ファン・ウェルメスケルケン際は日本の高校を卒業後、プロサッカー選手を夢見て父の祖国であるオランダに渡った。ドルトレヒトのリザーブチームからコツコツとキャリアを重ねて、2019−20シーズンにオランダリーグ1部所属のズヴォレに入団。念願だったエールディビジの舞台まで上り詰めた。



オランダ人の父と日本人の母を持つファン・ウェルメスケルケン際

 際の真骨頂は、”レギュラー落ち”からの復活だ。オランダ2部リーグでプレーしたドルトレヒト時代も、同じく2部リーグのカンブール時代も、シーズン中にレギュラーから外されながらその都度、熾烈なレギュラー争いを制し、正位置を取り返していた。

 2019−20シーズンも同様。前半戦はチームの主力として活躍した際だったが、後半戦はスタメンから外れ、ベンチスタートが多くなってしまった。だが、心配無用。3月にはポジション争いに再び勝ち、見事にスタメンの座を奪取していた。

 さあ、これからだ。

 そんなタイミングで、新型コロナウイルスの感染拡大によってリーグ戦は打ち切りになってしまった。ただ、1部リーグでも十分にやれるという手応えは財産として残った。オランダのトップリーグで過ごした1年を、現在25歳の際に振り返ってもらった。

—— ズヴォレでのエールディビジ1年目を振り返ってください。

「前半戦はスタメン出場が多く、主力としてプレーすることができました。後半戦に入ると、毎シーズンあるように、ちょっとスタメンから外される時期もありましたが(苦笑)。

 でも、オランダでプレーしてきた7年間の蓄積のおかげで、気落ちもせず。試合に出られない時間、いかに自分に投資できるかを追求し、自分を見つめ直すことにもつながりました。ひと皮むけたような強さが備わったと思います」

—— かつてフィテッセ担当として安田理大(現ジェフユナイテッド千葉)、ハーフナー・マイク(現ヴァンフォーレ甲府)、太田宏介(現・名古屋グランパス)を見てきたオランダ人記者が今、ズヴォレ担当をしています。その彼がシーズン前半戦の際選手を見て「日本代表に入れるんじゃないか」と褒めていました。

「それは本当にうれしいですね。もちろん、その準備はできています」

—— アヤックス、AZ、フェイエノールト、PSVと、ひと通り強豪チームと試合しました。怖かった選手はいましたか?

「1対1で対峙して怖いと感じる選手が2部リーグにいなくなり、『エールディビジでは想像を超えるような選手と出会うのか?』と思っていました。しかし、最初の数カ月で身体も順応し、自分の持ち味を磨きながらチームワークを強化したことで、今は誰に対しても恐れを感じることはないです」

—— 昨年12月のAZ戦で見せた際選手のパフォーマンスがオランダ国内で高く評価されています。

「AZには、右ウイングのケルヴィン・ステングスと、ストライカーのマイロン・ボアドゥという注目のアタッカーがいます。この試合、僕は左サイドバックでプレーし、ふたりを問題なく抑えることができました。

 とくに、ステングスについた時間が長く、AZは僕がボールを持ったところでプレスをかけて(ボールを)回収しようとしました。しかし、僕がステングスのマークをうまく剥がして逆サイドにパスを展開したり、多様な戦術を展開できたので、楽しかったです。

 試合には勝てませんでしたが、『もっと貪欲に挑戦したい』という意欲が沸きました。AZでプレーする友人たちも試合後、あのプレーを讃えてくれました」

—— 前半戦は18試合のうち15試合に出場。ところが年が明けると、最初の6試合で1試合しか出られませんでした。

「そこは本当に悔しくて……。最初はガムシャラに(アピールを)やったのですが、結果につながらなかった。ただ、『なぜ出られないんだろう?』と冷静に分析してみると、どうにかできる部分と、どうにもできない部分がある、という結論に達しました。

 だから、改善できる部分に関しては、最大限に向き合う。しかし、どうにもできない部分に関しては、いかにマインドセットの切り替えをするか。置かれた状況をプラス志向に変えるようにしました」

—— どうにもできない部分とは?

