写真:YOYO卓球を経営する川口陽陽氏/提供:川口陽陽

新型コロナウィルス蔓延に伴い、前例のない事態に世界中が直面している。

卓球界もまた、大きな試練のときを迎えている。
選手はもちろん、日本には規模の大小問わず、多くの卓球に関わる仕事が存在していて、その大半が今、終わりの見えない未曾有の事態を前に、事業の再検討を迫られている。

Rallysでは「いま、卓球界は」と題して、現在の困難な状況と向き合う卓球人にオンライン取材を行い、どのようにして今を耐え、再開の時に向けて準備しているかを現在進行形の形でお伝えしたい。少しでも全国の卓球人にとって、現実的な参考情報となれば幸いである。

今回は、都内に卓球場を2店舗経営し、映画『ミックス。』の技術指導でも知られる川口陽陽氏(以下、川口)に話を聞いた。刻一刻と状況は変化するので、あくまで取材時点でのという注釈付きだが、現在の対策と方針を聞いた。

少しでも他の卓球場経営の方の参考になればという川口氏の思いを汲み、当初予定していた取材をさらに早めて、オンライン取材を行った。

休業に至るまでの経緯と対策




オンライン取材に答える川口陽陽氏/撮影:ラリーズ編集部

――東京都の自粛要請に伴い、経営する卓球場を休業されましたね(4月11日~5月6日)。判断に至るまでの経緯と、その間に行った対策を教えてください。
川口:個人レッスンと教室と台貸しの3つのコースがあります。3月中はいずれも、コーチ含めて部屋に最大5人まで、窓は全開放という形で営業しました。教室の生徒さんは徐々に少なくなっていきましたが、逆に普段体育館などで練習している方々からの台貸しの希望は増えている状況でした。しかし、部屋の上限人数を守るために、ほとんど台貸しについてはお断りしていました。

――もっと早く休業しようという思いはありましたか?
川口:大きく3つの気持ちの中で葛藤がありました。一つは、国や都の助成などの見込みが見えたらすぐに休業したいという気持ち。経営的には、融資、助成、補助などが見えず、収束の時期も見えない事態なので、少しでも今キャッシュを蓄えておきたいという気持ち。二つ目は、2階の卓球場で窓全開、そして休業直前の頃は1部屋にお客様一人とスタッフだけというような環境が多く、「これで感染リスクが高いんだろうか」という気持ちも正直ありました。3つ目は、来てくださっているお客様がいる限り最後のお一人まで場所を提供したいという、卓球場を開けている人間としての思いです。




写真:YOYO卓球/提供:川口陽陽

――そして、東京都からの休業要請の開始日である11日から休業した。
川口:休業補償金(感染拡大防止協力金)についての発表と同時に休業を決めました。うちの場合は、2店舗で最大助成金100万円。まだ結果は出ていませんが。あとは、国の持続化給付金が最大200万。この上記2つが申請できることは、うちにとっても、他の卓球場経営の方にも意味のある助成かなと思います。

――民間からの融資も考えましたか?
川口:一番最初に、金融公庫(日本政策金融公庫)にすぐに融資の依頼に行きました。新型コロナウイルス感染症特別貸付です。今回は、通常と違って、比較的簡易な手続きでも大丈夫かもしれないと税理士さんからは言われています。結論はまもなくということでしたが、昨日(4/24)決まりました。申請から10日ほどでした。

――固定費を下げることは?
川口:家賃の交渉を始めました。東中野と西日暮里いずれも。現在の経営状況を大家さんにオープンにお伝えしながら、少しでも下げられないかというお願いです。ただ、これは先方もまた同じ苦しい状況だろうと思うので、すぐに結論は出ませんでしたが、先日東中野・西日暮里共に15パーセントほど免除していただける事になりました。大家さんにはとても感謝しています。

とにかく申請を早く




写真:YOYO卓球/提供:川口陽陽

――人件費については?
川口:雇用調整助成金の申請を準備しています。これまでのコーチのシフト状況等を洗い出して申請書類を整え、現在は日々状況も変わりますので社労士さんと今後の休業や雇用の調整の相談を逐一行なっています。

――とても素早い対策ですね。
川口:決算書や試算表などの資料を、普段から法人としてまとめてあったので、比較的スムーズに申請までできたということ、法人として毎期黒字決算ができていたことも、融資においては素早く手を打てた理由かと思います。あとは、いずれ申請や給付のタイミングで必要になる印鑑証明や履歴事項全部証明書なども同時に手配しました。基本的にはそこまでの準備と見込みを立てて、休業に踏み切りました。

――社員やアルバイトのコーチについてはどうされましたか?
川口:社員、業務委託、アルバイトの3形態のコーチがいるんですが、3月下旬時点で、業務委託・アルバイトのコーチたちには、出勤判断は全て本人の意思に任せることにしました。ただ、4月に入ってからは社員だけで担当していました。

