「ハンドボール宮崎大輔×BMX内野洋平」、異色のスポーツ界“No.1対談”前編 異色の“スポーツ界トップ対談”が実現した…
「ハンドボール宮崎大輔×BMX内野洋平」、異色のスポーツ界“No.1対談”前編
異色の“スポーツ界トップ対談”が実現した。ハンドボールの宮崎大輔とBMXの内野洋平が「THE ANSWER」でオンライン対談を実施。互いの競技でトップに君臨し、培ってきた「No.1の哲学」について明かした。
39歳の宮崎は日本リーグで前人未踏の通算900得点を記録。最高殊勲選手のほか、ベストセブン賞6度、フィールド得点賞4度など数々の輝かしい実績を残し、強豪・スペインで海外挑戦した経験を持つ。抜群の身体能力を武器にして、TBS系人気番組「スポーツマンNo.1決定戦」で3度の優勝を誇るなど知名度を誇り、ハンドボール界の第一人者として普及・発展に貢献してきた。
一方、37歳の内野もBMXの第一人者として、長年活躍しているプロライダー。22歳で史上最年少の日本チャンピオンになると、以降は08年で初優勝した世界選手権などの国際舞台で活躍し、世界タイトルを11度獲得した。世界No.1に君臨し続け、「UCCHIE」の愛称で海外ファン熱狂させるカリスマ。無限に回り続ける回転技「ウッチースピン」は、世界共通のトリックである。
「ハンドボール×BMX」という異色の組み合わせだが、ともに日本でトップを走り続け、プライベートでも親交が深い2人。そんな両雄だからこそ共鳴する思いをぶつけた。前編は互いに受ける刺激、センスの磨き方、伸びる人と伸びない人の差について。
◇ ◇ ◇
――今日はよろしくお願いします。異色の組み合わせのお二人ですが、最初の出会いと当時の互いの印象を聞かせてください。
宮崎「ウッチーとは同じ事務所だけど、古株だよね。俺が先で、ウッチーが入ってきたのは10年くらい前だったかな。当時から世界で戦っているイメージが強く。世界チャンピオンは何回だっけ?
内野「大きな声じゃ言えないけど……11回です(笑)」
宮崎「ホントに? すごいなあ。出会ったのは1、2回くらいの時だったけど、もう世界チャンピオンになっていたので。特に、俺らの世代はBMXとスケートボードが中高生の時に流行って、俺もBMXにトレーニングで乗っていた。『そんな世界でトップにいるって凄いな』と思っていたかな。ウッチーはどうだった?」
内野「当時はアスリートに特化した事務所で、その形を作った先輩で、名前も知られていたので『アスリートの鑑みたいな人なのかな』と思いきや、めちゃくちゃふざけている人(笑)。でも、家族みたいな事務所で、初めて会った忘年会の時も一番名前が売れている人なのに、積極的に空気を作ってくれていた。酔っぱらうと陽気で盛り上がる半面、スーパーアスリートの面もあり、思っていたイメージそのまま、めちゃくちゃ自分に厳しくトレーニングしていますよね。
年は僕と1つしか変わらないけど、僕より下からの突き上げが凄いんだろうなと。若い世代がどんどん出てくる。僕は、下から伸びてくるヤツより、同世代のヤツらの方が強烈なライバルが多いし、僕らの競技はどちらかというとアートみたいな側面があり、ワインみたいに年々熟成されていくもの。ハンドボールは身体能力がもろに影響するので、大輔君の方が大変だろうなと思う。でも、表ではそんな部分を出さず、僕らを大切にしてくれる兄貴分な感じですね」
宮崎「下からの突き上げはかなりあるけど、若い時はがむしゃらな勢いで良かったよね。足をひねっても走っていれば治るよ、みたいな(笑)。もちろん、努力も必要だけど、今はひらめきも大切にしていて、他の競技から考えを取り入れて、もっとこうしてみようとか、そういう考えは他の選手と比べたら多いかな。他競技の、それこそウッチーの話を聞くと、ひらめきが生まれて、よりハンドボールに熱中できた。いつも中心に競技を置いて、昔より勢いはなくなったけど、その分、考えられるようになったね」
「努力」が似合わない内野の本音「練習量は世界で見ても3本の指に入る」
――ジャンルが異なる競技ですが、宮崎さんは内野さんからどんな刺激を受けましたか?
