「オープン球話」連載第37回【アベレージヒッターの高木豊、穴が大きかった屋鋪要】――前回伺った、故・加藤博一さんとの思い…

「オープン球話」連載第37回

【アベレージヒッターの高木豊、穴が大きかった屋鋪要】

――前回伺った、故・加藤博一さんとの思い出話をきっかけに、博一さんもメンバーの
一員だった「スーパーカートリオ」について、今回は伺います!

八重樫 ちょうど同時期に、僕はヤクルトの正捕手として彼らと対戦していたから、スーパーカートリオはすごく印象に残っているし、思い出はいろいろあるよ。



大洋のスーパーカートリオとして活躍した(左から)高木、屋鋪、加藤

――改めておさらいすると、1985(昭和60)年、大洋ホエールズの監督に就任した近藤貞雄監督が打ち出した、「一番・高木豊、二番・加藤博一、三番・屋鋪要」の俊足トリオの総称が「スーパーカートリオ」でしたね。

八重樫 3人とも足が速いでしょう。ヒロカズと屋鋪はスイッチヒッターだったけど、一番から三番までズラリと俊足の左打者が並ぶというのは、神経を消耗するんですよ。それに、微妙に3人の個性が違う。相手バッテリーからしたら、相当イヤらしかったよね。

――具体的に、それぞれのタイプの違いを教えていただけますか?

八重樫 ザックリ言えば、豊は広角に打ち分けることができるアベレージヒッター。ヒロカズは選球眼がよかったし、追い込まれてからファールで粘る技術が長けていたね。だから、どうしてもピッチャーの球数が増えていく。そして、屋鋪は一発があるんですよ。意外とパンチ力があるから、気を許した瞬間にガツンとやられることがある。ただ、打者としては穴が大きいのも屋鋪だったな。

――確かに、屋鋪さんの場合は、せっかく足が速いのに簡単に打ち上げて内野ポップフライを打っていた印象があります。

八重樫 そうなんだよね。バッテリーとしてもちょっと安心できるバッターだったな。だから、甘いところにだけ気をつければいい。絶好球を簡単に見逃したかと思えば、アッサリ空振りしたりもするし、「何としても粘ろう」という感じがなかった。あんまり深く考えずにバッターボックスに立っていたタイプ。ヤクルトでいえば飯田哲也がそんなタイプだったね(笑)。

【広角に打ち分ける高木豊と、ギリギリまで見極める加藤博一】

――高木豊さんについてはどんな印象がありますか?

八重樫 さっきも言ったけど、豊は穴の少ないバッターだった。とにかくバットに当てるのがうまいし、球種に応じて右に左に、どこにでも広角に打ち分けることができる。なかなか空振りもしないから、三振が取れない。どうしても球数が多くなるから気を抜けないんですよ。

――前回も触れましたが、加藤博一さんはどんなタイプでしたか?

八重樫 ヒロカズはとにかくしつこい。右打席の時はそうでもないけど、左打席の時は、ポイントをキャッチャー寄りに置いているから、「見逃すだろうな」と思った瞬間に、パッとバットが出てくる。ギリギリまでスイングしないんですよ。だから、必然的にフォアボールも多くなる。

――確かに、左バッターボックスに立った博一さんは、すりこぎ型のバットを短く持って捕球寸前のところでスイングして、三塁ベンチに飛び込むようなファールを打っていましたね。ちょうど、現在の中島卓也(日本ハム)みたいな感じでした。

八重樫 そうなんです。だから、捕球にいこうとすると、ミットがバットに当たって打撃妨害になっちゃうんだよね。秦(真司)とか、後輩のキャッチャーには「ヒロカズの場合はなるべく自分の身体に近いところで捕球しろ」って注意したな。あと、高橋慶彦も同じタイプだったよ。

――2人とも、後天的に左バッターになったスイッチヒッターだというのが面白いですね。

八重樫 本来の利き腕じゃないから、右打席よりもさらに「最後までボールを見よう」「ギリギリまで引きつけよう」という意識が働いていたんじゃないのかな? ヒロカズにしても、慶彦にしても、塁に出ればどんどん走ってくるし、キャッチャー泣かせのイヤらしいバッターだったね。

【とにかく牽制死が多かった屋鋪要】

――それぞれのバッターとしての特徴はわかりました。走塁に関して、3人の違いはありましたか?

八重樫 タイムだけで言えば、一番足が速かったのは屋鋪じゃないかな? 直線の速さや加速してからのスピードはケタ違いだった。だけど、ベースランニングやスライディングなどの盗塁技術は他の2人に比べると落ちる印象があって、ピッチャーのクセを盗んだりすることも得意じゃなかったと思うよ。

――バッティングにしても、走塁にしても、身体能力が優れすぎているがゆえに、本能でプレーしてしまっていたんでしょうか?

八重樫 そういう部分は感じられたな。3人の中で、よく牽制に引っかかるのも屋鋪だったし。よく挟まれてアウトになっていたよね(笑)。

――確かに、牽制死とか、コーチの制止を振り切って暴走して、ホームで憤死していたイメージがありますね(笑)。

八重樫 ただ、とにかく足は速かった。走力だけならダントツで屋鋪がナンバーワンなのは間違いないよ。

――では、博一さんと、高木豊さんの走塁はどうでしたか?

八重樫 どっちが速いのかな? ヒロカズかな? でも、豊のほうが若かったから......。いずれにしても、どっちも速かったよ。ヒロカズも豊も、ともに走塁の技術も優れていました。

――八重樫さんの記憶の中で、3人の誰かを刺した会心のプレーはありますか?

八重樫 屋鋪かな? いつのことだったか忘れたけど、うちのピッチャーが尾花(高夫)で、ノーアウトで出塁した屋鋪が初球で走ったんだよね。尾花はクイックもうまいし、球種もストレートで、スローイングしやすい球だったんです。自分の捕球態勢、送球態勢、いずれも完璧だったから余裕でアウトになった。アレは会心のプレーだったよ。

――逆に、完璧に走られて悔しい思いをしたことは?

八重樫 そんなのいっぱいありますよ(笑)。彼らはみんな速かったんだから。当時、名前は言えないんだけど、ヤクルトにノーサインで投げていたピッチャーがいたんです。彼は変化球の種類も多くて、捕球するのにいっぱいいっぱい。そのピッチャーが投げている時にスーパーカートリオが塁に出たら、内心では「もうダメだ」という思いもちょっとはあったよね(笑)。

――スーパーカートリオの思い出、とても懐かしいです。

八重樫 確かに、個性的な3人で対戦していても楽しかった。そうそう、スーパーカートリオと言えば、一度、豊に対してブチ切れたことがあったんだよ。あれは、今思い出しても腹が立つんだよね。

――温厚な八重樫さんがブチ切れたんですか? 一体、何があったんですか? ぜひ伺いたいところですけど、紙幅も尽きました。ぜひこの続きは次回ということで......。

八重樫 わかりました。現役時代を通じて、たったの一度だけ頭にきて相手を追いかけたのは豊だけ。次回は、その時のエピソードをお話ししましょう。

(第38回につづく)