――川口さん自身についても少しお聞きします。選手時代も含めて、これほどの危機がかつてありましたか?
川口:選手時代は、つらいこともありましたが基本的には個人の努力の問題でした。キャプテンを任された時も、どちらかというと自分の背中を見てくれという姿勢でした。でも会社の経営は、自分の背中だけは語れないです。一緒に働く人間の良いところを引き出して、成長してもらって、お客さんにも喜んで頂いて、それで卓球場は回る。社員たちの生活も背負っている。その意味では、今回は、そういう全体を振り返る機会なんだと考えるようにしています。

いつも動機は「必要だから」




写真:川口陽陽氏/提供:川口陽陽

――2014年の開業以来、店舗の増設や西日暮里店のオープンなど、卓球場経営も順調に進んできたように見えます。
川口:外から見えるほど楽なものではないんですが(笑)。店舗を増やしたのは、必要だったからです。元々僕は、別に会社を経営したいとか店舗展開しようとかいう人間ではなかったんです。コーチになる前は、市役所に入って卓球続けようと思って受けていたくらいですし。法人にしたのも、後から入ってきてくれる人間にとっては、福利厚生などの点で安心して働けるから、その必要があっただけです。

――元女子日本代表主将の藤井寛子さんも所属コーチになりました。
川口:東京に出てくるという話を聞いて、すぐに連絡しました。卓球はもちろんですが、私も藤井も同じ奈良の出身で、藤井の人柄も知っていたので。でも、決め手は、僕が小学校の頃から卓球に打ち込んでいるのを藤井のお母さんが覚えていて、「あんなに卓球好きの人なら大丈夫」と勧めてくれたからと聞いています(笑)

――その藤井寛子さんが担当する西日暮里店も、このコロナ禍で本格的なオープン直後に休業となりました。
川口:今は仕方ないです。西日暮里に店舗を作ることは、藤井の相談から決断しました。産休明けで藤井が復帰を検討する際に「小さい子供二人抱えて電車乗って、東中野に来るのがちょっと難しい」「子供にそろそろ卓球をやらせたい」という相談があった。それまでは別店舗を出すとは自分でも思ってもいませんでしたが、その話を受けたとき、じゃあ藤井が子育てをしながら働きやすいところに店舗を出そうと決断しました。前提として藤井の信頼度があるからの出店ですが、やっぱり必要があったからという動機ですね。

――映画『ミックス。』(2017年10月公開)技術監修によって、知名度が上がったように見えました。



映画『ミックス。』(2017年10月公開)/提供:2017『ミックス。』製作委員会

川口:あそこでYOYO卓球としては、認知度や信用も含めて、一つ上のステージに上げて頂いたなと思っています。特に、卓球界の外から信用して頂ける実績になるということは、後から分かりました。撮影当時は何も分からなくて「ああ、レッスン入れないから売上が減るな」とも思ってましたが(笑)、でもそれ以上に、卓球の普及に貢献したいという気持ちが強かったです。

――「華やかだな」「儲かってるな」という声はありませんでしたか?
川口:もちろんありました。今もあります(笑)。でも卓球場経営者はみんな分かってくれると思いますが、実際はそんな甘い世界じゃないです。卓球場の中で毎日コツコツやって、お客さんに喜んでもらってという商売なので。

――こう話していても、明るく即断即決しているように見えます。
川口:決めるまでは悩みますが、決めた後は早いです。性格は、思春期にテレビも見ない6年間(明徳義塾中・高)の寮生活で、仲間と共に暮らしたことが影響してるのかもしれません(笑)

今後の方針




写真:川口陽陽氏/提供:川口陽陽

――再開後は、経営方針に何か変化はありそうですか?
川口:現時点で決めていることは、個人レッスンのみの実施、レッスンとレッスンの間は20分空ける、一部屋にコーチと生徒さん一人ずつしか入らない、というシフトにすることです。

――youtubeも始められましたね。
川口:そうですね。これもやはり今の状況では必要だからですね。正直素人ですけど。長い目で見て、卓球場経営としての仕事の幅を広げていきたいと思ってます。今後、卓球のコーチ業に新しい人が入ってくるためにも。

――卓球場経営は今後どうなっていきますか?
川口:今回のような事態に直面して、少なくとも卓球場自体は、もっと横で連携していくことが卓球界にとって大事だと感じています。現実には、僕も含めて卓球場経営者はこれまで時間が取れなくてやってこなかったので、この機会に方法を模索できればと思っています。

――ポジティブに次を考えていますね。
川口:必ず収束すると信じて、再開後のために今何を試せるか、だと思っています。今まで突っ走ってきましたが、今、自分が掲げた会社の理念みたいなことも、ようやくその意味がわかってきた気がします。社会貢献、とかこれまでどこか綺麗事でしたが、いま実感しています。再開後は、自分自身、家族、社員の幸福と、会社の成長を両立させようと思っています。

取材・文:ラリーズ編集長 槌谷昭人