12月23日、全日本フィギュアスケート選手権のフィナーレを飾る「オールジャパン メダリスト・オン・アイス2019」で、宮原知子は一つひとつの音を丁寧に拾い上げていた。氷の上に立った宮原は、真っ黒な衣装をまとい、指先で見えない線を引きながら…

 12月23日、全日本フィギュアスケート選手権のフィナーレを飾る「オールジャパン メダリスト・オン・アイス2019」で、宮原知子は一つひとつの音を丁寧に拾い上げていた。氷の上に立った宮原は、真っ黒な衣装をまとい、指先で見えない線を引きながら、エッジを心地よく滑らせた。彼女自身が、命を与えられた楽器のようにさえ映った。



全日本選手権では、力を出し切れなかった宮原知子

 しなやかな動きが、「Gnossienne No1」のピアノの音と重なる--。そのスケーティング技術は、世界でもトップレベルだ。

 しかし、2年ぶり5度目の優勝が懸かった今回の全日本では、悔しさが残る結果に終わっている。ショートプログラム(SP)は70.11点で2位スタートも、フリースケーティングでは121.32点で6位。総合は191.43点で、4位に低迷した。

「あれだけ練習でできて、どうして本番でできないんだろうって……。今日は練習からすごく調子がよかったんですが。(むしろよすぎて)途中からどうしていいかわからなくなったというか」

 フリー演技後、取材エリアに出てきた宮原はそう言って、声を落としていた。自分の出来を信じられない。その表情はこわばっていた。

 多くのジャンプが回転不足を取られてしまい、点数は伸びなかった。4回転やトリプルアクセルなど大技もないため、挽回できる余地はない。完璧性が彼女の武器だが、完璧が崩れたときは劣勢となるのだ。

 しかし、救いはあった。

 宮原のスケーティングには、痺れるような輝きがある。

 今シーズン、宮原は関西大学の濱田美栄コーチだけでなく、カナダにも拠点を持って、リー・バーケルコーチの指導も受けている。

「自立」

 彼女は現状を打破するため、自ら動いた。

「今までは不安を消すために、ひたすら跳び続けてきました。自分の気持ちが落ち着くまで。でも、(カナダでの指導では)いいものを何本って決めてスパッとやめる。いいイメージで終わるのも大事だな、と思えるようになりました。最初は練習量が少ない気がして何となく不安でしたが、先生(バーケル)に『いいよ』と言われると大丈夫なのかなって」

 10月のジャパンオープンで、宮原はそう話していた。より濃密な練習になって、トレーニングの質は上がり、練習での精度は高くなった。

 しかし、グランプリシリーズでの成績は出ていない。完璧に近い練習での演技が試合で崩れた。中国杯は2位も、ロステレコム杯はSPのミスが響き、4位。4年連続で出場していたグランプリファイナル出場を僅差で逃した。

「今年は去年以上に、全日本が早く来た気がします。(理由は)納得できる演技はできていないので。いい締めくくりができるようにしたいです」

 全日本を前に、宮原はその胸中を明かしていた。

「プログラムを通して練習して、ジャンプは調子がいいです。滑り自体は滑り込めてきたと思うんですが。練習ほど試合でいい演技が出ていなくて、本番が課題です」

 SPは渾身の演技で、その世界観を表現し、観衆を虜にした。演技構成点は、平均で9点以上をたたき出すほどだった。滑りを芸術の域に高めていた。

「ジャンプは回転不足で、70点台行くかなぁ、と思っていたんですけど、ぎりぎり出てよかったです。ただ、点数よりは、今までやってきたことが本番で出せてよかった。グランプリシリーズでは出せなかったので。フリーはフリーの世界観があるので、それを出せたらと思っています」

 宮原は一つひとつの言葉を真摯に紡いで、その様子は彼女の精巧なスケートに似ていた。

 そしてフリーの「シンドラーのリスト」は、宮原のハイライトになるはずだった。「絶望の中でも生きる姿を表現する」。その難題を扱えるのは、彼女のスケーティングだけだった。悩ましげな表情と動きで滑り出し、冒頭のダブルアクセルは華麗に決めた。次の3回転ルッツ+3回転トーループも回転不足は取られたものの、悪くはなかった。

 ところが、そこから精密な滑りに狂いが出た。

「最初はよくて、”いける”って強気だったんです。でも途中から、(調子がよすぎて)やばいって思い始めて……。ループでは練習でしない失敗をしてしまった(3回転ループが2回転ループになるミス)。世界観を表現したかったですが、あまりに出来が悪すぎて」

 宮原自身、戸惑うほどの演技だった。3回転サルコウ、3回転フリップ+2回転トーループ+2回転ループ、3回転ルッツ、ダブルアクセルとすべてのジャンプで回転不足を取られた。

「(回転不足になった)ジャンプの跳び方は大きく変えていません。いい時は回転がつくのですが……。練習ではうまくなっているし、技術的にはよくなっている感触はあります」

 カナダで日々身につけ始めたものは、全日本ではまだ成熟していなかったのかもしれない。しかし新しい環境に適応し、力に変換するには時間がかかる。そのプロセスに立っているとすれば--。

「今回、(3月、カナダ)世界選手権の代表選手として選んでもらって、とてもラッキーだと思っています。自分のできるすべての力を使って、頑張りたいです」

 宮原はそう言って、視線を先に見据えていた。

 今回のフリーの演技構成点は69.09点で、参加選手中2番目に高い点数だった。土台となるスケーティングは、やはり他の追随を許さない。誰にもない”大技”と言える。

 宮原知子のスケートの本質だ。