プロテニスプレーヤーの誰もが、2020年3月以降にテニスができなくなるなんて想像すらしていなかったはずだ。 ワールドプロテニスツアーは、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)によって、男子ATP は7月31日まで、女子WTA…

 プロテニスプレーヤーの誰もが、2020年3月以降にテニスができなくなるなんて想像すらしていなかったはずだ。

 ワールドプロテニスツアーは、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)によって、男子ATP は7月31日まで、女子WTA7月末まで、中断が延長となった(5月15日に発表)。プロテニスプレーヤーたちの世界ランキングは、3月16日の時点で凍結されている。



今年、四大大会で唯一予定どおり行なわれた、1月の全豪OPで取材に答える西岡良仁

 かつて誰も経験したことのないコロナショックによって、ツアーが中断するという前代未聞の事態が起こり、通常なら海外転戦をしているはずの日本のプロテニスプレーヤーたちは日本に留まり、現在思い思いの時間をすごしている。

 日本男子テニス界で、錦織圭に次ぐ実力を保持する西岡良仁は、世界の非常事態を何とか受け入れようとしている。

「僕にとってはもちろん、テニス界の中でも初めての出来事だと思うので、誰も今後のことを予測できていないと思います。今は臨機応変に対応するしかないと思っています」

 日本男子の中では実力で4番手につけ、ここ1~2年で大きく成長して逞しくなった内山靖崇は、日本人選手屈指の冷静な分析力を持つが、同時にポジティブでもある。

「正直、ここまで世界的に大変なことになるとは思っていませんでした。僕は性格的に前向きに考えていくタイプなので、今回のことも9年プロでやってきた小休憩だと考えています。ツアー再開後が第二章だと思うので、それまで心身の疲れを取って、英気を養おうと思っています」

 錦織の同年代で、ベテランの域に達している伊藤竜馬は、初めて体験する世界的な危機に対して、「自分自身もこれからどうなるのか不安な気持ちもある」と吐露する。

 長年日本女子テニスを引っ張って来た奈良くるみは、これまでも着実な歩みをしてきた彼女らしく、先を見すぎずに目の前の現実を受け入れている。

「これまでに経験がないことで最初は驚きと戸惑いがありましたが、今は体力面を上げられるよう、筋トレや走り込みをしています。テニスの練習はまだできていないので、素振りやフットワークのドリルをしたり、自分の過去のプレーなどを見て、試合のイメージを思い出せるようにしています。今できること、今しかできないことを探しながら活動しています」

 女子プロテニスでダブルスのスペシャリストとして活躍する二宮真琴は、困惑しながらも素早く自分の気持ちを切り替えて前へ進もうとしている。

「こんなに長期間試合がない経験は初めてなので、最初は戸惑いや不安もありましたが、すぐに切り替えて、練習やトレーニングを始めました。この期間で、ツアー中にできない技術の改善や体づくりなど、いろいろ試せるいいチャンスだと思いました」

 そして、日本女子テニスで中堅的な存在である尾崎里紗は、他人を気遣う優しさと冷静さを持って、このツアー中断を見つめている。

「世界的な大問題になっているので、今は感染しないために外に出られないのはしょうがいないことだと思っています。もちろん、今後のツアーがどうなるのか、体の状態やテニスの感覚を維持できるのか不安はあります。でも、今はそれも受け入れて、対応していきたいと思っています」

 東京都にある、味の素ナショナルトレーニングセンター(以下NTC)は、4月8日から閉鎖されており、練習拠点にしている日本のトッププレーヤーたちは思うように練習ができていない。何とか選手それぞれで工夫して最低限、体を動かしたりしているようだ。

「テニスの練習は思ったようにはできていません。トレーニング自体もベースとしていたNTCが使えないためできていないです。家でやったりしますが、できることに限りがあるので、普段のようにはできていないのが現状です」

 こう語る西岡と同じように、自宅でできるトレーニングに力を注いでいる選手も多いが、ツアー再開の目途がたっていないだけに、全選手に共通しているのは、モチベーションの維持が簡単ではないということだ。奈良は次のように語る。

