。父から練習を叩き込まれ、インターバルも短く1セットが終わった瞬間から『次の準備をしなさい』と言われ呼吸を整えた。1日の与えられたメニューの中で、『お前は人の2倍・3倍をやらないと強くならない』とも言われ、多くの練習をこなし、休みも返上していた」と努力に努力を重ねた青春時代を振り返り「基礎体力が付いた3年間があったからこそ現在がある」と言葉に力がこもる。

早速、技術面の質問からスタート。ウエイトリフティングを高校から始めたばかりの参加者から「始めたばかりでスナッチの時に恥骨に当たってしまう、どうしたらいいのか?」という質問が出ると、画面からは小さく頷く顔や自身の経験に当てはめ微笑みをこぼす顔などが見受けられた。この点に関しては、ウエイトリフティングの経験者は誰もが通る道のようだ。

三宅さんは「私も、始めたばかりの頃は痛かったですね。時間が経つと慣れてくるが、当てすぎていることもある。構える時にシャフトがどこに当たるのか。フォームの確認を一度して欲しい」とチェックポイントを作ることをアドバイス。そして「始めたばかりなので反復練習をし、ゆっくりと丁寧にやることが重要。当たる前の1つ前に戻ると修正ポイントにもなると思う」と話した。

「心と体が合致しないと良いパフォーマンスは出せない」

メンタル面の質問では、「記録が伸びない時、モチベーションをどう上げているのか?」と訊かれると、三宅さんは「記録が出ない時は必ずあるが、取捨選択が大事になる。私もその繰り返しで、落ち込むけど、今できることと、今できないことを考えて、今できることを一生懸命にやること、小さな目標を立てながら積み重ねていくことが大事になる」と答えた。

次に「練習が楽しくて止められない時がある。ほどほどにするにはどうしたらいいのか?」と競技に打ち込む姿勢が伝わる質問が飛ぶと「止めなくていい。とことんやっていいと思う。高校生の良いところは元気。勢いと疲れ知らずで寝たら回復するのが10代の特権で20代になると低下してくる。10代でやってきたことが、その先に繋がるので『もういい!』というくらい練習を、私はそれを推す。ただ怪我をしない程度に(笑)」と即答した。

また「コロナの影響で色々な大会がなくなりモチベーションを保つのが大変で、そういった時のモチベーションの保ち方を教えて欲しい?」という悩みには「オリンピックが延期になり、私自身も1回下に落ちた。『オリンピックに出場する』、『メダルを獲る』という目標はあるが、そこに行くまで心と体が合致しないと良いパフォーマンスは出せない。モチベーションを保つには自分が楽しむこと。楽しまなければウエイトリフティングはできないので、私の場合は先のことを考えず、今、目の前のことに全力投球をする。一日で出し切り、今できることの積み重ねで、気づいたらゴールが見えているという形にしている。『日曜日の休みのために頑張ろう』というのも私のモチベーション。休みにはあれをしよう、何か食べたいなど、楽しみを見つけてモチベーションを維持していくことも良いと思う」とアドバイスを送ると、コロナ禍で大会が中止となり夏に7カ月ぶりの試合に出場した時の感想を逆質問する。

「久々に試合に出た時はどんな感じだった?」(三宅さん)。すると「練習が楽しくて毎日やっていた」と笑顔。三宅さんは大きく頷き拍手をしながら「その気持ち、楽しい、嬉しいというのが大事で、それがモチベーションの一つになると思う。大会に出場する喜びを感じながら挑戦して欲しい」と口にした。

また将来の目標についての質問も届く。「将来、スポーツトレーナーになりたいと思っているが、アスリートとしてトレーナーがいて良かったと思えた瞬間は?」との問いに、三宅さんは「この質問は初めてかもしれない。アスリートは体が資本なのでトレーナーなしでは勝てない。練習をすると怪我をしたり疲労が溜まる。それを取り除き、ウエイトリフティングができる体を作ってくれる。体のケアは重要で私は週2、3回で体のメンテナンスをしていてて、それがないと良いパフォーマンスが出せず良い練習もできない。トレーナーはアスリートを支えてくれる大事な一人で、素晴らしい職業だと思っている」と言うと「頑張って欲しい」と夢を追う高校生の背中を押す。

三宅宏実さんが語る“明日へのエール”

最後に“明日へのエール”を求められた三宅さんは「私は、まだまだ力不足で、まだまだフォームも未完なので追い求めている。(ウエイトリフティングの)技術は何年続けても難しいが、そこに面白さがある。高校時代はやればやったほど自分に返ってくるので、全力で限界を作らず毎日自分の限界にとことんチャレンジをして欲しい。そして指導者の話を聞いて、信頼して付いていくことで良い道に導いてくれるはず。また全国に友だちをたくさん作り、楽しみながら“ウエイトリフティングが好きという純粋な素直な気持ち”を持ちながらチャレンジして欲しい」とエールを送ると、三宅さんを囲みバーベルを挙げるポーズを取り記念撮影をし、オンラインエール授業は終了した。

今回をもって「オンラインエール授業」は最終回を迎えた。

新型コロナウイルスの影響でインターハイが中止となり、やり場のない気持ちや思いを抱えた高校生を応援するために立ち上がった、このプロジェクト。数々のアスリートやOBがそれぞれの形で、それぞの言葉で、技術や知識、熱意を惜しみなく注ぎ込み「新しい明日へ立ち向かっていく」ためのエールを37回に渡り送ってきた。

夢や目標を奪われた学生が苦しい状況から立ち上がる力への一助となっていたのならば幸いである。

私たちは信じている。必ず再び、舞台の幕が上がり、夢や希望を胸に抱き躍動する若者の姿があることを。

これからも、「明日へのエールプロジェクト」では、この局面を乗り越え将来の夢に向かって挑戦を続ける高校生アスリートにエールを送り続ける。