こんな対決あったのか!高校野球レア勝負@甲子園第10回 2015年夏オコエ瑠偉(関東一高)×小笠原慎之介(東海大相模) …

こんな対決あったのか!
高校野球レア勝負@甲子園
第10回 2015年夏
オコエ瑠偉(関東一高)×小笠原慎之介(東海大相模)

 その場面がやってきたのは2015年、第97回全国高等学校野球選手権大会の準決勝だった。東海大相模(神奈川)と関東一高(東東京)の一戦。9点を追う関東一高の8回表の攻撃。2点を返し、なおも二死二塁で打席にオコエ瑠偉(現・楽天)が入る。マウンドには、この回から吉田凌(現・オリックス)をリリーフした小笠原慎之介(現・中日)がいた。

「高校野球100年」のこの夏、オコエは早稲田実業(西東京)のスーパー1年生・清宮幸太郎(現・日本ハム)と並び、間違いなく主役だった。



身体能力の高さをいかんなく発揮した関東一高・オコエ瑠偉

 高岡商(富山)との初戦(2回戦)、第1打席でオコエの打球は一塁手を強襲。はじいた打球がフェンス際まで転がる間に、オコエはためらうことなくスピードに乗って二塁を陥れる。一塁強襲二塁打だ。

 さらに3回には、49年ぶりとなる大会史上2人目の1イニング2三塁打を記録。関東一高の米沢貴光監督はこう語った。

「(オコエは)塁間3歩くらいでいく(笑)。1イニング2三塁打は珍しいことではありません。私は社会人野球のシダックス時代にキューバ代表の選手を見てきましたが、それも含めて見たことのないレベルのスピード。『頼むからベースだけは踏んでくれ』と念押ししています」

 50メートル5秒96はむろん俊足の部類だが、ほれぼれするのはスピードに乗ったときのオコエだ。だが、いくらなんでも塁間3歩は......このことを本人に伝えると苦笑した。

「3歩......それはさすがに人間じゃないですね(笑)。でも、ベースランニングは得意です。(走る)距離が長ければ長いほどよくて、二塁打はトップスピードに乗る前にベースに着いちゃうので、三塁打が一番いいですね」

 この試合、4打数3安打4打点と爆発すると、中京大中京(愛知)との3回戦では初回二死満塁のピンチに、抜けたら走者一掃という長打性の打球を超ファインプレーで捕球。興南(沖縄)との準々決勝では、同点の9回に苦手な内角球をレフトスタンドに運ぶ決勝2ラン。

 打って、走って、守って......過去、ホームランを量産したり、150キロ超の剛球でスタンドを魅了した選手は何人もいるが、足でここまで人気を得た球児は記憶にない。しかも、盗塁をしまくったのならわかりやすいが、意外なことにオコエの甲子園での盗塁は0。つまり、数値ではなく鮮烈なスピードそのものに目を奪われたのだ。

 そして準決勝での小笠原との対決。点差はまだあるが、一打出れば流れが大きく変わりかねない。しかも、オコエはその前の打席で吉田からヒットを放っており、調子は上向いていた。どのチームも「乗せてはいけない選手」がいるが、オコエはまさにそれ。マウンドの小笠原も「ここが勝負どころ」と感じていた。

 小笠原は大会ナンバーワン左腕として、神奈川大会で27イニングを自責点0に抑え、前年夏に続いて甲子園にやってきた。

 聖光学院(福島)との初戦(2回戦)は、吉田に先発を譲り、9回一死からリリーフすると、1人目の打者へのストレートが151キロを計測。甲子園で150キロを超えた左腕は、2005年夏の大阪桐蔭・辻内崇伸(元巨人)、2009年夏の花巻東(岩手)・菊池雄星(現・マリナーズ)に次ぐ史上3人目の快挙だった。小笠原のストレートは"石直球"と言われ、その破壊力は凄まじいものがあった。



吉田凌との二枚看板でチームを日本一に導いた東海大相模の小笠原慎之介

 遊学館(石川)との3回戦は、先発して8回を2失点。この夏、初めて自責点を記録したが、小笠原は納得の表情だった。その理由は、春の関東大会での浦和学院(埼玉)戦にある。

 完投しながらも0対4で敗れ、「完投を意識してペース配分した結果、テンポが悪く、野手が乗れなかった」と、この試合をきっかけにリズムのある投球をテーマに取り組んできた。遊学館戦の小笠原は114球を投げて6安打を許したが無四球(死球は1)。打線もリズムに乗り、11点の援護をくれた。

 花咲徳栄(埼玉)との準々決勝は、吉田が3失点した4回途中からロング救援で2安打無失点。チームのサヨナラ勝ちを呼び込む気迫の投球を見せた。先発した吉田は「小笠原を休ませるために完投したかった」と号泣したが、小笠原は「吉田がいたから今の自分がいる。吉田が投げている時も、自分がマウンドにいるつもりでした。やっとエースらしいピッチングができた」と胸を張った。

 そして、同じく吉田をリリーフした準決勝でのオコエとの対戦である。この日の小笠原の調子は決してよくはなかった。不運な当たりもあったが、3安打で2点を奪われた。ましてオコエは「関東一高で最も警戒する存在」(小笠原)である。それでも「VTRを見て、勝算はあります」と強気だった。

 初球、オコエの苦手な内角に131キロのスライダーで空振り。そして2球目、147キロの真っすぐを弾き返した打球はセカンドの左へ。いくら俊足とはいえ、平凡な内野ゴロではさすがのオコエも一塁アウトとなった。

 ここをしのいだ小笠原は、9回もなんとか0点に抑えてゲームセット。試合終了のあいさつを終えると、オコエは小笠原を呼び止めてこう言った。

「自分たちの分まで頑張って。優勝してくれ」

 翌日の決勝、小笠原は仙台育英(宮城)を相手に大会初完投し、9回には自ら決勝ホームランを放ち、東海大相模が頂点へと上り詰めた。

 そしてこの年の秋、小笠原は中日から、オコエは楽天からそれぞれ1位指名でプロ入りを果たした。ともにケガなどもあって、まだ本来の力は発揮できていないが、近い将来、あの夏のような真剣勝負が見られる可能性は高い。もし今年だとすれば......当然、日本シリーズしかない。