『羽生結弦は未来を創る〜絶対王者との対話』
第Ⅱ部 高め合うライバルたちの存在(4) 

数々の快挙を達成し、男子フィギュア界を牽引する羽生結弦。その裏側には、常に挑戦を続ける桁外れの精神力と自らの理想を果敢に追い求める情熱がある。世界の好敵手との歴史に残る戦いやその進化の歩みを振り返り、王者が切り拓いていく未来を、長年密着取材を続けるベテランジャーナリストが探っていく。 



2017年四大陸選手権のSPで演技する羽生結弦

 10代から世界を舞台に戦い、ライバルは年上の選手ばかりだった羽生結弦に、好敵手になりそうだと感じさせる年下のスケーターが出現してきたのは平昌五輪プレシーズンだった。

 2015年からはボーヤン・ジン(中国)が4回転ルッツ+3回転トーループを決めて、高難度4回転時代を切り開いた。そして、それに続いたのはジュニア時代から注目されていたネイサン・チェン(アメリカ)だった。シニアデビューシーズンの2016年のグランプリ(GP)ファイナルで、フリー得点1位となる197.55点をマーク。ルッツとフリップ、トーループの3種類4本の4回転を決め、SP5位から羽生に次ぐ2位になった。

 そして、平昌五輪プレ大会として中国・江陵で開かれた17年の四大陸選手権では、フリーで4種類5本を入れるなどレベルの高い演技を見せた。フリー得点では羽生にわずか及ばなかったが、ショートプログラム(SP)のリードを守ってシニア初タイトルを獲得した。

 羽生にとっては4年ぶり3回目の出場となったこの四大陸選手権。前年12月の全日本選手権を欠場した羽生にとっては2カ月ぶりの試合だった。

 SPは、最初の4回転ループをGOE(出来栄え点)2.29点加点の出来で決めた。だが、続くサルコウからの連続ジャンプで回転数が少なくなるミスが出て、100点台に乗せたチェンと宇野昌磨に後れを取る97.04点で3位発進となった。

「サルコウはちょっと考え過ぎた。注意すべきことに固執し過ぎたという感じです。失敗はしたけど、感覚のいい抜け方だったので、あまり深く考えずに自分が好きなように跳んでいけばいいのかなと感じています」

 SPの「レッツ・ゴー・クレイジー」に関しては、これまでの羽生の演技と違い、感情を前面に出さない冷静さが際立った。羽生は「ここで感じた空気感を表現しました。今日は今日でよかったと考えています」と評価しながら、こうも話した。

 「でも、サルコウが決まったらもっとノリノリでやっていたと思います。ジャンプが決まらなかった悔しさはもちろんあるし、それを次のフリーにぶつけたいという気持ちもある」

 四大陸選手権に向けては、年明けの体調回復後、じっくりと練習をする時間があった。演技に関して「さまざまなイメージを膨らませ、考えた」と話す羽生だが、このSPの演技は試してみたいと思ったひとつのパターンだったのだろう。

 ロックの曲調のSPと違って、静かなピアノ曲を使うフリーの「ホープ&レガシー」は、感情のあふれる演技をした。その引き金になったのは、複数種類の4回転ジャンプをプログラムに入れているチェンや宇野の存在だ。

 羽生は試合前の公式練習後、「彼らの存在はありがたく、感謝の気持ちでいっぱいです。誰かが頭ひとつ抜け出しているのではなく切磋琢磨する状況だからこそ、僕も自分が跳べる4回転をすべて入れた限界のプログラムに挑戦できている」と述べていた。

 羽生が4連覇を達成した16年GPファイナルのフリーでは、チェンと宇野が羽生を上回る1位と2位の得点を獲得していた。またチェンは、その後の全米選手権で、3種類4本の4回転ジャンプに加えて後半に4回転サルコウを入れる4種類5本の4回転ジャンプの構成に挑戦し、すべて成功していた。また、フリップとトーループで計3本だった宇野もこの四大陸選手権前に、フリーでループも入れて3種類4本にすると公言していた。

