「変化を恐れず、限界の蓋を外す」。そんな信条を胸に、走幅跳からパラトライアスロンに転向して自身4度目となる夢の舞台をめざしている谷 真海。自ら招致スピーチを行った「東京2020パラリンピック」をアスリート人生の集大成に。パラリンピアンの顔である彼女の、飽くなきチャレンジを追っていく。
去る8月末から9月頭にかけて、「ITU世界パラトライアスロン世界選手権」のグランドファイナルに出場するためスイス・ローザンヌに渡った谷 真海。後編となる今回は、臨場感あふれる写真でレース当日の様子をレポートするとともに、ローザンヌでの彼女の数日間を追ったドキュメンタリー映像もお届けする。
9月1日。レース当日、ホテルから会場へと向かう彼女をまずはキャッチ。晴れやかな表情で、「粘りのある走りができるように、頑張ります」と一言、意気込みを語ると颯爽とバイクでレース会場へ向かった。
8月17日のお台場でのワールドカップ東京大会後に少しコンディションを崩し、またローザンヌに入ってからも微熱が続くなど万全の状態ではないと語っていた彼女だったが、やはりレース直前になると雰囲気がガラリと変わる。とはいえ、ピリッとした緊張感をまとった感じではなく、表情にはほどよくリラックスした様子が浮かぶ。さすが、これまでアスリートとして多くの逆境を乗り越えてきた彼女だけあって、“整え方を知っている”というところだろう。
前編でもお伝えしたように、やはり彼女自身が「思い入れのある街」というだけあって、ローザンヌの美しい街並と心地良い気候、そして大会全体を包むすばらしい空気感がメンタル面にプラス作用をもたらしているのは明らかだった。連戦の疲労やバイクでの苦戦にともなう葛藤などが、リセットとまではいかずとも少しはリフレッシュされたのだろう。いずれにしても、気負いのない、実に落ち着いた表情で彼女はスタートラインに立った。
午後2時過ぎ。いよいよスイム(750m)からレースが開始。スイムはトライアスロン3種目の中で谷が最も得意としている種目なだけに、この日もスタートから力強い泳ぎを見せ、12分12秒というPTS4クラス2番手のタイムで最初のトランジションエリアに姿を見せた。
そして2分47秒のトランジションを経て、彼女自身が最大の課題として捉えているバイク(20.3km)に。レース前には「ローザンヌのコースは苦手の坂道が多い」とさらなる懸念ポイントも語っていたものの、それほど順位を落とさずPTS4クラス4番手のタイム(44分30秒)で最後のトランジションに。
勝負のラン(5km)では、ローザンヌの街並を縫うように設定された美しいコースを力走。気迫のこもった走りでゴールをめざす。
結果、ランは23分28秒とPTS4クラス2位の好タイムとなり、同クラス全体3位でゴールイン。ライバル選手とハグを交わし、笑顔がこぼれた。
しかしゴール直後、ミックスゾーンで思いもよらない事実が判明。実はトランジションエリアのボックスからタオルが出ていたことでレース中にペナルティを課されていた谷。それに気づかず「ペナルティボックス」に入らずゴールをしてしまったため、なんと失格を通告されてしまったのだ。(ルール上、ペナルティボックスに入ってさえいれば失格にはならず数秒のロスで済んだ)
「高いポイントを取ってパラリンピック出場に向けた次のステップにしっかりと繋げたい」と、このレースに並々ならない意欲で臨んでいただけに、あまりに不運な結末にさすがの彼女もレース直後は落胆の色を隠せなかったが、それでも前を向いてこう語った。
「いやもう、本当に自分が情けなくて。ここまで準備してきて、家族をはじめたくさんの人たちがサポートしてくれたのに…でも終わったことは仕方がないので。次のスペインとトルコに向けて切り替えて行くしかないです」
1週間後、スペインでのワールドカップでは、PTS4クラス1位、PTS5を含む東京2020パラリンピックのクラス分けでは4位に入り、みごとポイントを獲得。さらに10月のトルコでのワールドカップ最終戦でもPTS4クラス2位に入った。ここが谷 真海というアスリートの強さだ。
ローザンヌで獲得できなかったポイントは確かに小さくはない。それでも彼女が挫折や逆境をはね返す底力を持っていることはこれまでのキャリアがはっきり示している。失意のローザンヌで、もしかしたら彼女だけが新たに噛み締めた決意があるのかもしれない。引き続きそのチャレンジを追っていく。
PROFILE
たに まみ●1982年3月12日生まれ、宮城県気仙沼市出身。旧姓・佐藤真海。早稲田大学在学中に骨肉腫によって右脚膝下を切断。卒業後サントリーに入社し、走幅跳でアテネ、北京、ロンドンと3大会連続でパラリンピックに出場。2013年にはIOC総会の最終プレゼンテーションで招致スピーチを行う。2016年からパラトライアスロンに転向し、2017年の世界選手権で優勝を飾る。