「スタメンを外れてから急にチームが勝ちだしたり、ライバルが結果を残したり……。自分にとってタイミングが噛み合わない時は当然あります。

 そこで最終的に辿り着いた答えは、 『毎週の試合が自分にとってのゴールではない』ということ。試合に出ることは選手として大切なことだし、幸せなことなんですけれど、そこがゴールであるかように考えを履き違えていたのです」

—— 毎週の試合が自分にとってのゴールではない……いい言葉ですね。

「試合に出たり出なかったりすることが大切なのか。それとも、もともと自分の中にある”目指す選手像”への過程と捉えるのか。その答えに辿り着いた瞬間、気持ちがすごく楽になりました。

 自分が目指している選手になれば、不動のレギュラーとして試合に出続けられるでしょう。だから、試合に出たり出なかったりすることに一喜一憂してはいけない……この答えに辿り着いてから、窮地の時ほど大局を見る大切さに気づきました」

—— 左サイドバックのライバル選手の出場停止によって、2月1日のフローニンゲン戦では際選手に出場機会が回り、ズヴォレは1−0で勝利しました。

「”理想のサイドバック像”と”自分が得意とするプレー”という両面があるじゃないですか。僕は相手を剥がして前に行くことが得意です。だけど、前でボールを受けた時にどれだけ仕事ができるかという部分には、まだ理想とのギャップがあります。

 フローニンゲン戦は、そのギャップを縮める試合になりました。試合が始まる前からリスクを負ってプレーしようと考え、結果としてチームは勝ちましたし、自分もエールディビジの舞台でさらなる課題を確認できたので、有意義な試合でした」

—— フローニンゲン戦から4試合後のフィテッセ戦、際選手はベンチスタートでした。1−2で折り返した後半開始からピッチに立ちましたが、期するものがあったのでは?

「負けていたので失うものはなかったですし、新たな戦術を試せる好機でもありました。記憶に残っているのは、日々のトレーニングで練習していた理想どおりのクロスを上げることができたこと。ゴールはチームメイトが外してしまいましたが、思い描いたとおりの一本でした。

 このクロスは、マインドセットができていたからこそ、身体も反応できたのだと思います。チームも劇的に勝利(4−3)したおかげで、次の試合からスタメンに返り咲きました」

—— 続くフォルトゥナ戦でスタメンに復帰し、チームも際選手も調子が上向いたところでリーグが中断。その後、正式に打ち切りが決まりました。もうちょっとプレーしたかったですよね。

「本当にそうですね。信頼を掴んでスタメンの座を奪取し、終盤戦に向けて『行ける!』と思った矢先だったので、とても残念でした。しかし、コロナの被害がここまで甚大になると思っていなかったので、今は一日も早く終息してほしいという想いが一番です」

—— 新型コロナウイルスの感染拡大によって、際選手の人生観は変わりましたか?

「自粛期間において、その時間の使い方は個人差があると思います。『家にいるしかない、つまらない』と言う人がいる一方、その時間を有意義に過ごす人もいます。それは僕の周りでも多種多様です。

 そう遠くない未来、AI(人工知能)時代の到来とともに、人間は人間にしかできない仕事に集中できるようになる。『制約のあるなか、自分に何ができるか?』ということに向き合わざるを得ない環境で、時間の使い方を工夫している人は、そんな時代の変化のなかでも新しいものを創り出していけるのだろうな……と思うようになりました」

—— 最後に。際選手は今、どのような日々を送っているのですか?

「チーム練習は5月初めに再開されましたが、今はシーズンオフで、6月末から再び始まる予定です。この状況では帰国できないので、パーソナルトレーナーのタカ君(中田貴央氏)がプランしてくれたフィジカルトレーニングに重点を置いて行なっています。

 彼のメニューはサッカーの動きに必要とされる筋肉強化トレーニングに特化していて、無駄がありません。オランダ人はパワー系の筋トレをするので見栄えはいいですが、ピッチ上のパフォーマンスではタカ君のトレーニングメソッドのほうが結果は出ると思っています。

 今はこういうトレーニングが丁寧にできます。新シーズンまで時間があるので、技術と戦術を高いレベルで遂行できる身体を作っていきます」

【profile】
ファン・ウェルメスケルケン際(さい)
1994年6月28日生まれ、オランダ・マーストリヒト出身。オランダ人の父と日本人の母の間に生まれる。2歳の時に日本へ。2008年から6年間、ヴァンフォーレ甲府の下部組織に所属。山梨・甲陵高校卒業後に単身オランダに渡り、2015年にドルトレヒトでトップデビューを果たす。2017年にカンブールへ移籍したのち、2019−20シーズンからズヴォレでプレー。ポジション=SB。178cm、72kg。