目前に遠ざかった五輪へ 再び前を向いて 「正直行けたのではないかと思います」。女子200メートルバタフライでの五輪出場権獲得を目指し、日本選手権に向けて手応えを感じていた牧野紘子(教3=東京・東大付中教校)。「それなりに練習もできていて、自…

目前に遠ざかった五輪へ 再び前を向いて

 「正直行けたのではないかと思います」。女子200メートルバタフライでの五輪出場権獲得を目指し、日本選手権に向けて手応えを感じていた牧野紘子(教3=東京・東大付中教校)。「それなりに練習もできていて、自信はありました」。いつも真面目で冷静に自分と向き合ってきた牧野が、控えめに口にした、奥底にある強さを感じさせられる言葉。しかし、良い状態で臨めると期待していた代表選考会の1週間前、届いたのは『東京五輪延期』の知らせだった。夢への扉を目前に閉ざされた牧野は、次なる一歩をどのように踏み出そうとしているのだろうか。


少数精鋭の女子部をけん引している

 小学生時代、古豪・東京スイミングセンターで練習を積んでいた牧野。そこではアテネ・北京五輪の2大会連続で2つの金メダルを獲得している北島康介氏(日本コカ・コーラ)をはじめ、同じく五輪メダリストの中村礼子氏(東京スイミングセンター)や寺川綾氏(ミズノ)などが所属し世界の第一線で活躍する選手の姿を間近で見てきた。「2008年の北京五輪ではスイミングスクールで応援団の1人として応援していました」。ずっと近くで感じてきた、それでも夢物語であった五輪出場は、所属先を移し高校に入学してからは目標に変わっていった。

 そして高校2年生で迎えた五輪イヤー。「リオ五輪の選考会前はタイム的にも順位的にもかなり上げなければいけない位置にいたので、もちろん出場権を獲得したいとは思っていましたが、可能性はあまり高くないという感じはしていました」。結局女子400メートル個人メドレーでは4位で代表を逃してしまう。さらに悔しいことに、牧野と同門で同級生の長谷川涼香(日本大学)を含め、高校2年生から中学3年生まで伸び盛りの年若い選手が5人、リオ五輪の選手団に名を連ねた。「行けなかったことも悔しかったんですけど、同世代がみんな行ってしまったというのが後になって込み上げてきました」。なかなか切り替えられず、悔しさを1ヶ月ほど引きずった。

 「まずはとにかく代表に入ろう」。そう決めて再び練習に打ち込むと、リオ五輪翌年の2017年、本命の個人メドレーではなく200メートルバタフライで初めて世界選手権の切符を獲得。個人メドレーから200メートルバタフライに主戦場を移し記録を伸ばしていくが、2018年には腰痛を発症し再び代表から外れてしまう。しかし練習が十分に積めるようになると、翌年の日本選手権では女子100メートルバタフライで日本選手権初制覇。ジャパンオープンで個人の派遣標準記録を上回った女子200メートルバタフライと合わせ、2度目の世界選手権出場を果たした。早大水泳部の一員としても、1年時は女子400メートル個人メドレー、2年時は女子200メートルバタフライで日本学生選手権を制覇するなどエースとして活躍してきた。

2019年日本選手権女子100メートルバタフライ表彰式(中央)

 こうして4年間かけ、手の届く位置まで来ていた五輪の舞台だったが、『延期』という想定外の出来事で道を遮られた。一報を受けて、「最初は結構早く切り替えられたつもりでいて、じゃあ来年頑張ろう、という風に思っていたのですが、自粛期間中に考える時間が多くてマイナスのことを思い浮かべることもありました」という牧野。代表選考会まで、と決めて選手生活を送っていた社会人の選手が引退を発表するのも目の当たりにした。自分が泳げないことへの辛さを感じることもあったが、それでも自分は学生だから次の五輪に向けて頑張ることが容易にできる。恵まれた立場にいることを思えば、不満は口に出せない。多くの選手と同様、牧野もまた苦しさを味わった。

 現在練習は再開し、泳ぎも問題なく戻ってきており「今は結構泳いでいるのが楽しいんです。あまり深くは考えず楽しさを感じながら泳いでいるのと、それでも一応来年オリンピックがあるのでそこできちんと結果を出せるように、やれることはやっておかないといけないなと思ってます」。五輪まで1年という時間ができたことで、まだ伸ばしていける部分はたくさんある。それでもこれから例年通りに試合に出場したり、合宿をしたりして強化することはできないという問題がある。しかし牧野は、そのような状況にもあまり不安は感じていない。春学期がオンライン授業になったことも、時間の有効活用という点ではプラスになっている。

 さらにジュニア時代から海外遠征などを共にすることも多かった池江璃花子(日本大学)が病を経て再び競泳に戻ってきたことも刺激となっている。「彼女の存在はいろんな人に感動や勇気を与えると思っていて。池江ほどの知名度やレベルではないんですけど、私ももうちょっと有名になって、いろんな人を勇気付けられる選手になりたいと、最近は思っています」。辛いこともあったが、今はしっかり前を向いて練習を積んでいる。

 「2バタで2分5秒でメダルをとります」。実力は十分ありながら、まだ主要国際大会でのメダルがない牧野。2019年の世界選手権の優勝タイムは2分6秒78。本当に2分5秒が出せれば--メダルへの期待が高まる。直近の2大会、リオ五輪とロンドン五輪で同窓の先輩である星奈津美氏(平25スポ卒=現ミズノ)がメダルを獲得したのも、同じ女子200メートルバタフライだった。牧野もそれに続くことができるだろうか、努力が花開く瞬間を楽しみに待ちたい。

日本代表ジャージに身を包んだ牧野

(記事 青柳香穂)