表情は硬く、口は重い。 それでも聞かれたことに対しては、丁寧に吟味するように答え、事実と違うことにははっきりノーと…

 表情は硬く、口は重い。

 それでも聞かれたことに対しては、丁寧に吟味するように答え、事実と違うことにははっきりノーと言う。横浜DeNAベイスターズの宮﨑敏郎のインタビューを通して、この選手の芯の強さを垣間見たような気がした。



2017年には首位打者を獲得したDeNA宮﨑敏郎

 宮﨑とかかわった誰もが「こんなに練習する選手は見たことがない」と口を揃える。

 2017年には打率.323で首位打者を獲得。2017年、2018年には三塁手としてベストナインを受賞した。その天才的な打撃は、今や日本トップクラスだろう。今季は7月9日現在、打率.397(セ・リーグ2位)の驚異的なアベレージをマークしている。

 そんな宮﨑だが、アマチュア時代はプロ入りできるか紙一重の選手だった。

 セガサミーに在籍して2年目の2012年、ドラフト会議前に宮﨑の元へ届いたプロ球団からの調査書は4球団。どちらかと言えば同僚の外野手・赤堀大智が注目されており、赤堀はDeNAから4位、宮﨑は6位指名を受けた。

 赤堀は身長188センチ、体重90キロと体格的に目立ち、身体能力に優れたアスリート型外野手だった。一方の宮﨑は身長172センチ、体重85キロと、ずんぐりむっくりの体型で、走塁・守備はプロで売りになるレベルではなかった。宮﨑がプロに入るとすれば、打撃でアピールするしかなかった。

 そんな宮﨑が「打つ、打たないの結果次第では違った道を歩んでいた可能性はある」と振り返る一打がある。

 2012年夏の都市対抗野球大会1回戦・日本通運戦。セガサミーが0対2とビハインドを追う展開になった8回裏、宮﨑は逆転満塁弾をレフトスタンドへと運んだ。

「場面にもよるんでしょうけど、打つ、打たないでいえば全然違うと思います。でも、それがすべてなのかどうかは、自分が決めることではないので」

 他人の評価は自分ではコントロールできない。そのように振り返るのも、職人肌の宮﨑らしい。結果的にこの一打が文字どおり決定打となり、プロへの道は開けた。

 もし、社会人2年目にドラフト指名されていなければ、今も社会人でプレーを続けていたと思うか。そう尋ねると、宮﨑は軽く「うーん」とうなったあと、こう答えた。

「やめていたかもしれませんね」

 意外な答えだった。宮﨑なら環境がどこであれ、「自分の打撃」を追求し続けるのではないかと思ったからだ。それほど、宮﨑にとって「プロ」という世界は大きいものだった。

「そこを目指して小さい頃からやってきたので。そこにかける思いというのは、人一倍あったのかなと思います」

 そもそも、セガサミーへの入社にしても、綱渡りだった。日本文理大4年時、セガサミー側から「ショートを守れますか?」という打診を受けると、宮﨑は「守れます」と即答したという。実際には、大学に入ってショートとして試合に出たことはなかった。

 守備への自信があったわけではなく、「今も守備の自信はありません」と宮﨑は語る。それでも、セガサミーの監督や関係者が視察に訪れた日の練習で、宮﨑はショートに入ってノックを受けた。

 どうしてもアピールしたかったのか、そう聞くと宮﨑はこう答えた。

「うーん、やっぱり人生がかかっているので」

 声のトーンと切実な内容が噛み合っていないようにも感じられたが、とにかく宮﨑は節目節目のチャンスをものにして、今の地位を築いてきたのだった。

 宮﨑の打撃スタイルは誰が見ても特殊だと気づくだろう。投手がモーションに入る前からスタンスを極端に狭めて構え、グリップを下げ、バットヘッドを投手側に垂らしては戻す動作を繰り返す。左足を高く上げてボールを呼び込むと、グリップをヒッチさせてトップをつくり、ヘッドを効かせつつ柔らかくスイングする。

