【記者コラム】レース復帰の池江璃花子と親友サラを繋いだ友情とは 白血病で長期休養していた競泳・池江璃花子(ルネサンス)が29日、東京都特別水泳大会(辰巳国際水泳場)の女子50メートル自由形で約1年7か月ぶりのレースに臨んだ。長い闘病の末に帰…

【記者コラム】レース復帰の池江璃花子と親友サラを繋いだ友情とは

 白血病で長期休養していた競泳・池江璃花子(ルネサンス)が29日、東京都特別水泳大会(辰巳国際水泳場)の女子50メートル自由形で約1年7か月ぶりのレースに臨んだ。長い闘病の末に帰ってきた舞台。日本のみならず、海外からも復帰を願う人がいた。その一人が、リオ五輪100メートルバタフライ金メダリストで親友のサラ・ショーストロム(スウェーデン)。闘病中の池江へ、記者を通じ、1枚のポストカードが贈られていた。ショーストロムに依頼した記者が、そのエピソードを明かす。

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 目の前にいる世界女王は、温かい笑みを浮かべていた。昨年7月23日、光州の南部大市立国際水泳場。世界水泳の取材で韓国にいた私は、ショーストロムに闘病中の池江に向けた直筆メッセージをお願いした。他に記者もカメラマンもいない部屋。休養日に快く了承してくれた金メダリストは、1枚のポストカードを手にしたまま、考え込んだ。

 金髪をくくった練習ウェア姿。その目は遠くを見つめながら、少し悩んでいるようだった。20秒ほど。その時間の長さに、池江に対する思いを感じた。182センチの長身を折り曲げ、机に置いた真っ白のカードに中腰でペンを走らせる。レースで戦った。一緒に合宿もした。食事にも出かけて笑い合った。ライバルでもある親友へ。多くの思いを巡らせながら、一つだけ言葉を選んだ。

「Stay Strong Ikee!!!」

 限られたスペースに大きく書かれたワンフレーズ。力強いメッセージに可愛いハートマークが添えられていた。

「強くあれ」――。ショーストロムが短い言葉を記した時、私は「あなたのメッセージは彼女の励みになるし、とても喜ぶと思う」と伝えた。「それが一番よ」と微笑んだ世界女王。くっきりと浮き出たえくぼは、思いやりに溢れていた。

 思いを感じる出来事は、前日にもあった。22日の女子100メートルバタフライ決勝直後。2位のショーストロムら表彰台に上がった3選手が、カメラに向けて一斉に手をかざした。「Rikako」「(ハートの絵文字)」「NEVER」「GIVE UP」「Ikee」「(ハートの絵文字)」と6つの手のひらに記したメッセージ。病を公表して約5か月の池江に向けたものだった。

「おー!」と沸き立つプレスルーム。海外記者たちも「今、なんて書いてあった!?」と慌てて確認していた。世界中のメディアが続々と報道。取材エリアは、メダリスト3人からメッセージの意図を問う記者たちでごった返した。当時、表彰式直前に発案したというショーストロムは「私たちが彼女を思い続けているということを目に見える形で伝えた。彼女が水泳を大好きなことは、みんなが知っているわ」と語っていた。

 池江が病を公表したのは19年2月。一報を聞いたショーストロムは「本当にショックで言葉がありませんでした」と胸を痛めたという。だからこそ、すぐに2ショットの画像をインスタグラムに投稿し「涙が溢れている。私のありったけの力と愛を送ります」とつづった。

サラの思いを形に残せないか、託された「for Rikako」は池江の手元に

 胸を痛めたのは、親友だけではない。親族や他の代表選手は言うまでもなく、メディアだってそうだ。東京五輪を目指す18歳を襲った病。きっと立つはずだった舞台を取材する身として、彼女のために何かできないのか。私がショーストロムにメッセージを依頼したのは、手のひらをかざした表彰式の翌日のこと。レースのない休養日に契約メーカー主催の会見が開かれた後だった。

 各国の報道陣50人ほどが集まった会見。ショーストロムは、手のひらをかざした理由や池江に対する気持ちを赤裸々に明かした。彼女の思いを活字で伝えるだけではなく、池江のそばに形として残しておくことはできないか。会見前に報道陣に配布されていたのが、契約メーカーのグッズセット。その中に1枚のポストカードが入っていた。

 これしかなかった。会見が終わって各自撤収する中、お節介は百も承知でスウェーデン協会の女性広報に話しかけた。つたない英語に怪訝(けげん)な表情をされたが、身振り手振りの間に詰めた「for Rikako」だけは伝わった。

 その場で案内された部屋に入り、ショーストロムと対面。突然の申し出にも関わらず、真正面から応えてくれた。肩書きや体格の迫力と裏腹に、柔らかい笑顔が印象的な気さくな人だった。

「for Rikako」の思いを託された1枚のポストカード。汚れが付かぬよう大切にノートで挟み、「届けますよ!」と受け入れてくれた池江の関係者に渡した。池江にとって憧れで、目標でもあったショーストロム。親友の温かく、優しい思いを込めた直筆メッセージは無事に本人へと届けられた。

 いつかレースに復帰した時、メッセージの経緯を記事にして伝えたいと思った。一方、安易に記事にしてしまっていいものかという葛藤もあったが、ライバルが友を思う優しさを多くの人に知ってほしい。簡単には計り知れない闘病生活を経てたどり着いた一つの節目。今日、池江はレースに戻ってきた。

 ショーストロムにポストカードを託されてから403日が経った。復帰までの道のりにあった、遠く離れたライバルからの友情。嬉しそうに泳ぐ姿は輝いて見えた。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)