木澤は残り試合を「1/1」として学生野球を全うする【写真:荒川祐史】  飄々とした表情だったが、“終わり”が決まった学生野球に対する覚悟が滲んでいるように見えた。 「毎日が『今日で引退』『今日が最後』と思って準備している」  18日に行…

木澤は残り試合を「1/1」として学生野球を全うする【写真:荒川祐史】

 飄々とした表情だったが、“終わり”が決まった学生野球に対する覚悟が滲んでいるように見えた。

「毎日が『今日で引退』『今日が最後』と思って準備している」

 18日に行われた東京六大学秋季リーグ戦、慶大のエース・木澤尚文(4年)が言った言葉だった。

 優勝を争う上で絶対に負けられない明大戦。勝利を渇望する魂を白球に込め、神宮のマウンドに立った。投げ合うのは、ドラフト1位候補のエース・入江大生(4年)。前週の法大戦でリーグ戦初完投初完封を演じ、調子を上げている153キロ右腕だ。

「今日の投げ合いに勝たないと優勝がないと考えて、試合に臨んだ」

「KEIO」の背番号18はMAX155キロの直球がこの日も150キロを超え、最速152キロを記録。8月の春季リーグ戦で慶大に2-11と敗れて以来、スコアシートのコピーを寮の全部屋のドアに貼り、「必ずやり返す」と雪辱に燃えていた明大打線を封じ込めた。

18日の明大戦1回戦で力投した慶大・木澤【写真:荒川祐史】

 唯一悔やまれるのは、1-0の最少リードで迎えた7回だった。先頭の四球からつながれるとタイムリーで追いつかれ、なお1死三塁から犠飛で逆転を許した。9回に追いつき、2-2で引き分けたものの、投げ合いに勝つことはできなかった。

「1戦目を勝ち切ることの難しさを僕自身、感じている。入江君は良い投手なので、正直、勝つならどれだけ接戦に持ち込めるかと、試合前に(捕手の)福井とも話していた。あそこの2点を1点に抑えられたはず、というのは反省です」

 1死三塁でカウント0-2と追い込んでから直球で許した勝ち越し犠飛については、さらに「あそこは真っすぐじゃなくても良かったかなと思う。結果的にボールも甘かったので、欲が出てしまったかな……」と悔しがった。

 それでも、7回6失点だった立大戦から1週空いて自己最長の8回を投げ、2失点と好投したのも事実だ。

 空き週にした修正について問われると「技術的なところは今日も完璧に戻し切れたとは言い切れない」と言いながら、手応えも口にした。

「先発を任されると、どうしても長いイニングを投げ、その中で何点に抑えるかと考えていたけど、正直、僕のような“不器用なタイプ”はリリーフの延長のように投げようというところで一人一人、一球一球が勝負球という意識に変えた。それが今日の途中までは良かったんじゃないか」

「不器用」と表現した自身のスタイルについて「それも強みに変えられるのでは?」と問われると、頷きながら「僕自身、できることは限られていると思う。そこに迷うことなく集中して、身の丈に合ったピッチングができるのが僕の長所。仰る通り、僕の強みにできればいい」と返した。

「他の六大学のエース投手のように出し入れができるわけでもないし、ピッチングに緩急を1試合に何度もつけられる器用なタイプじゃない。とにかくストライクゾーンで強く勝負する、空振りを取れることが僕の強み。だから、打者をランナーに出すのも嫌じゃないというところはあります」

こんなやりとりでも分かる通り、木澤という投手は自分を“もう一人の自分”が見るように相対化し、言語化できるクレバーな投手だ。

明大2回戦はブルペンで登板に備えながらサポートもこなした【写真:荒川祐史】

 例えば、9月26日の東大戦の試合後のこと。ドラフト1位候補と騒がれるようになり、登板日にはテレビ局が毎試合のように取材に訪れ、試合後はインタビューを受ける。この日もそうだった。

 しかし、プロ志望届提出後の登板とあって力も入ったのではないかと水を向けられても「もともと、プロ志望届を出すか出さないかの違いだけで、志望している気持ちの面に違いはないので」と安易に聞き手の意に乗らず、正論を返した。

 ドラフト会議に向けた自身のアピールを問われると「うーん」と言葉を選び、「エースという立場があるし、チームとしてどれだけ貢献できるかが見られるもの。良いボールを投げることより、悪いなりにも結果を出すことにこだわりたい」と言った。

 自分という人間をよく知っているから、どれだけ周りの状況が変わっても「ドラフト候補の木澤」ではなく「慶大のエース・木澤」を崩さない。

 そんな高い意識で優勝だけを求める秋のシーズン。自らのピッチングを修正した2週間で一つ、大きな出来事があった。

 明治神宮大会、中止決定。

 全国からリーグ戦などを勝ち抜いた10校が出場する秋の大学日本一決定戦は、新型コロナウイルス感染拡大により、開催を断念することが9日に決まった。冒頭に記した「今日で引退」「今日が最後」という木澤の言葉。実は、その直前に前置きをしている。

 会見の最後に「明日への意気込みを」と問われ、堀井哲之監督に続いて口を開いた場面だった。

「コロナで明治神宮大会がなくなってしまい、あと5試合になった。いつ、そういう影響でリーグ戦ができなくなるか分からないと、今日も思っている。毎日が『今日で引退』『今日が最後』と思って準備しているので、そういう気持ちで明日もリリーフで仕事がしたいと思っています」

 その言葉は慶大の選手というより、学生野球をプレーする一人の本音に聞こえた。

明大2回戦で雨の中、声援を送った慶大応援団【写真:荒川祐史】

 翌19日の2回戦、言葉通りにブルペンで投げ、備えていた木澤は登板機会こそなかったものの、登板する後輩のサポートに尽力した。

 冷たい秋雨に打たれながら左翼席から声援を送る応援団を背に、リーグ戦初登板で救援した慶應高の1年後輩・長谷川聡太(3年)が2回無失点、打っても初打席満塁弾の離れ業をやってのけ、7-2で快勝した。

 東京六大学で戦う慶大がリーグ戦で優勝しても日本一を目指した道はなく、歩みの途中で“終わり”が決まった学生野球。4年生にとっては11月7、8日に行われる早慶戦が泣いても笑っても最後になる。

 しかし、当たり前を当たり前じゃなくした未曾有の感染症。徐々に世の中が日常を取り戻そうとする中であっても、明日はどうなるか分からない。だから、常に「今日で引退」を覚悟して一日一日を過ごす。

 10試合で戦うリーグ戦は残り4試合。慶大のエース・木澤尚文は「1/10」ではなく、それぞれを「1/1」として、限りある神宮の戦いを全うする。


<Full-Count 神原英彰>