 その宇野は、トリプルアクセルで2度転倒するミスがありながらも、ループを含む4回転4本を着氷して合計を288.05点とした。

 その後の羽生は、最初の4回転ループをきれいに決めると、4回転サルコウもしっかり跳び、しなやかで流れのある完璧な演技を続けた。しかし後半に入ると、4回転サルコウがパンクして2回転になり、とっさに1回転ループをつけてしまうミスもした。

 しかし、羽生が意地の滑りを見せたのはそこからだった。次の4回転トーループをキッチリ跳び、続くトリプルアクセルは3回転トーループをつける連続ジャンプにする。さらに、トリプルアクセルからの3連続ジャンプを4回転トーループ+2回転トーループに変え、最後の3回転ルッツもトリプルアクセルにするリカバリーを見せたのだ。練習では一度やったことがあるリカバリーだが、「現実的ではないな」と考えていた構成だった。

 羽生は苦笑しながらこう話した。

「サルコウをパンクした後で1回転ループをつけたのは、そこから4回転サルコウをやろうと思ったからです。ただ瞬間的に『ちょっと現実的じゃないな』というためらいがあってやめました。そこでコンビネーションジャンプを無駄にしてしまってからは、本当に考えました。終わって考えれば、4回転トーループの後に1回転ループと3回転サルコウをつければよかったとも思うけど、後半にコンビネーションを込みで4回転をふたつと、トリプルアクセルをふたつ決められたというのは、予定どおりの構成ではないとしてもいい収穫だったと思います」

 羽生はフリーの得点で206.67点を獲得。4種類5本の4回転をキッチリ決めたチェンを2.33点上回った。だが、SPを含めた合計ではチェンに3.75点及ばない2位。羽生は「四大陸は3回目だけど全部2位なんです......」と、悔しさを抑えて笑みを浮かべた。 



2017年四大陸選手権の表彰台。左から羽生、ネイサン・チェン、宇野昌磨のサムネイル画像

「ここまでジャンプに集中した試合はなかなかないと思います。それほどに4回転の確率の高さやトリプルアクセルも習得しつつあるネイサンの怖さを感じながらのショートとフリーでした。でも、それが自分の限界を引き上げてくれるのは間違いない。練習でもやったことがないようなジャンプ構成でしたが、演技内容自体を楽しめたし、曲も感じながらできた。その点で自分のレベルアップも感じられるフリーでした」

 羽生自身が得意に感じているグループ5番滑走だったことに加え、公式練習から演技までの時間も短く、感覚がより研ぎ澄まされている自信もあった。加えて、ジャンプや演技に対する執念と、勝ちにこだわる気持ちのバランスがいい具合に取れていたという。

「今回、パンクしたサルコウを含めれば5回の4回転に挑戦したわけだから、5本入れることもできる感覚にはなりましたね。ただアクセル2本は絶対に外したくないので、5本にするためにはもう1種類増やさなければいけない。まだ現実的ではないですが、今後に向けては視野に入ったという感覚はあります」

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 期待に満ちた表情でこのように話す羽生にとって、悔しさがある中で大きな刺激を受けた大会となった。「自分が追い求めるべきものはまだまだあるし、もっともっとレベルアップできるはずだ」と、限りない成長への欲望を再確認できたからにほかならない。

*2017年4月配信記事『平昌への道 四大陸選手権 羽生結弦が見せた"絶対王者"の意地』(WebSportiva)を再構成・一部加筆

【profile】 
羽生結弦 はにゅう・ゆづる 
1994年12月7日、宮城県仙台市生まれ。全日本空輸(ANA)所属。幼少期よりスケートを始める。2010年世界ジュニア選手権男子シングルで優勝。13〜16年のGPファイナルで4連覇。14年ソチ五輪、18年平昌五輪で、連続金メダル獲得の偉業を達成。2020年には四大陸選手権で優勝し、ジュニアとシニアの主要国際大会を完全制覇する「スーパースラム」を男子で初めて達成した。

折山淑美 おりやま・としみ
スポーツジャーナリスト。1953年、長野県生まれ。92年のバルセロナ大会から五輪取材を始め、これまでに夏季・冬季合わせて14回の大会をリポートした。フィギュアスケート取材は94年リレハンメル五輪からスタートし、2010年代はシニアデビュー後の羽生結弦の歩みを丹念に追っている。