追憶の欧州スタジアム紀行(3)
ルイ2世スタジアム(モナコ)

 モナコのルイ2世スタジアム(スタッド・ルイ・ドゥ)を初めて訪れたのは1994年の4月13日。対戦カードはモナコ対バルセロナだった。1993-94シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)2次リーグ最終戦だ。

 だが、最初からこの観戦を予定していたわけではない。取材の目的は、その当時、サンプドリアでプレーしていたオランダ代表の中心選手、ルート・フリットのインタビューだった。94年アメリカW杯を2カ月後に控えるなかで、彼はオランダ代表に参加することを拒んでいた。サンプドリアの本拠地、ジェノバに出向いた理由は、本人からその理由を聞き出すためだった。 



モナコにある唯一のスタジアム、ルイ2世スタジアム

 94年4月といえば、Jリーグが始まった1年後であり、「ドーハの悲劇」の半年後にあたる。関心は日本代表、ひいては”国対国”のW杯に向いていた。”街対街”の象徴であるCLに関心を寄せる人は少数派だった。筆者もサッカーの旅といえば代表戦が中心で、モナコ対バルサのCL観戦に出かけたのは、本当にたまたまだった。

 ジェノバで空き時間が生まれたので、どうしようかと思案していた時、現地の通訳から「だったら、モナコに行ってくれば? ちょうどバルセロナとモナコが試合をするから」と、提案された結果だった。

 モナコとジェノバはどのような位置関係にあるのか。別の国にある両都市が普通列車に揺られること2時間で到着する距離にあるとは、想像していなかった。

 ヴェンティミーリアという駅に到着すると、厳めしい顔をした警察官が乗り込んできた。そこはイタリアとフランスを隔てる国境の駅で、そこから先、つまりフランスに行くためには、パスポートの提示が必要だった。いわゆるシェンゲン条約の内容が施行されたのは95年3月なので、これはパスポートコントロールが廃止されるおよそ1年前の前の出来事になる。

 だが、モナコはフランスではない。バチカン市国に次ぐ世界で2番目に面積の小さな国。正式名称はモナコ公国になる。しかし、フランスとの国境を遮る何かがあるわけではない。両国間は当時もパスポートを提示することなしに行き来できた。同様に通貨もフランスフランがそのまま使われていた。地元のクラブ、ASモナコがフランスリーグに所属することに違和感はなかった。

 モナコと言われてまず頭をよぎるのはF1。そしてカジノだ。街の財源は観光客が落とすお金によってまかなわれるので、税が軽い国として知られる。世界中の富裕層が移住を希望する理由はそこにある。

 街そのものがリッチそうなのだ。何よりきれい。住民の美化精神はことのほか高そうで、各所に配備された揃いの制服を着た清掃員が、ディズニーランドで見るような鮮やかな手さばきで、ほうきとちりとりと扱うのだ。一般住民も交代で早起きし、その清掃活動に加わるのだという。パトロールに当たる警察官の数も半端ではない。交差点には必ずと言うほど立っている。スリやかっぱらいの被害に遭う危険が高いイタリア、フランスとは雰囲気が決定的に違う。

 そのうえ、風光明媚だ。目の前にはコートダジュールが広がっている。海は普通、街中からは見えにくいものだ。海岸まで辿り着かなければ青い海と遭遇できないが、モナコは違う。海岸から山が急傾斜で切り立っていて、つまり平地が少ないので、どこにいても眼下に青い地中海を見下ろす視界を保つことができるのだ。モナコの鉄道駅があるのは標高100メートルほどの地点。一方、ルイ2世スタジアムがあるのは海岸の近くなので、その道のりは下りだ。地図で見るより、思いのほか早くスタジアムに到着できる。

 それでも筆者は迷った。「確かこのあたりのはずなのに」と周囲をキョロキョロと眺めても、スタジアムらしき建物は見当たらない。「スタジアムはどこですか?」と、さすがに尋ねずにはいられなくなった。すると「そこだよ」との答え。だが、そこにスタジアムらしきものはない。

 目の前に立っていても、それがスタジアムだとはわからないスタジアム。周囲とスタジアムを隔てるエリアが狭いため、スタジアム全体の形をどこからも確認することができないのだ。隣接する建物と色、高さも同じ。しかも外観はビル・マンション風の様式だ。街並みとこれほど同化しているスタジアムも珍しい。

 エントランスをくぐっても、スタジアムであるとの実感は湧いてこない。映画館か劇場かという趣なのだ。その奥に陸上トラックと105m×68mの緑のピッチが広がっていることを想像することは難しい。

 スタンドの収容人員は1万8000人。そう聞けばかなり小さなスタジアムを想像するが、3万人は収容できそうなスペースがありながら、あえて1万8000人ほどに抑えているといった感じで、ひとつひとつの座席はゆったり、広々としている。5つ星ホテルを連想させるリッチさと言うべきか。陸上トラック付きでも視界は良好。快適感を味わうことができる。

 だが、驚きはこれにとどまらない。この建物には地下があり、そこには広大な体育館が広がっているのだ。ASモナコのASはAssociation Sportive 。総合スポーツクラブなのである。体操、バスケットボール、ハンドボール、ボクシング、空手、水泳、フェンシング、ボブスレー、陸上、ラグビー等々、競技は多岐にわたる。

 さらにその下の階には駐車場が広がる。雨に濡れずにスタジアムに入場することができる。平地の少ないモナコの街に相応しい土地の活用術が、ルイ2世スタジアムには散りばめられている。

 バックスタンドの背後はすぐにコートダジュールの海岸だ。海に近いスタジアムといえば、ラ・コルーニャ(スペイン)のリアソール、済州島(韓国)のワールドカップ競技場を連想するが、モナコのほうがわずかに近い気がする。世界で一番海に近いスタジアムかもしれない。

 風向き次第では、潮の香しい匂いが、プーンとスタジアムに漂ってくる。いま自分はいったいどこにいるのか、頭はいい感じで混乱する。旅情がかき立てられる瞬間だ。

 筆者にとって初のCL観戦は、バルサが0-1でモナコに勝利した。バルサの監督は故ヨハン・クライフで、モナコの監督はアーセン・ベンゲル。決勝ゴールを挙げたのは、2カ月後に開催されるアメリカW杯で得点王に輝いたブルガリア代表フリスト・ストイチコフだった。