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 この夏、兵庫県丹波市のいちじま球場で32校が参加して開催された第23回全国高校女子野球選手権大会で優勝を果たした作新学院。創部6年目にしての悲願達成だったが、主将としてチームを引っ張った生井美桜さんに話を聞いてみた。

【作新学院女子野球部 主将 生井美桜(なまい みさき)さん】

―― まずは、日本一おめでとうございます。

「ありがとうございます。とても嬉しかったです」

―― 正直、ここまで来られるという気持ちはありましたか。

「チームとしての目標は、最初は初戦突破ということでした。というのも、前の先輩の代から、夏は初戦敗退だったので、まずは初戦突破だったんです」

―― 初戦の相手は京都外大西でしたが、そこを突破して目標というのは大きく修正していくということになりましたか。

「いや、一つひとつ勝っていくということだけでした。というのも、トーナメントのヤマを見た限りでは、初戦を突破しても、京都両洋とか前年度優勝しているところもあったので、そうは簡単には行かないぞとは思っていました」

―― それでも、結果として勝ち上がれていけた最大の要素というのは何でしたか?

「バッティングでしょうね。大会に合わせて打撃が徐々に良くなっていきました。チームの方針としては、女子だからこそ、打って勝っていかないといけないと思います。そのことは、田代監督にもいつも言われていることなんです」

―― ところで、生井さんが本格的に野球を始めたのはいつごろで、きっかけとしてはどんなことでしたか。

「本格的にやり始めたのは小学校4年生の時でした。学童クラブの陽南学童クラブというところで外野手から始まって内野とやって、5年生の後半くらいから捕手ということになりました」

―― 捕手は、希望していたわけですか。

「いや、そうではなくて、正規(レギュラー)の子が負傷しちゃって、それで他にやる子がいなくて、自分が出ることになったんです。そこから始まっているのですが、そこからどんどん楽しくなっていきました。最初は、ファウルとかも、自分が捕りに行っていいのかどうかわからなかったくらいなんですけどね(笑)」

―― チームとしては、成績はどうだったんですか。

「自分たちの6年生の時は、全国大会へ行けました。そこで、何とかやれるのかなと思いました。今も一緒にやっている、本間茜梨と一緒にやってきました」

―― そして、中学はどうだったのですか。

「中学は地元の姿川中というところで、男子の中で(本間さんと一緒に)普通に野球部に入部していました。中学の時は、男子生徒もいる中で、当たり前のように捕手をやっていましたが、それこそ毎日のように怒られていました。それでも、そこでいろんな基礎が身についたんだと思います」

【作新学院女子野球部 3年生】

―― それで、高校進学に当たってはやはり、野球を続けられるところということでの選択肢ということになったんでしょうか。

「そうですね。それは女子の野球部があるところというのは限られてはいるのですけれども、いろいろ体験(入部)とかにも行ってみて、それで最終的には作新学院に決めました。姉が(創部2期生として)いたというのも大きかったですけれども、こういう(グラウンドがないという)環境ですけれども、打撃は打ち込めるなというところも決め手になったと思います。でも、自然の流れでここに決めたということになりました」

―― それほど人数が多くはないという中で、ヴィーナスリーグなどにも2チームが出場しているということもあるのですけれども。

「そうです。いろんな試合に出て、経験を積むということは大事だと思います。そういう意味では試合を多く経験させてもらえているのでとてもいいです」

―― 高校生ではない相手と試合をしていくということはどうですか。

「負けると思っていたチームに、まさか? で、勝てたりとか、そういう野球の面白さを感じることが出来ましたね。もちろん、ねじ伏せられることもありますけれども、勝てると、自分たちも結構やってきているんだなということを感じることもあります」

―― 作新学院という名前は、もちろん高校野球では名門校として有名なんですけれども、男子硬式野球部の存在というのは気にはなりますか。

「丁度、自分が中学3年の時に、甲子園で優勝しているんですよね。姉の代と同じですよ。その時は私も甲子園に応援に行ったんですけれども、ユニフォームを見てカッコいいなと思っていました」

―― その頃には、もう作新学院への進学は決めていたのですか?

