フェニックスの空港からフリーウェイを乗り継いで、約30分。マリナーズがスプリングトレーニングを行なうアリゾナ州ピオリア…
フェニックスの空港からフリーウェイを乗り継いで、約30分。マリナーズがスプリングトレーニングを行なうアリゾナ州ピオリアの街は、とくに去年と何かが大きく変わった印象は受けない。マリナーズのクラブハウスもグラウンドも、この時期ならではの強烈な陽射しと爽やかな涼風、開幕を前にした緊張感を醸し出している。
しかしひとつだけ、大きく変わったことがあった。マリナーズのクラブハウスにイチローのロッカーが見つからないのだ。

会長付特別補佐兼インストラクターとしてマリナーズのキャンプに参加しているイチロー
今までは練習前、練習後ともに、クラブハウスがメディアに開放されている時間、どこに行けばイチローがいるのか、だいたいわかっていた。しかし現役を引退し、選手でなくなった今、会長付特別補佐兼インストラクターのイチローはクラブハウスにロッカーがないため、どこにいるのかわからない。
結局、練習が始まるのをクラブハウスの外で待っていたら、選手がゾロゾロとグラウンドへ向かっているというのに、イチローは彼らと一緒には出てこなかった。この日はビジターでオープン戦が組まれており、遠征組と居残り組でスケジュールが違うということもあったのだが、とにもかくにも、なかなかイチローを見つけることができないでいた。
ところが、あるグラウンドを何の気なしに眺めていたら、明らかに見覚えのあるユニフォーム姿のシルエットが目に飛び込んできた。ターミネーターの如く瞬時に認識したその姿は、間違いなくイチローだ。背番号51のユニフォームを着て、ケージの横に立っているではないか。
ちょっと待てよ。
あの姿は、選手そのものだ。ピオリアの街だけではない。引退したはずなのに、イチローだって何も変わっていないじゃないか。
「そりゃ、そうでしょう」
イチローはそう言って、笑った。
その点での彼のこだわりは生半可なものではなかった。何しろ、いざというときには選手に見本を見せなければならないからと言って、スプリングトレーニングのために日本からアメリカへ発つ直前、現役時代と同じように神戸の球場で自分のためのトレーニングを積んできているのである。
同じインストラクターとしてスプリングトレーニングに参加しているかつてのチームメイト、今はお腹の出たマイク・キャメロンに「バッピ(バッティングピッチャー)で投げないの」とイチローが訊くと、キャメロンは「投げないよ、だってこの大事な時期にオレのばらついたボールを打たせるなんて申し訳ないだろ」と言う。しかしイチローはバッピをしても、テンポよく、質のいいボールを平然と投げ続けている。そしてバッター一人ひとりが抱える課題を把握し、選手から何かを訊かれた時に備えている。
バッピが終われば、イチローは外野へ走って球拾いをする。選手たちは練習をひと通り終えると、ファンがサインをもらえるかもしれない場所へ向かって一斉に走る。しかし、彼らのお目当ては選手ではない。子どもから大人まで、みんなイチローを待っている。そしてイチローはいつもの場所に立ち止まって、待っていた人すべてにサインをした。こんなにファンに囲まれるインストラクターがかつていただろうかと、不思議な気持ちになる。
遠征組のバスが出て、やがてグラウンドには誰もいなくなる。イチローはバットを持って、こう言った。
「じゃあ、ちょっと打つか」
ちょっと待ってくれ。
この姿も、選手そのものじゃないか。引退したはずなのに、イチローはバッティング練習をするのか。やっぱり現役時代と何も変わっていないじゃないか。
ケージを独占して、イチローが打ち始めた。
「フンッ」「グワッキーン」
「フンッ」「グワッキーン」
イチローがバットを振るたびに、腹の底から絞り出すような唸り声が洩れる。そしてけたたましい打球音が響き渡った。近くで見ると、カベをつくるための右足がいかに我慢して踏ん張っているのか、バットがどれほど身体の近くを通ってボールを線で捉えているか、イチローの細いバットがどれほど強くボールを叩き飛ばしているか、といったことが微に入り細に入りよくわかる。10本、20本、30本とイチローは早いテンポで打っていく。
ふと思った。
目の前のこのバッティングこそが、イチローの原型なのではないか、と。
ここ何年か、この時期のイチローのバッティング練習は試行錯誤が続いていた。速い球に差し込まれないように下半身を沈めてみたり、始動を早くしてみたり、左方向への打球を打ってみたり……そうした結果を残すためのアプローチから解放され、今のイチローはピュアにバットを振って、ボールを打っている。きっとこれが素のイチローなのだろう。そんなことをイチローに投げかけてみたら、彼は照れ臭そうにこう言った。
「遊びですよ、遊び……」
いやいや、むしろ、本来、アスリートの「遊び」とはこういうピュアなパフォーマンスを指すのだろう。ふざけて、笑って、力を出し切らないパフォーマンスを「遊び」と表現するのではない。真剣に、腹の底から唸り声を絞り出して、力を尽くしたこのパフォーマンスこそが、イチロー流の「遊び」なのである。イチローは現役を退いても依然としてイチローのままだった。打ち終わったイチローはこう言って引き上げていった。
「さあ、帰ってトレーニングでもするか」