「いつツアーが再開されるかイメージがつかないので、どこに向けて頑張ればいいのかわからないという難しい状況ですが、体を動かしてトレーニングをしていると自然とモチベーションも維持できている気がします」

 新型コロナウイルスのパンデミックによって、東京2020オリンピックが1年延期になったことを一番残念に思っている日本選手の1人が、西岡だ。好調を維持してATPランキングを自己最高の48位に上げ、24歳で初のオリンピック出場が目の前に迫っていただけに思いは複雑だ。

「正直残念な気持ちはあります。今年はスタートがかなりよく、ランキングも上がり、出られる可能性が高かったため、初のオリンピックを経験したかった気持ちはあります。しかし、来年開催を予定していることをうれしく思い、ポジティブに捉え、今年同様、来年出られるようにまた頑張ろうと思います」

 また、奈良のように「1年延期はまたチャンスをもらえたと前向きに捉えています」と未来志向の選手もいれば、一方で、「この状況の中、来年の開催も難しいのではないかと不安に思います」と慎重に見ている尾崎のような選手もいる。

 そんな中、グランドスラム20勝を誇り、生きるレジェンドといわれるロジャー・フェデラーが自身のツイッターで、男女プロテニスツアー統合案(ATPとWTAをひとつにすること)を提案し、男女共に多くの選手がこれを支持した。

「とてもいい案だと思います。このような時期だからこそ一致団結してテニス界を盛り上げていけるのでは」と奈良も賛同し、さらに内山も、「合併アイディアに関しては逆になぜ今までなかったのだろうと思っています。テニスという競技を盛り上げるためには必須」とテニスの未来構築ために必要であると説いた。

 対照的に、男女ツアー統合の実現に慎重論を投げかけるのは西岡だ。

「毎大会男女合同で行なうとしたら、会場によっては練習コートが足りなくなるなど問題はある。大きい大会や会場を除いてはかなり不便になることもあると思います。もちろん実現すれば、いろいろ面白いこともありそうですが、現実的に今は難しいのでは」

 果たしてツアー再開後に、男女ツアー統合案はどんな動向を見せるのか、プロテニスにさらなる新しい時代が訪れるのか目が離せない。

 ワールドプロテニスツアーの再開は、依然として不透明な状況が続いている。やはり新型コロナウイルスのワクチンや有効な治療薬が開発されて行きわたらなければ、まだまだウイルスの封じ込めは見えてこないのが現状だ。

 これだけ長いツアー中断は、選手誰にとっても初めてのことであり、「ツアー再開後には、けが人も増えそうです」という内山の懸念は、おそらく的を射ている。もしかしたらそれが、ワールドプロテニスツアーの再開が難しい理由のひとつかもしれない。

 プロテニスプレーヤーは、世界中を移動することが仕事のベースにあるため、新型コロナウイルスの封じ込め策が前提になければ、選手や関係者たちの健康や安全は決して保たれない。何より命に関わることであり、各国の入国拒否や入国制限が解除されたとしても、しばらく各国間の移動は勇気が必要とされるのではないか。やはり世界各国の安全に関する足並みが揃わなければ、ツアー再開は難しいだろう。

「テニスができる喜びと愛情を再確認できています」

 ツアー再開を待ち遠しく思いながら、これまで大好きなテニスを仕事にして、世界を転戦してプレーできていた、そんな当たり前のことが幸せなのだと今、改めてかみしめているという、31歳の伊藤の言葉が心のど真ん中に刺さって来る。

 この伊藤の言葉は、おそらく多くのテニス日本選手の気持ちを代弁しているのではないか。コロナショックの非常時に、ひとりの選手、そして、ひとりの人間として、とても大切な思いを再確認できているのだから、この時間は決して無駄ではない。そんな大切な思いを胸に秘めた選手たちは、再びテニスコートに立てる日が訪れた時に、きっとすばらしいプレーを見せてくれるはずだ。