「はい、心の中では決めていました。だから、来年からはアレ(男子と同じくゴシック体の漢字で「作新学院」と書かれたユニフォーム)を着てやるんだということは思っていました」

―― それが、まさに、場所は違うとはいえ、同じユニフォームで、兵庫県で戦って日本一ということになったのですよね。

「はい、そうですね」

―― 今年も、作新学院は甲子園に出場しているのですけれども、甲子園は応援に行ったんですか。

「同級生でもありますからね、行きました。こんなに大勢の前で、正直うらやましいとは思いました。でも、場所は違うけれども、私たちは日本一になっているんだという思いもありました」

【主将として先頭に立ってランニングをする生井さん】

―― 女子野球ということに関しては、どうですか。まだまだマイナーな存在という印象はぬぐえないんですけれども…。

「やっぱり、女子野球をもっとみんなに知ってほしいというのはありますよ。学校行っても、夏なんかだと今年は甲子園ベスト8なんですけれども、男子の方が大きく報じられているじゃないですか。私たちは優勝しているのに、学校のニュース新聞みたいなものでもほんの少しなんですよ。だから、まだまだなんだなっていうことは思います」

―― それに作新学院の場合は、他のスポーツも盛んで、オリンピック選手もいたりとか、凄いじゃないですか。

「そうですね、いっぱいありますから(笑)」

―― そういう中で、女子野球部というのは後発という感じになりますよね。そこで、一つ実績を挙げられたということはどうですか。

「こういう環境の中で、それでも優勝出来たんだということは、嬉しかったですね。こういう中でもしっかりやってきたんだということを証明出来たことはよかったと思います」

―― 練習環境としてはあまり恵まれていない中でも実績を挙げることが出来た、その最大の要因として挙げられるとすれば、何でしょうか。

「大会通じて、調子が落ちなかったし、そういう練習をしてきたという気持ちがあったからだと思います。全体練習の後の自主練習で、ロングティーとか打ち込みをしっかりやってきていましたから。打撃はずっと良かったです。

冬の間とかは質より量ということで、走り込みとかも5キロくらいある二荒山神社まで走って、さらにそこの階段(200段くらい)を走って登ったりということもやってきていました。

それに、駅まで走っていくコースもありますし、ランニングやハードワークはかなりやったと思います。そして、シーズンが進んで大会が近づいてきたら量より質という練習に切り替えていきました。そういうところもよかったのではないでしょうか」

―― 決勝は、やはり高校野球の強豪でこの夏甲子園でも優勝している履正社だったんですけれども…。

「履正社とは因縁というか、このチームになって春も負けているし1勝1敗なんですよ。だから、それを最後の夏で決着をつけられてよかったですね」

【作新学院女子野球部の集合写真】

―― 進路を含めて将来的には、どう思っているのですか。

「姉の背中を追いかけて……ということになるのですけれども、大学(平成国際大)でやろうということは決まっています。そこへ行くと、(大学の系列校の)埼玉栄とか花咲徳栄の子たちも多く来ていると思うんですけれども、そういうところでまた頑張ってやっていきたいと思っています」

―― その先っていうのは考えていますか。

「教員免許も取れるので、指導者になっていくのもいいかなと思います。ただ、あまり人に伝えるのは得意じゃないんですけれども…。でも、やっぱり指導者の人に影響受けてきましたから」

―― いやいや、十分伝わっていますよ。大丈夫ですよ。

「そうですか、ありがとうございます。自分が、身体で学んできたことを伝えていければいいかなって思っています」

―― これからも、頑張ってください。今日はありがとうございました。

 作新学院女子野球部は、大会としてはまだジャパンカップというプロチームや社会人のクラブチームなども参加する大会がある。ただ、生井さんはU-18の日本代表に選出されており、その大会が中国であるということで、そちらに参加することになっている。

「それも、楽しみです」と、生井さんはにこやかな笑顔で答えてくれた。

(文・構成/手束仁)