12月19日~22日、暮れの風物詩となりつつあるレスリング天皇杯全日本選手権が東京・駒沢体育館で開催された。 2020年東京オリンピック”最後の代表選考会”となった今大会。地元開催のオリンピックを目指す選手たち…

 12月19日~22日、暮れの風物詩となりつつあるレスリング天皇杯全日本選手権が東京・駒沢体育館で開催された。

 2020年東京オリンピック”最後の代表選考会”となった今大会。地元開催のオリンピックを目指す選手たちによる代表争いの熾烈さ、日本レスリングの層の厚さをあらためて教えてくれたのは、リオデジャネイロオリンピックで活躍した若きメダリストたちの相次ぐ敗退だった。



リオ五輪で金メダルに輝いた登坂絵莉も東京五輪の切符は得られず

 彗星のごとく現れ、学生ながらリオ前年の全日本選手権を制すると、勢いそのままにオリンピック本番で銀メダルを獲得――。太田忍(ALSOK)は「東京オリンピックこそ金」と大いに期待されていた。

 だが、本来のグレコローマンスタイル60キロ級は、代表争いで太田に勝った文田健一郎(ミキハウス)が9月の世界選手権で優勝を飾り、早々とオリンピック代表に内定。太田はやむなく67キロ級にアップして再挑戦となった。

 しかし、決死の覚悟で挑んだ全日本選手権で、まさかの初戦テクニカルフォール負け。7キロの増量について「体調は万全」と語っていたものの、人生初の1回戦負けを喫し、「東京オリンピックの”と”の字もない。何から考えていいのかわからない」と試合後は呆然としていた。

 また、女子でも衝撃的な出来事が起きた。

 世界選手権で3連覇を成し遂げ、翌年のリオでも金メダルを獲得――。”吉田沙保里の妹分”として一躍、国民的ヒロインとなった登坂絵莉(東新住建)も、東京オリンピック行きが消滅した。

 今大会前、女子50キロ級は須崎優衣(早稲田大)、入江ゆき(自衛隊体育学校)、そして登坂による「三つ巴の戦い」と報じられていた。しかし、登坂は6月の全日本選抜選手権で須崎にテクニカルフォール負けしたのに続き、今大会の準決勝でも須崎相手にまったく攻めることができず、0-6の完封負け。「これがいっぱい、いっぱいだった。終わったな……」と涙を流した。

 また、登坂と同じくリオで金メダルに輝き、今後の日本女子レスリングを引っ張る存在として期待されていた女子68キロ級の土性沙羅(東新住建)も、この全日本選手権で下剋上を食らった。

 肩を痛めて本来の調子からは程遠い状態で臨んだ6月の全日本選抜選手権。終了間際の逆転で勝利は掴んだものの、世界選手権では3回戦で敗れて5位。ただ、オリンピック出場権はなんとか死守したため、今大会で優勝して代表内定を勝ち取る予定だった。

 ところが、初戦から土性は高校生相手に大苦戦する。そして準決勝では、復帰した伊調馨のスパーリングパートナーを1年間務めてきた20歳の森川美和(日本体育大)に完敗。試合後は「頭では『タックルに入ろう』と思っても身体が動かない。なんでだろう……」と肩を落とした。

 68キロ級のオリンピック出場権はすでに日本が獲得しているため、誰が国内の代表に選ばれるかは2月1日のプレーオフで決定する。果たして土性は、森川にリベンジすることができるだろうか。

 その一方で、東京オリンピックへ向けて明るい材料もある。それは、若手の台頭だ。

 準決勝で登坂を撃破した20歳の須崎は、決勝で入江も破って優勝。試合は2-1と僅差の判定だったが、6分間の息詰まる大熱戦を見事に制した。

 7月の世界選手権・代表決定プレーオフで敗れたあとも決してあきらめず、入江が世界選手権で代表内定を逃す「0.01%の可能性」を信じ、日々タックル練習を繰り返してきた。その結果、須崎の手が決勝の舞台で高々と掲げられた。

 男子では、フリースタイル65キロ級の乙黒拓斗(山梨学院大)も輝きを放っていた。

 2018年、乙黒は日本男子最年少19歳10カ月で世界選手権を制覇。しかし、連覇の予想された今年の世界選手権はケガの影響もあり、メダルに届かず5位に終わってしまった。

 それでも、「判定に一喜一憂せず、常に冷静でいられるよう、メンタルも鍛え直して」臨んだ今大会、乙黒は1回戦から圧倒的強さを見せる。まったく危なげない試合で勝ち上がり、決勝戦でも見事なフォール勝ち。東京オリンピック代表内定を掴み取った瞬間、乙黒は思わず雄叫びをあげた。

 また、2歳年上の兄・乙黒圭祐(自衛隊体育学校)も、フリースタイル74キロ級の決勝で高谷大地(自衛隊体育学校)を破って優勝を果たした。その結果、今年の世界選手権で5位入賞してオリンピック出場権を獲得したにもかかわらず今大会1回戦負けを喫してしまった奥井眞生(自衛隊体育学校)と、2月1日にプレーオフを行なう。それに勝てば、兄弟同時オリンピック出場となる。

 全日本選手権終了時点、オリンピック代表に内定しているのは以下の6選手だ。

男子グレコローマンスタイル60キロ級/文田健一郎(ミキハウス)
男子フリースタイル65キロ級/乙黒拓斗(山梨学院大)
女子53キロ級/向田真優(至学館大)
女子57キロ級/川井梨紗子(ジャパンビバレッジ)
女子62キロ級/川井友香子(至学館大)
女子76キロ級/皆川博恵(クリナップ)

 世界選手権でオリンピック出場権を得られなかった階級は、来年3月に中国・西安で行なわれるオリンピック・アジア予選で出場枠の獲得を目指す。この大会には、女子50キロ級を制した須崎、リオ五輪銀メダリストの男子フリースタイル57キロ級・樋口黎(日本体育大助手)、全日本選手権9連覇を果たした男子フリースタイル86キロ級・高谷惣亮(ALSOK)ら10選手が出場する。

「オリンピック代表選手の決定は、早いほうがいいのか、遅いほうがいいのか」

 ロンドンオリンピック前の2010年、日本レスリング協会の福田冨昭会長に直接訊ねたことがある。すると、福田会長は迷わず次のように即答した。

「金メダルの可能性が高い選手にはできるだけ早く内定を出して、オリンピックに向けて準備や調整をさせてやりたい。だが、それ以外の選手は最後まで内定を出さず、とことん競わせたほうがオリンピック本番でいい成績をあげられるだろう」

 会長の考えどおりなら、世界選手権で金メダルを獲得した文田や川井梨紗子には早くから内定を出し、出稽古や海外への武者修行など自由に調整してもらえばいい。

 問題は、世界選手権で優勝できなかった向田(銀メダル)、川井友香子(銅メダル)、皆川(銀メダル)にも同じタイミングで内定を出したことだ。3人は全日本選手権の出場を辞退しており、おそらく来年6月の全日本選抜選手権にも出場しないだろう。

 だが、今大会の1回戦から繰り広げられた激しい代表争いを見ると、彼女たちもあの渦の中に放り込まれて切磋琢磨したほうがよかったのではないだろうか……そう思えてならない。その判断がよかったのか悪かったのかは、来年8月の東京オリンピック本番で明らかとなる。