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プロ、アマを問わず野球界にかかわるさまざまな人々にスポットを当てる連載。今回は、高校野球をはじめさまざまなスポーツの写真を撮り続けているカメラマンの松橋隆樹さん。2013年から全試合を撮影している全国高等学校野球選手権大会などの思い出などを語ってもらった。

■すべての始まりは北朝鮮へのプロレスツアー

──松橋さんがカメラマンを目指したきっかけは?

松橋 昔からカメラが好きで、大学に入ったときにはカメラマンになろうと決めていたんです。大学ではほとんど勉強もせず、写真部の部室に入り浸っていましたから(笑)。当時はまだ、フィルム全盛の時代でしたから、暗室では現像に関することをいろいろ学びました。カメラも、ニコンのF90のボディを購入して、レンズも標準と望遠の2種類を用意して、当時のカメラマンがよく着ていたベストも買って、撮影もないのに毎日のように着ていましたよ。

──大学生時代は、どんな撮影をしていたんですか。

松橋 子どもの頃から野球とプロレスが好きだったので、仙台でプロレスの興行があれば、チケットを買って2階席から撮影する感じでした。大学2年のときは、アントニオ猪木が北朝鮮で行った興行にもツアーで行きましたから。

──北朝鮮の平壌に行かれた経験があるんですね!

松橋 あの興行が開催されるとわかったとき、“俺は、絶対に行かなきゃいけない!”と使命感がわいてきて、3つぐらいアルバイトを掛け持ちして、半年で50万円を貯めたことを覚えています。

この話だけ聞けば、無謀だなと思われるかもしれませんが、北朝鮮に行ったことで、今の仕事につながる人脈ができたので、行ってよかったと思っています。

■チームの集合写真撮影は誰にも負けない!?

──カメラマンの場合、アシスタントを経験する人も多いですが、松橋さんの場合は違ったんですね。

松橋 そうですね。大学時代に先輩からアルバイトとして撮影の仕事をもらうなどしていたので、そのなかでいろんなことを覚えた感じです。

──プロのカメラマンになってから、すぐにスポーツ関連の仕事をされたんですが、

松橋 はい。大学時代にお世話になった方から、少年野球や中学生のチームなどの集合写真、試合風景などを撮る仕事をしていました。一番苦労したのは集合写真。ブローニーフィルムでの撮影で、多くのチームを短時間で撮影しないといけないので大変でしたね。今も、集合写真の撮影もやっていますが、どれだけ時間がなくても誰よりもいいものを撮れる自信はありますよ(笑)。

──そこから順調にスポーツ撮影はできたんですか?

松橋 実は、30歳を前にして、スポーツの撮影から離れた時期があったんです。仕事関係の知人から話をいただき社長として会社を設立。国内外の中古家具の販売や風俗関係の写真を請け負っていたんです。その数年間は、家具と女性しか撮らない日々。スポーツとは全く違う業種の仕事でしたが、たくさんのことを学べましたので、いい経験になったと思い
ます。

■他業種での撮影を経験し改めて感じたスポーツ撮影の魅力

──今では、毎年のように春、夏の甲子園大会を撮影されていますが、高校野球の撮影を本格的にされたのはいつからですか?

松橋 風俗関係の条例が厳しくなりそうだという情報が入り、このままでは売り上げに影響することが懸念されたので、当時の社員たちと話し合い発展的に解散しました。ちょうどその時期に、知り合いから、高校野球の撮影をしてくれるカメラマンを探していると話があったんです。お会いしてみると大学時代にもお世話になった人で、宮城の高野連からの許可も出て事業が始まるので手伝ってほしいと。もちろん、返事は即答でした。

──スポーツ撮影の現場に戻ってきてよかったと思われましたか?

松橋 そうですね。子どもの頃からスポーツ雑誌が好きでカメラマンになりたいと思ったこともあるので、やっぱり自分が働く場所はここだと、改めて実感しました。

■一生忘れられない第100回の夏の甲子園

──甲子園大会の撮影を始められたのはいつ頃からですか?

松橋 2007年夏に聖光学院高校(福島)の甲子園出場記念誌の撮影で行ったのが初めてでした。高校野球雑誌の仕事で行くようになったのは、2013年の春の大会からです。そこから春夏全試合撮影しているので、いろんな場面に間近で遭遇できていることは本当に幸せだと思います。

──その中で一番印象的な試合は何ですか?

松橋 地元が秋田ということもあり、昨年の金農(金足農業高校)旋風は忘れられません 。特に、準々決勝の近江戦でのツーランスクイズは衝撃的でした。知り合いの地元紙のカメラマンと仕事を忘れて思わず大騒ぎしちゃいましたから(笑)。僕が高校野球を初めてテレビで観たのは、1984年に甲子園でベスト4入りした金農だったんです。昨年の甲子園出場で当時の監督やキャプテンへの取材もできましたし、大活躍だった吉田輝星君のお父さんは父母会の会長をされてましたので、春の大会の頃から親しくさせてもらいました。今後、あのときの感覚になるのはないんじゃないかと思います。

──最後に、松橋さんがスポーツカメラマンになってよかったと思うときはどういうときでしょうか?

松橋 野球はもちろんですが、一番近いフィールドで感動の瞬間を共有できていることだと思います。カメラマンとして写真で伝えるという使命はありますが、自分も感動しながら仕事ができていると思うと、すごく贅沢なことをさせてもらっていると思います。


▼プロフィール
松橋隆樹(まつはし・りゅうき)/1974年生まれ。秋田県南秋田郡出身、宮城県仙台市在中。大学在学時からカメラマンのアルバイトを経験し、卒業後はフリーカメラマンとして活動。日本写真家協会(JPS)正会員。ベガルタ仙台オフィシャルカメラマン。高校野球雑誌『ホームラン』、社会人野球雑誌『グランドスラム』地方スポーツ誌『Standard宮城』、『Standard青森・秋田』などで野球、サッカー、格闘技をはじめ、多くのジャンルのスポーツを撮影。現在では、地元のコミュニティFM「エフエムたいはく」でDJとしても活躍している。

撮影・文/松野友克