サッカースターの技術・戦術解剖第6回 トレント・アレクサンダー=アーノルド&アンドリュー・ロバートソン<サイドバックのアシスト記録> 2018-19シーズン、リバプールの右サイドバック(SB)、トレント・アレクサンダー=アーノルドは12のア…

サッカースターの技術・戦術解剖
第6回 トレント・アレクサンダー=アーノルド&アンドリュー・ロバートソン

<サイドバックのアシスト記録>

 2018-19シーズン、リバプールの右サイドバック(SB)、トレント・アレクサンダー=アーノルドは12のアシストを記録した。DFのシーズンアシスト記録としてギネスブックにも認定されている。左のアンドリュー・ロバートソンも11アシスト。ふたり合わせて23アシストである。



大活躍するリバプールの両SB、アレクサンダー=アーノルド(写真中央)とロバートソン(写真右)

 リバプールの両SBがいかに攻撃に貢献しているかの証左だが、このふたりがモダンなSBかと言うと実はそうでもない。むしろ古典的SBの進化形と言うべきかもしれない。

 現代フットボールでSBの攻撃面での役割は、どんどん大きくなっている。後方からゲームを組み立てる際、SBは高い位置へ移動していくことが多くなった。高い位置のタッチライン際にいるSBには自然とボールが集まり、ここを起点に攻め込みが行なわれるようになっている。必然的にSBにはプレーメーカーとしての資質が求められているのが現状だ。

 ブラジル代表のSBダニエウ・アウベスは、2018年のコパ・アメリカでゲームを組み立て、ラストパスを出し、得点も決める大活躍で大会MVPに選出された。ペップ・グアルディオラ監督率いるマンチェスター・シティでは、SBが中へ入る「偽SB」として従来とは異なるSB像を提示している。

 だが、リバプールのふたりはそういうタイプではない。

 流れの中でインサイドへ入ることもあるし、攻撃面での貢献はアシスト数が示すとおりだが、彼らのプレースタイルは基本的には従来型の上下動だ。本職のサイドをきっちりと守り、攻撃ではタッチライン沿いに前進してクロスボールを供給する。「偽」の要素は全くない、本格的SBである。

<足の強さ>

 若い選手のどこに着目するか。イングランドのあるスカウトに聞いた時、

「足が強いこと」

 という答えが返ってきた。ボールコントロールのよさでもセンスでもなく、「足が強い」というのはイングランドらしい。

「テクニックは上達するが、足の強さは持って生まれたものだからだ」

 逆のような気がした。筋肉はあとからでもつけられるが、テクニックは12~13歳ぐらいが習得のピークと言われている。フィジカルよりも神経系のほうが10代の選手を見るときにはポイントになると思っていた。

 プロとして大成した選手でも、子どものころは体格が貧弱で体力もなかったという話はよく聞く。ただ、アレクサンダー=アーノルドとロバートソンは、たしかに「足が強い」。スピードがあり、アジリティもすばらしい。足裏で地面をグリップするような強さがある。特筆すべきはキック力だろう。

 リバプールはSB同士のサイドチェンジを行なっている。そして、これをされた相手のプレッシングは直ちに無効化され、後退するしかなくなる。プレッシングはボールのある場所へ人を集めてスペースを狭めていく守り方なので、逆サイドは大きく空いている。とくに逆のSBはボールからもっとも遠く、ゴールからも遠い選手なので、相手はここにマークをつけることはない。

 仮に逆のSBまでボールが行ったとしても、2~3本のパスを使ってのボールのリレーか、直接のサイドチェンジでも滞空時間が長いので、その間に移動すれば守備は間に合うわけだ。

 ところがリバプールでは、アレクサンダー=アーノルドからロバートソンへ、ロバートソンからアレクサンダー=アーノルドへ、一発で高速のサイドチェンジが通ってしまう。当然、守備は間に合わない。ボールを受けたリバプールのSBもフリー。守備側は大きく後退して陣形を敷き直すしかない。リバプールのSBは「偽SB」という流行のギミックを使うこともなく、強力なキック一発で問題を解決してしまうのだ。

<生え抜きと叩き上げ>

 21歳のアレクサンダー=アーノルドは、史上初めて、SBとしてバロンドール受賞者になれるのではないかと期待されている。

 バロンドールの受賞者はほとんどがFWかMFで、DFの受賞はフランツ・ベッケンバウアー(西ドイツ)、マティアス・ザマー(ドイツ)、ファビオ・カンナバーロ(イタリア)しかない。GKに至ってはレフ・ヤシン(ソビエト連邦)だけ。ただ、DFの受賞者はセンタープレーヤーでSBはひとりもいない。唯一、誰も受賞していないポジションとなっている。

 アレクサンダー=アーノルドは、6歳からリバプールの育成チームでプレーしてきた、生え抜き中の生え抜き。2018-19シーズンのチャンピオンズリーグ準決勝バルセロナ戦のアシストは、彼らしかった。

 カンプ・ノウの第1戦は0-3、アンフィールドでの第2戦を3-0で迎えた78分、CKをセットしたアレクサンダー=アーノルドはキッカーを譲るそぶりを見せたが、ゴール前の守備が準備できていないと見るや、素早く地を這う高速クロスを送って決勝点となる4点目をアシストした。

 状況判断の的確さもさることながら、ワンステップでゴール前へパスを蹴ったのは、バルセロナにとっても予測外だったに違いない。

 一方のアンドリュー・ロバートソンは左利きのスコットランド人、26歳。アレクサンダー=アーノルドとは対照的な下部リーグからの叩き上げだ。クイーンズ・パークでデビューし、ダンディー・ユナイテッド、ハル・シティを経てリバプールに来ている。

 セルティックのユースチームに所属していたが、15歳でクイーンズ・パークのユースへ移った。「体が小さい」という理由でセルティックを出されたそうだから、「足が強い」はたんに筋力の問題でないことがわかる。強いキックはボールの芯をとらえる能力や、体全体のパワーの使い方のほうが重要なのだ。まあ、まさか大人になってフィールドの端から端までボールを飛ばせるようになるとは、小さい頃は誰も思わなかっただろうが。

 クイーンズ・パークはスコットランドのクラブのパイオニアだ。サッカー史上初の国際試合、スコットランド対イングランドのスコットランド代表は、そっくりクイーンズ・パークだった。紺色のジャージはそのまま現在も代表のユニフォームであり、ショートパス戦法の元祖でもある。

 プロ化しなかったために下部リーグに落ち込んだが、言わば名門中の名門。サー・アレックス・ファーガソン(元マンチェスター・ユナイテッド監督)も輩出したクラブだが、ショートパス戦法のパイオニアクラブが、ロングキックのスペシャリストを生んだことになる。