宮崎「ウッチーを見ていると、どこで努力しているかわからないし、『努力』という字が似合わない。でも、本当は絶対やっているだろうし、いろいろな選手を観察しているだろうし。俺もウッチーみたいにセンスのある感じでやってみたいけど、隠れてやっておいて、表では最初はわざと失敗する。それで2、3回やったらできちゃった、みたいにして“センスある人”を演じているタイプだから(笑)。どこでどうやっているのか、本音が知りたい。BMXは筋トレとかフットワークとか、あまり練習しないでしょ?」
内野「やらないですね」
宮崎「乗ってみた感覚なのか。他の選手を見てみて『ああ、俺だったらここを伸ばせる』とセンスでとらえているのかはどう?」
内野「基本的なスタンスは、練習あるのみなんですよね。僕も体力をつけようとした時期がある。走ったし、自炊もした。3分間の競技で後半が持たないので、体力つけようと。でも、結局はライディングの力を抜く意識をもってできるようになったら、それが直った。体力と言っても、僕はライダーの中では練習量は世界で見ても3本の指に入るくらい多いので」
宮崎「だいたい、どのくらいやっているの?」
内野「7、8時間くらいです」
宮崎「ええー! 俺ら夏合宿でも多くて6時間だよ、午前、午後合わせても」
内野「7、8時間やってますよ、それを週6、7日。もちろん、疲れたら休むけど。だから、練習あるのみで、その中で後半がバテたら体力をつけようというより、もっといい自転車に乗ろうとか方法はある。特に(回転する)遠心力が重要な競技なので、筋肉をつけすぎて下手になる人を何人も見た。トップライダーでも落ちて行った人もいますよ」
宮崎「ウッチーにしかできない技あるでしょ。そういうひらめきはどこから来るの?」
内野「それに関しては結構考えているけど、周りの環境ですね。周りにいる仲間がBMXの人だけなのか。それともいろんなファッション、音楽、他競技の選手だったり、テレビ局の人だったり。いろんな職種に仲の良い人が周りにいて過ごすことじゃないかな。だから、自分が教えている後輩も、そういう環境に置けるように教えていく。他ジャンルで、例えばブレイクダンサーだったり、スケートボーダーだったり、そういう人たちをリスペクトして友達になって、ということはよく言いますね」
宮崎「それは大切だね」
内野「そのひらめきがあるかないかで、スキルがそんなに変わらないヤツが世界1位と世界100位くらいの差になるんです。ハンドボールなら同じジャンプ力、シュート力があっても、世界No.1と言われる人はゲームの中で相手のかわし方、試合の組み立て方が分かるみたいな感じじゃないですか? そういうことがざらにあります。だから、後輩には『スキルだけ磨いても世界一になれないよ』と言うし、かといって『凄く切れる頭とセンスがあってもスキルがなければ世界一になれないよ』とも言う」
宮崎「ハンドボールでも感じることはあるね。今、大学で練習をやっていて、大学生を見ると分かりやすい。まず、練習の人数が多くて、プロなら20人だけど、50人を超す。でも、大学は教育の一環でもあるから。プロになりたい人もいれば、体育の教員になりたい人もいる。ただ、その中で思うのは練習をやらされてるか、自らやっているかがすごく分かれるし、違いがよくわかる。
例えば、スキルトレーニングの場合、やらされている選手は何も覚えていなくて、実戦でその場面が来たら自分が考えて応用しないといけないけど、考えていないからうまくいかない。でも、自らやっている選手はそういう練習の何が良かったか、良くなかったかをよく分析している。そこが大学生でもやっていて違いを感じる。何か問いかけても答えも返ってこない選手もいるから」
内野「凄く大切な話ですね。僕も子供に教えているけど、自分の番を待っている間にゲームの話をしていることがある。その時は怒る。まずは考えながら乗って、待っている間に今は何が良くなかったかを考えて、また次をやる。できないことは必ず原因がある。それを考えて、試して乗って、ダメだったら『ああ、違うな。なぜなんだろう』と自ら考えるようになると上達が早い。
ここでゲームの話をしてしまうと、練習がどんどん流れ作業になってしまう。パフォーマンスがダメなのに、一度やったら戻ってきて、友達と楽しい話をして……という変な癖がつく。ゲームの話をしたいなら、休ませた方がいい。一回休んで休憩して、存分にゲームの話をして。自転車に乗るのであれば、ゲームの話はしない方がいいから。そのオンオフだけはちゃんとしてます」
宮崎が大切にしている「99%の努力と1%のひらめき」の哲学
――2人とも競技ではベテラン。若い選手を見たり、子供を指導したり、いろんな機会があると思いますが、才能が伸びる人と伸びない人の差はあるんでしょうか?
