会見が残り1分を切り、ひと通りの質問が終わると、ちょっとした“間”ができた。

 翌日にドラフト会議を控えるエース・早川隆久投手(4年)と並んで座っていた早大・小宮山悟監督が口を開く。その途中だった。

「早川がこれだけの投手になったというのは『早慶6連戦』の安藤さんが……」

 ここまで言うと、声を詰まらせた。メガネの奥が赤く潤んだように見えた。

 25日に行われた東京六大学秋季リーグ戦、第1試合の早大は立大に対して好機を生かせず、1-1で引き分けた。すでに2校に絞られていた優勝争い、5勝3分けの早大は第2試合で登場する慶大に、この時点で勝ち点6.5で並ぶ形となった。

 ここまで牽引してきたのが、紛れもなくエースで主将の早川だった。4カードいずれも1回戦に先発し、2完封を含む3完投ですべて勝利。救援を含め、登板5試合4勝0敗、35回2/3を投げ、防御率0.25と圧倒的な成績を収めている。

 選手に厳しく接してきた小宮山監督はこの秋、早川と並んだ会見では「本人を隣にして言うのもなんですが……」と前置きしながら「本当に素晴らしい投球だった」「ベンチから安心して見ていた」といつも手放しで称えてきた。

 今季はドラフト戦線で注目を浴びており、26日に行われるドラフト会議で1位指名が確実視される。

 手塩にかけた教え子を送り出す前日。小宮山監督は「今まで意識させてこなかったけど、身近な目標になったので『この立教戦から4つ取って優勝』と言ってきたが、強く言い過ぎたかな。練習ではノビノビやっているけど、ここに来たら借りてきた猫だった」と、まずは試合を振り返った。

 それだけプレッシャーをかけたのは、理由があった。「早慶戦の前にプレッシャーを感じる予行演習。本来な超満員での戦いとなるはずだったけど、どちらにしても同じようなプレッシャーのかかり方になるだろうと思うので、少しでもビビりながら野球をやる経験ができた」と明かした。

 指揮官にとって思いの強い、優勝をかけた早慶戦。早川本人は翌日に迫ったドラフトの心境を問われても「明日に向けては特に考えることもないです。次の早慶戦に向けて体のケアをしっかりしてドラフトの時間を迎えます」と殊勝に言い、ドラフトの時間は寮の部屋で過ごすことになるとした。

 冒頭の“間”ができたのは、その直後だった。

プロに早川を送り出す小宮山監督の親心とは【写真:荒川祐史】

 小宮山監督は「明日、ドラフトがありますけど、今度の早慶戦は今までと違うわけです」と早川について話し始めた。

「もう行き先(指名球団)が決まっていることになるので、それがどの程度の影響が出るかも含め、今までと違う気持ちでマウンドに立たないといけない。さらに言うと、優勝決定戦の可能性が出てきた。そうなると『早慶6連戦』の60周年というタイミングで、何かの因縁めいたものを感じる」 

 指揮官が口に出した「早慶6連戦」とは、両校の歴史において語り継がれる1960年秋のリーグ戦の出来事。

 早大が慶大に2勝1敗で優勝決定戦に持ち込み、2試合連続延長11回引き分けの後、再々試合で早大がついに勝ち、3季ぶり20度目の天皇杯を獲得。当時3年生の安藤元博氏は実に6試合中5試合に先発してすべて完投、歴史的激闘のヒーローとなった。

 当時率いた早大・石井連蔵氏、慶大・前田祐吉氏は今年、特別表彰で野球殿堂入りが決まり、春のリーグ戦で表彰も行われた。

 続けて言ったのが、前述の言葉だ。

「早川がこれだけの投手になったというのは『早慶6連戦』の安藤さんが……。僕が学生の時、安藤さんがグラウンドに来て教えてもらったんです。なんとか優勝して殿堂入りした石井さんもそうですし、安藤さんのような活躍ぶりの早川を見て、天皇杯を手にしてプロに送り出したいと思います」

 ところどころ声は上ずり、かすれた。

 小宮山監督が早大の伝説投手・安藤氏に姿を重ね、期待を託した早川。就任以来、初代監督の飛田穂洲氏から受け継がれる「一球入魂」の精神を説き、自身の学生時代と同じようにエース兼主将を務める背番号10への思いは強かった。

 もちろん、それは単なる私情ではなく「和田毅と比較するなら、20年に一人のサウスポー」と言うように、早川の非凡な才能があってこそ。

 ひとしきり話し終えると「行き先が決まるのは明日5時半くらいですかね? たぶん(球団から)連絡が来るでしょう」と言った上で「その相手に早川を良い形で送り届けたいと思っています」と親心を明かした。

 最後には「2週間後の早慶戦で天皇杯を手にする早川を写真に納めたいと思うので、頑張らせます……“打線”を」と付け加え、早川の投球には心配ないと言わんばかりの信頼を明かして笑いを誘った。

今季4勝、防御率0.25と圧倒的な成績を残す早大・早川【写真:荒川祐史】

 早川も言われずとも、早稲田で過ごした4年間のすべてをこの2試合に注ぎ、戦い抜くつもりでいる。
 
「どちらかというと優勝かかった試合と感じ取らず、学校対抗戦じゃないけど、伝統の一戦をものにできるかというモチベーションで戦えば、いい戦いができると思う。夏に負けた慶應にやり返す、2試合勝つという気持ちでやりたいです」

 第2試合で慶大は法大に引き分け、勝ち点7で優勝決定戦の可能性はなくなったものの、早大は1勝1分け以上が優勝には求められる。

 笑顔か、涙か。ドラフト会議を経て、早大の背番号10は2週間後の神宮で、どんな表情を見せるのか。誰よりも指揮官が、楽しみにしている。


<Full-Count 神原英彰>