取材での受け答えは常に自然体だ。時に笑みを浮かべながら、自分の考えや感覚を語る。だが目標について話す時は、覚悟を示すかのように相手の目を見据えて離さない。 昨年度、田澤は3大駅伝(出雲駅伝、全日本大学駅伝、箱根駅伝)すべてに出場し、全日本…
取材での受け答えは常に自然体だ。時に笑みを浮かべながら、自分の考えや感覚を語る。だが目標について話す時は、覚悟を示すかのように相手の目を見据えて離さない。
昨年度、田澤は3大駅伝(出雲駅伝、全日本大学駅伝、箱根駅伝)すべてに出場し、全日本大学駅伝では7区で区間賞を獲得。箱根駅伝でも3区で7人抜きの好走を見せるなど、大学陸上長距離界で鮮烈なデビューを果たした田澤廉(駒澤大2年)は真剣な表情できっぱりと言った。
「1万mで東京五輪の代表を目指しています。日本選手権は今年初出場になりますが、目標のためにも勝ち切りたい。強い選手と競い合うなかでつかめるものもあるはずです。挑戦者ですが、結果を出しにいきます」
昨シーズン、1年生ながら3大駅伝すべてに出場した駒澤大・田澤廉
現時点で日本陸連は12月に行なわれる長距離種目の日本選手権を代表選考会のひとつとしか明言していないが、少なくとも田澤にとっては来年を見据える意味で重要な大会となる。
ベストタイムは昨年出した28分13秒21、これは2019年の日本人学生ではトップだったが、日本リストでは11位と上位に実業団勢が多数いた。1種目での代表は最大でも3人。来年の日本選手権まで視野に入れても日本の上位3人に入ることは簡単ではない。加えて参加標準記録(27分28秒00)の突破、もしくはワールドランキング上位に入らなければならない。参加資格は厳しく、壁は厚い。
とはいえ、田澤は現在19歳。可能性を大きく秘めているのもまた事実だ。指導する駒澤大、大八木弘明監督も挑戦自体に意味があると考える。
「大学生ですからチャレンジすることで成長できればいい。自分より強い選手に勝負していった先に大きく飛躍して欲しいと期待しています。今年、どんな戦いができるか試してみたいですね」
速い選手ではなく、強い選手を育てたい──大学長距離界の名将は日頃から口癖のようにこう繰り返す。マラソンでは昨年9月のMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)で優勝した中村匠吾(富士通)を指導し、五輪へと導いた。田澤はその師とともに夢に向かって走り出した。
この駒澤大の師弟がオリンピックを意識し始めた時期には、若干のずれがある。大八木監督は昨年11月の八王子ロングディスタンス。田澤は自己ベストを出したレースだ。
「入学後からスタミナの強化をしてきて、それがある程度、身になったと実感できたのです。ここからはもっとスピードを鍛えていこう、そうすれば実業団の強い選手たちと勝負できるかもしれないと思いました。ならばチャレンジしてみてもいいなと」
ハイレベルな選手の練習や生活スタイルを学ばせたいという考えから、大八木監督は2月に中村匠吾の練習パートナーとして米国・アルバカーキでの合宿に田澤を同行させた。ここで充実したトレーニングを積んだことで、田澤の目線は上を向き始める。
「レベルアップできたと思います。自信も出てきて、監督のオリンピックを目指そうという言葉に『いけるかもしれない』と思えるようになったんです」
マラソンランナーの中村と、ハーフマラソン以上の距離は箱根駅伝3区(21.4km)しか経験していない田澤ではさすがにスタミナに差がある。練習での距離走では肩を並べて走りながらも、中村より常に10キロほど短めに設定されていた。しかしスピード練習では同じメニューをこなし、けん引役も務めた。この合宿は、トラックを主戦場とする若者の意識を変えるのに十分な濃密な時間だった。
帰国後、田澤のトレーニングのレベルは格段に上がった。短い距離をハイペースで繰り返すスピード練習では設定タイムが上がっただけでなく、ひとりで取り組む機会が増え、自分の力で自分を追い込むことを課せられた。2つの狙いがあると大八木監督は明かす。
「勝てる選手になるためにはもっとスピードが必要。コンスタントに5000mで13分30秒を切れる選手(現在の田澤のベストは13分41秒82)にならないと。また長い目で見れば、彼には将来マラソンで活躍してほしい。大迫(傑)選手(ナイキ)のようにひとりでもレースをつくって押し切れる選手を目指していますので、周りの力を借りずに、自分自身に負荷をかけられるような練習を今から始めています」
コロナ禍のため大学のトラックが使えない日々が続いたが、練習場所を工夫しながら、田澤は質の高いトレーニングを継続している。6月半ばの取材時点では「体はかなりきつい状態です」と悲鳴を上げていた。限られた環境と状況ではあるが、昨年とは比にならない鍛錬ができている。
能力の高さは証明済み。大舞台でも動じることなく、かつどんな展開でも冷静さを失わないメンタルの強さも魅力だ。だが大八木監督は「自分のよさをどう生かすか、いろいろ私に聞いてきますが、目指す姿はまだはっきりしていないようです」と語る。強さを手にするためには臨機応変に対応できる柔軟性は残しつつも、自分なりのスタイルや勝ち方の確立が求められる。
そのひとつがラストスパートだ。進行中のスピード強化はまさにこの力を伸ばすため。とくに日本選手権のような勝負のかかるレースでは最後の爆発力がものをいう。
かつて日本選手権1万mを4連覇した佐藤悠基(日清食品グループ)は、前をいく選手の背後にピッタリとついて力を温存し、残り300mを切ってからのスパートで勝利を積み重ねた。
大迫はこの間、3度、佐藤にラスト勝負で競り負けたが、残り2周からのロングスパートとフィニッシュ直前でのスプリントを使い分ける力を磨き、のちに同種目で2度の日本一になっている。
田澤の特性を考えれば、勝ちパターンはロングスパートに近い形となりそうだが、果たしてどうなるか。そのスタイルをまさに今、構築中だ。
挑戦は始まったばかり。今の取り組みの先にはスタミナの強化も計画している。やりたいこと、やるべきことはたくさんある。大八木監督は楽しげにそう語り、田澤は自分自身の今後の変化とレベルの高い争いに足を踏み入れる期待に胸を膨らませている。
ひとりの若者が大きく変貌していく姿を見ることができそうだ。