レバンガ北海道は3日、クラブ公式YouTubeチャンネルで折茂武彦の引退会見を実施した。

 49歳の折茂は、190センチ77キロのシューティングガード。日本大学卒業後の1993年にトヨタ自動車(現アルバルク東京)でキャリアをスタートし、2007年にレラカムイ北海道(現レバンガ北海道)へ移籍した。2011年からは選手兼オーナーを務め、昨年1月には日本出身選手として初めて国内トップリーグで通算1万得点を記録したが、同年9月に2019-20シーズン限りでの現役引退を表明していた。

「僕のことを必要としてくれたから、27年間続けられた」


 会見では折茂からの挨拶の後、質疑応答が行われた。その冒頭、正式に現役引退を迎えた今の心境を問われ、「今シーズンは新型コロナウイルスの影響を受け、シーズンが中止になるという難しい状況でしたが、27年間多くの人に支えられてここまで来れました。やり残したことはたくさんあるが、いいバスケット人生だったと思います」と心境を語った。

 3月15日に行われた川崎ブレイブサンダース戦が現役最後の試合となった折茂。無観客での試合だったが、「まさか最後になるとは思っていませんでした。無観客試合というバスケ人生で初めての経験をして、ブースターの声援が改めて選手の力になっていたことが分かりましたし、ブースターあってのチームだと感じました」と感謝の意を示した。

 また、現役最後となった2019-20シーズンについては「想像していたようなシーズンにはなりませんでした。応援してくれるブースターの前でプレーできなかったこと、期待に応えられなかったことなど悔いが残りますが、全力でプレーしましたし、最高のメンバーと戦えたのは良かったです」と振り返った。

 シーズン途中での中止を余儀なくされたことで、引退を撤回し、現役続行を希望する声もあった。その言葉は自身の耳にも届いていたという。

「スポンサー関係や北海道バスケットボール協会、ブースターなどいろいろな方からそういう話をしていただきましたが、これは本当に難しいこと。シーズン開幕前に引退を表明し、シーズン中止となった段階で『ここで終わりなんだ』と背負っていた荷物を降ろしてしまいました。『あと1年頑張る』と言えば元気や勇気を与えられるとも考えましたが、一度決めたことなので」

「僕は勝負をするためにコートに立っていましたが、昨シーズンは期待に応えられなかった。27年のプロ生活ではじめて自信が無くなった。体力的には問題無いのかもしれませんが、試合に出られない状況になると自信が無くなってしまうと分かった初めてのシーズンでしたし、プロ選手と言えるパフォーマンスを見せられなかったのが自分としてもショックでした。ベンチにいることが満足できない選手なので、迷いましたが決断しました」と胸の内を明かした。 27年というプロ選手としては異例のキャリアを送ったが、長期間続けられた要因を問われると、「能力がなく、才能がなかったので自分がどういうことをすれば生き残れるかを人一倍考えたこと、大きなケガをしなかったこと」と答え、その上で「一番は必要としてくれたから。それが何よりも大きいです。37歳で北海道に来ましたが、本来であれば引退している年齢です。たくさんの人に応援してもらえたことが僕にとって一番大きいできごとですし、それがなければ100パーセントやってもいないし、できませんでした。応援してくれる人が一人でもいれば頑張れます。自分らしいことをして終えることはできませんでしたが、その人たちのおかげでプレーできました」と話した。

 また、長いプロ生活の中でやり残したことを問われると、「北海道に来て上位に食い込めなかったし、優勝に全く届かなかった13年間だったので悔いは残ります。自分に実力がなく、勝たせられなかったので、レバンガに所属する選手には優勝を目指してほしいし、違う形にはなるが優勝に向けて選手をサポートしていきたい」と答えた。

「北海道に来てくれてありがとう、という言葉が心に響いた」


 レバンガ北海道の前身であるレラカムイ北海道は、2010年に経営難が表面化。何度も社長交代が起こるなど、混乱を極めた。新運営会社との交渉が東日本大震災の影響で決裂し、チーム消滅の危機に陥る中、手を挙げたのが折茂だった。自身が代表を兼務するきっかけになった言葉をブースターから掛けられたという。

「『北海道に来てくれてありがとう』という言葉を掛けられたからこそ頑張って続けられたし、レバンガ北海道を立ち上げるきっかけにもなりました。道民の方にとっては当たり前の言葉だったかもしれませんが、僕にとっては人生を変える言葉だった」

 今後はフロント業務に専念することになるが、新型コロナウイルスの影響で厳しい状況にあると話す。

「私たちだけではなく日本全国が厳しい状況にありますが、(経営が)苦しい時代から支えてもらって、ようやく黒字化したものが崩れてしまいました。しっかりとした体勢に戻すことが僕の責任なので、打つべき手は打っていきます。観客の皆さんに笑顔で会場へ来てもらえるようにしっかりと立て直します」と決意を新たにした。

 折茂は、フロント業のみならず後進の育成にも興味を持っているという。

「クラブ経営に注力することは間違いありませんが、こどもたちの育成・強化をやっていくのも自分の役割の一つだと思っています。まずは北海道、それから全国へと広げていければ」と話し、育成・強化について以下のとおりコメントした。

「世界に通用する選手を輩出し、世界に通用していくためには普及・育成・強化が必要だと思っていますが、そこが世界と比べて遅れてしまっています。Bリーグが立ち上がってプロ化したことでレベルは上がっていますが、世界での立ち位置はまだまだ低い。世界で戦える選手を輩出するには普及・育成・強化。それを北海道でやっていきたい」

 しかしながら、指導者への転身はまだまだ時間が掛かりそうだ。

「指導者というのは考えていません。プレーヤーとしての時間があまりにも長く、コーチングの勉強をしていませんから。現役を引退したことで勝負の世界から初めて解放されましたが、指導者になるとなればその世界にまた戻らないといけないので、当面指導者にはならないと思います」

 会見の終盤、ブースターへのラストメッセージとしてこう語った。

「27年間という長いプレーヤーの時間を応援していただきありがとうございました。皆さんのおかげでここまでできたし、充実したバスケット人生を送れました。悔いがたくさん残りましたが、北海道に来たことだけは後悔していません。折茂武彦に関わってくれたすべての人に『ありがとう』と伝えたいです」

 27年間のプロキャリアを振り返りつつ、様々な思いを語った折茂。引退会見はレバンガブースターへの“お願い”で締めくくられた。

「レバンガブースターへ一つだけお願いがあります。桜井良太について、僕のことを応援してくれたように、彼を応援してほしい。まだまだできると思っていますし、たくさんの応援を僕以上に送ってください。皆さんが必要としてくれれば、期待に応えてくれます。最後の最後まで応援してください」