2017シーズンをもって、現役を引退した元サッカー日本代表の石川直宏氏。引退の翌年には、約16年間プレーしたFC東京の「クラブコミュニケーター」に就任し、現在に至っている。クラブとステークホルダーをつなぐ“架け橋”として活躍する彼は、最愛のクラブに何をもたらすのか。そして、新型コロナウイルスの影響で先の見えない現状を、どう捉えているのか。

首都のエネルギーを活かし、世界に誇れるクラブへ

ー現役時代には、どのような形でステークホルダーと接点を持っていましたか?
Jリーグは、クラブと地域の関係性を重要視していますし、そのなかで各クラブの色が出ると思っています。現役時代は小学校の訪問や地域の商店街の巡回をしたり、練習場に来ていただいたファン・サポーターの方と接する機会がありました。サッカーを全く知らなくても、同じ地域だからこそつながれた方もたくさんいます。

ー現在は当時とどのような変化が見られますか?
応援してくださる方々への感謝や、選手が身近でふれあう機会を重ねて来た過程で、やるべきことがより具体化されたというか。世の中にこういった方がいるから、自分たちはこうアクションができる。一緒に新しい形を生み出せるようになってきていますし、皆さんにももっとクラブを活用していただきたいですね。

ー2018年からクラブコミュニケーターに就任されましたが、当初はクラブをどのように変えていきたいと考えていましたか?
全ての関係性を密にすることです。FC東京では約16年間、選手としてピッチで戦ってきてましたが、自分一人ではサッカーはできませんでした。怪我が多いなかでも力を振り絞ってプレーできたのは、応援してくださる方々のおかげだと思っています。それを実感している僕が、クラブとステークホルダーとの関係性をもっと密にできれば、クラブや選手はさらに成長できます。

ー東京という大都市において、クラブはどのような存在を目指しているのでしょうか。
東京は日本の首都なので、多くの娯楽があります。休日には様々な選択肢があるなかでサッカーを選択していただける数は、まだまだ少ない。現役時代は魅力的なサッカーをすることで集客を目指していましたが、今はサッカーを中心とした取り組みを通じて、新しい文化を生み出せるのではないかと思っています。
新しい文化を生み出せば、それを発信できるエネルギーは東京にあります。そして、日本だけでなく、アジアや世界に誇れるようなクラブになっていきたいです。

ーその道の途中で、どのような難しさを感じていますか?
一番難しいのは、スタジアムに来ていただくことです。スタジアムには非日常的な空間があって、それを味わうために日常を頑張っているファン・サポーターの方々が多くいます。
ただ、初めての方からすれば、スタジアムに足を運ぶのはハードルが高いと思うんです。FC東京では、スタジアムの「ワンダーランド化」と銘打って、観客の方にサッカー以外のコンテンツも楽しんでいただけるように取り組んでいます。ただ、楽しんでいただくためには、スタジアムに来るまでのハードルをクリアしないといけないんですよね。

選手に“最後のスイッチ”を押してもらうために

ークラブコミュニケーターとして活動するなか、行政とはどのような関わりを持っていますか?
今年は東京五輪・パラリンピックもあるので、調布市や味の素スタジアムの方々とは、スポーツを文化にしたいという話をしました。僕個人やクラブのつながりを活かして、ブラインドサッカーを身近に感じていただく取り組みも行いました。もちろん活動の中心にはサッカーやスポーツがありますが、そこから健常者と障がい者の共生社会を成熟させたり、お互いをリスペクトし合うきっかけが作れれば良いと思っています。

ー2020年2月には、少年院でのサッカー教室に参加しました。現場ではどのようなことを感じましたか?
彼らは自分たちがなぜその場にいるのか、常に自問自答しながら生活していると思うんです。そんなときにサッカーがきっかけとなって、仲間と一緒に遊んだ楽しさや、何かに夢中になって打ち込んだことを思い出すのではないかと。
成功体験を通して、仲間との関係性や自分の存在意義が感じられますし、社会だって同じですよね。やはり人は評価されたいですし、仲間との関係が良い状態であればあるほど、生きる意味を見出せます。僕はサッカーを通じてそれを得てきたので、同じようにサッカーを通じて伝えたいと考えていました。