宮崎「もちろん、環境や運にも左右されるけど、僕が大切に思っているのは『99%の努力と1%のひらめき』。ひらめきが強い方がいいけど、ひらめきの1%がない限り、99%の努力は無駄になると僕は思う。だからこそ、自分の考えと目標を持って、そこに向かって努力すること。やっぱり無目的にやっているだけじゃダメで、一つの練習も理解して、自分なりに考えてやらないと。
そうしないと、さっきウッチーが言ったようにだらだら練習が回るだけで進まない、覚えない。ダイエットしたいと言っている人も何かでスイッチが入って、自分から走りに行けば苦じゃない。スポーツも親から『あんた、やりなさい』と言われた瞬間にやらされている感じが生まれてしまい、意欲が生まれない。自分から進んでいく素直さが大切かな。ウッチーはどう思う?」
内野「まさにそう。僕が熱心に『やりなさい、やりなさい』と教えても、それは僕のレベルまでは行くかもしれないけど、僕を超えることはできない。やっぱり、僕を超える存在を作らないと。僕もまだ現役なので、僕を超える存在を作らないと、僕自身が伸びないと思っている。結局は自分が伸びることが一番なんだけど、それが業界のためになるから。今、高校生と中学生の弟子が2人いて、中学生の子はキッズの中で埋もれていたけど、ここ4年くらいで伸びて、今は世界で5本の指に入るくらいになったんです。
育て方は、技のやり方は一切教えない。聞いてきたら、その課題を一緒に考える。なぜその技をやりたいのか、何をカッコいいと思うのか。練習以外も一緒にいて、どんな考えを持っているか見ていく。そういう環境を作ったら、一気に伸びて行った。だから、僕は押し付けることは絶対しない。子供なので、練習中に意識がほかに向いた時は注意するけど、何をしろという押しつけは一切ない。好きな時に乗って好きな時に乗らなくていい。僕は一歩下がって見るスタンスの方が僕を超える存在はできるかな」
宮崎「ウッチーは世界1位で上がいないからこそ、その立ち位置を保つのが凄く難しいよね」
内野「世界にライバルが3、4人いたんですよ。彼らとずっと戦ってきたけど、2016年くらいにもう眼中になくなった。全然意識しなくなり、彼らのフェイスブック、インスタグラムの映像も見なくなり、BMXの世界中のヤツらの技の動きを追わなくなって『俺、まずいな』と思った時があった。でも、彼らはもう選手として出来上がっているから『もっと頑張れ』なんて言えない。そうなった時に自分でキッズを育てることにした。ライバルがいなくなったから、自分を追い詰めるヤツを作った方が早いと思って」
宮崎「はあ。それは凄いね」
内野「そうしたら見事に今、押され気味です(笑)」
宮崎「それは大変だ(笑)。でも、やっぱり何か持ってる子なんだね」
内野「彼はヤバイですよ。僕の種目がオリンピック競技になっても、彼は来るでしょうね」
宮崎「俺もウッチーと同じように考えたのは27歳でスペインに挑戦した時。日本にいても物足りず、もうマンネリで。選手である以上、教えられたいのに教えるような立場になっていた。これは絶対ダメだと思って海外出ようと。自分にチャレンジするものを作らないといけないよね。でも、そこで自分で環境を作るのは凄い。教えるっていう。実際、4年でそこまで来たわけでしょ?」
内野「自分もその選択をしたのは意外でしたね。それまで子供を教えたこともなく、教えること自体も興味なかったので。引退した人が教えていたし、僕の役割はリザルトを残したり、BMXを世の中に発信したりと思っていた。でも、そんな状況になってしまった時、モチベーションが下がった。『あかん、このままだったら辞めてまう』と思ったので、化け物を生むという方向に考えた」
宮崎「じゃあ、これからは自分の成長も考えながら、教えなきゃいけないわけだ」
内野「でも、本当に化け物になったので。世界中から注目される若手になって、そうしたら僕の周りにキッズが増えた。全国のキッズのライダーたちが『教え方が凄くて、ああなった』といっぱい来て。教え方自体は放任なので、勘違いだけど……(笑)」
宮崎「教えていた子がそこまで伸びるというのは、自分でも気づかない上手いヒントを与えているんじゃない?」
内野「何でしょうね。自分では分からない部分はあるけど、兄弟みたいな関係ですよね。LINEもするし、ゲームも一緒にするし」
宮崎「でも、まだ未成年だから。お酒が飲めるようになったら楽しそうだね」
内野「いやあ、お酒を飲んだら僕のダメなところが出てしまいそうで怖いですよ(笑)」
(後編へ続く)
■宮崎 大輔(みやざき・だいすけ)
1981年6月6日生まれ、大分県出身。小3からハンドボールを始め、高校は名門・大分電波に進学。インターハイで2度、全国高校選抜で1度、大会得点王となった。日体大大学在学中にスペインに2年間留学し、後に中退した。07年に大崎電気入り。09年は日本人男子初のスペイン1部CBアルコベンダスと契約。目標に掲げたシーズン100得点をクリアし、翌年に大崎電気に復帰。17年には前人未踏の日本リーグフィールドゴール歴代1位(915得点)に到達。19年限りで退団し、日体大に3年生として再入学。世界選手権に3度出場するなど、日本代表でも長く活躍している。
■内野 洋平(うちの・ようへい)
1982年9月12日生まれ、兵庫県出身。幼少期は水泳、モーグルで活躍。御影工高2年からBMXを始め、05年に史上最年少の22歳で日本選手権優勝。08年に世界選手権初優勝。12年から2年連続で世界年間グランドチャンピオン。12年はWORLD TEAM G-SHOCKアスリートとして日本人BMX選手で初めてG-SHOCK社と契約するなど、数々のスポンサー契約を結ぶ。ユニクロのCM、ファッション誌など多方面でも活躍。ストリートスポーツの世界大会「ARK LEAGUE」ではオーガナイザーを務め、大会プロデュースにも尽力している。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)