 驚くことに、この特異な打撃フォームは「小学生の頃からほとんど変わっていない」と宮﨑は言う。

「体が大きいほうではないので、体全体で打とうとしています。遠くに飛ばす人には負けたくないという思いでずっとやってきました。一番体に力が入る、ボールに力が伝わるような打ち方を自分なりに考えて、それが今のフォームになっていると思います」

 とくに特徴的な下半身の使い方にしても、「ボールを呼び込もう」という意識があるわけではなく、「自分のポイントでしっかりとらえられるように」と考えるうちに行き着いたという。

 また、宮﨑の打撃を見ると、熟練の剣豪の如く、打席で余計な力みを感じない。そんな印象を伝えると、宮﨑は「練習では思い切り振りますけど」と言って、こう続けた。

「試合では思い切り振ることはないので。なるべく力を抜いて、試合に臨むことは意識しています」

 この独特の打撃スタイル、感性を守るために、おそらく宮﨑は身を削るような戦いをくぐり抜けてきたのだろう。時には自身の打撃フォームを否定され、傷つくこともあったかもしれない。だが、宮﨑は結果を残すことで、自分の打撃を守ってきた。インタビュー中に発せられる独特の緊張感は、言わば自分の誇りを守る防波堤なのかもしれない。

 宮﨑は誰に言われずとも、黙々と練習する。ある筋から「宮﨑は誰よりも早く横浜スタジアムに来ている」というのを聞いたことがあった。だが、本人に確認すると「そんな話はないです」と否定されてしまった。並外れた練習量が周囲のイメージを喚起させ、大げさな伝説を生んだようだ。

 とはいえ、その肉体は決してタフというわけではない。毎年のように故障に苦しみ、昨季も左手有鉤骨骨折で戦線離脱している。宮﨑は「ここまではできる、というギリギリの判断が難しい」と明かす。

 そして、ただやみくもに長く練習しているわけでもない。

「一日のなかでテーマを決めて、納得したら終わりにしています。たとえば『逆方向に強い打球を打つ』とか『この角度でバットに当てて打つ』とか。数を多く打つときもありますし、短時間で集中して終わるときもあります」

 24歳でプロ入りした宮﨑は、今季で32歳になる。第三者としては年齢を気にしてしまうが、宮﨑は「練習量は減らしたくない」と語る。

「体が変わっていくなかで、確認作業はすごく大事かなと思うので。しっかり体に覚えさせることを意識してやっているつもりです」

 今季はコロナ禍で開幕が遅れ、練習できる時間も限られた。それでも、宮﨑は今できることに集中した。

「短い練習時間だったので、力を出せるところは全力で出すことを意識していました。スイングだったら思い切り振る時間、本数を増やす。走るにしても全力で走れる、自分のなかでの今日の全力を出せるようにやっていました」

 練習で「全力」を出すためには、その前から入念な準備が必要になる。宮﨑は練習前から「今日やれることを書き留めて練習に入っていた」という。

 努力することは誰にでもできる。だが、努力を続けることは極めて難しい。幼稚な質問だと自覚しつつも、聞かずにはいられなかった。「なぜ、宮﨑選手は頑張れるのですか?」と。宮﨑は少し考えたあと、こう答えてくれた。

「大学、社会人ではプロを目指して、なんとか上のレベルで、日本の一番高いレベルで活躍したいという思いでやってきたつもりです。プロに入ってからは、プロで活躍したい、プロで一番になりたいという思いで。今も自分なりにやっているつもりです」

「プロで一番」という意味では、首位打者を獲り、ベストナインも獲った。それでも一番ではないのだろうか。そう聞くと、宮﨑は「自分はまだ一流と呼ばれる領域には達していないと思う」と答え、こう続けた。

「それ(タイトル)がすべてではないと思うので。毎年同じようなプレッシャーのなかで、同じような成績を出すということがいかに難しいことか。そこはやっぱり、高いレベルでやられている人はすごいなと感じるんです」

 初めて規定打席に達した2017年から3年。着実に実績を積み上げてはいるが、頂上を極めたという実感は微塵もない。「やり残していることがあるということですね?」と尋ねると、宮﨑は表情を変えずにこう答えた。

「自分の可能性を信じている部分はあると思います」

 それは打撃職人・宮﨑が発した、この日一番のリップサービスに思えた。