ークラブとしては、小児病棟への訪問も積極的に行っていますね。
選手の時から参加していましたが、昨年はクラブコミュニケーターとして、選手たちとともに平日に子どもたちとふれあいました。その週はちょうどJ1リーグがあったので、週末にも訪問して、サッカー教室とパブリックビューイングを行いました。数日前に訪問した選手も試合に出ていたので、子どもたちは親近感を持って応援してくれていましたね。チームとしても素晴らしい試合をしてくれたので、みんなが笑顔になれて良かったです。
僕が伝えたことは、選手は練習での失敗を乗り越えながら、このピッチに立っているということです。勝つために選手は自分の持ってるものを出し尽くさないと結果はついてきません。この試合も、試合後にピッチへ倒れ込む選手が多かったですが、積み上げたものを出し尽くすからこそ結果が出る。子どもたちにも同じように、自分の置かれた状況から逃げず、全力で立ち向かってほしいと伝えました。

ークラブが熱意を持って取り組んでいるからこそ、子どもたちにもその想いは伝わりそうですね。
選手たちは素晴らしい影響力を持っているので、クラブの想いを伝えるための最後のスイッチを押してもらうために、僕たちが準備をしなければいけません。クラブとしてコミュニケーションを取りながら、そういったアクションを起こすことで、自分たちもエネルギーをもらえました。

困難な状況でも「エネルギーは溜まっていく一方」

ーFC東京が、今話題のスポーツギフティングサービスを利用して寄付を募ると聞きました。ファン・サポーターや地域の方々からの支援が、身近に感じやすくなるのではないでしょうか?
選手個人もそうですし、クラブとしても応援していただける仕組みが目に見えると、周囲の期待を直に感じられると思います。選手はステークホルダーや社会との連携が求められますし、自分からもアクションを起こすことによって、競技面でのレベルアップにもつながるはず。そういった人としての成長も支援していただければ嬉しいです。

ークラブや選手としては、成長した姿を見せることが恩返しにつながるのでしょうか。
皆さんに成長を期待していただければ、選手たちもその期待に応えたいと感じます。そして、選手たちがプレーする意義を一層感じられるようになります。より具体的な行動や目標が生まれますし、そうなれば応援してくださる方々への恩返しにもつながるのではないでしょうか。

ー共に戦っているという意識も強くなりそうですね。
その関係性が非常に分かりやすくなるのが良いですよね。一緒になってサッカーをすることはできなくても、エネルギーを共有して、同じ目線で目標に向かうことに大きな意味があると思います。

ー現在は新型コロナウイルスの影響で、ファン・サポーターや地域の方々と接する機会が限られてしまっています。
「ピンチはチャンス」とよく言いますが、そもそも今の状況がピンチなのかどうかは受け止め方次第。現役時代に怪我で苦しむなかで気づいたことはありますし、今だからこそできることもあると思います。この状況下でもしっかり考え、アクションを起こし続けられるかどうかですよね。
クラブは再開に向けて準備を進めていますし、そうしなければ本番で力が発揮できません。先が見えない状況はたしかに難しいですが、応援してくださる方々と喜び合うための準備が必要です。自分が怪我をしていたときと似ていて、エネルギーは溜まっていく一方なので、僕は再開後が楽しみでしかないですね。

ーファン・サポーターもうずうずしていると思います。
東日本大震災の時もそうだったのではないでしょうか。あの時はJ2で戦っていて、1年でJ1に戻らなければいけないという危機感を抱えながら、震災でリーグは延期に。クラブとしては、とにかくサッカーを通じて人々に元気を与えたいと考えていて、エネルギーに満ち溢れていました。
良い時もあればよくない時もあります。ただ、よくない時があるからこそ成長できると思っています。応援してくださる方々とは、全ての時間を共有していきたいですし、より笑顔になれる時間が増えれば嬉しいです。