全日本選手権SPでノーミスの演技を披露した宇野昌磨

 演技後、いつものように後ろ手に組んで話をする宇野昌磨は、顔を上気させていた。無数の汗がしたたり落ち、それを手で拭った。

「それほど自信があったわけではないですが、今シーズンで一番良い状態なのは間違いないです。ようやく元に戻れました」

 宇野は感慨深げに言って、こう続けた。

「どん底を経験したから、いつもと違う考えを持てるようにもなりました。練習から、楽しくできるようになって。できたから楽しい、じゃなくて。跳べなくても、笑っていられるようになりました」

 スケーターとしての充実感が滲み出るような笑みだった。

 今シーズンは、コーチ不在で不振を極めていた。失意を味わった。同じ景色でも、見える景色は違うはずだ。

 宇野が闇の世界から戻ってきた。

 12月20日、代々木第一体育館。男子ショートプログラムで、宇野は第4組の1番手だった。

 6分間練習、宇野はリンクの外で島田高志郎と大型モニターを眺めながら、白い歯を見せていた。ふたりは気が合うのだろう。リンクに入ってからも、親密さが伝わった。

 今シーズン、コーチ不在で不調に悩んでいた時、宇野は島田のいるステファン・ランビエルコーチのスイス合宿に参加した。来シーズンからは、島田と”同門”になるはずだ。

「(ランビエルの指導を受けた)グランプリシリーズのロシア大会から、ようやくスタートを切れました。それまでは地に足がつかず、スタートできていなかったと思います。昨シーズンは練習でできても、試合でできない、だったですが。今シーズンは、練習でできず、試合でもできていなかった」

 再びスケートを楽しめるようになったことで、宇野は魔法をかけてもらったように力を取り戻した。

 この日も、本番前から落ち着いていた。冒頭の4回転フリップが練習では2度うまくいかなかったが、すぐにリンクサイドに戻る。そしてテープで靴をきつく巻き直した。

「かたく巻けば跳べるかな、と思ったので。6分で時間はなかったですが、無駄にしてもやるべきだって思いました。その後の練習では跳べて」

 そう語る宇野は、腹を括っていた。

「あとは、(試合は)うまくいく、いかない、は運もある、と思っていました。練習で100%、成功しているわけではないのに、試合で100%跳べるはずがないって。なのに試合で失敗して落ち込むなんて、自分に期待しすぎているというか、高望みしているだけなんだと気づきました。だから、たとえ失敗しても、そこを引きずらないように、と思っていました」

 演技直前、宇野はリンクサイドのランビエルコーチと言葉を交わしている。束の間、静寂に包まれた。音がないという音があった。「Great Spirit」がけたたましく会場に流れると、ほとんど同時にスタンドから拍手が湧き起こる。彼は、4回転フリップを鮮やかに決めた。その姿に、拍手が強く鳴り、むせぶような声が漏れる。続けざま、4回転トーループプラス2回転トーループも成功した。

 後半、宇野は得意のクリムキンイーグルで会場を盛り上げると、トリプルアクセルも完璧に降りた。3.20点のGOE(出来ばえ点)をもらうほどだった。ドラムをたたくようなしぐさで、締めくくりに最大限に会場のボルテージを上げる。そして滑り終わった直後、右腕を振り下げ、ぴょんと跳ね上がった。喜びがありあまっていた。

 ショートは、105.71点の高得点で2位につけた。

「本当は、4T+2Tのところは、4T+3Tにもできたはずで。そこは逃げてしまった、というより、やってしまったな、という感じですかね。(そう思ったら演技中に)軽く笑いが出てしまいました」

 宇野は達観し、無邪気に滑りを楽しむことができていた。思わず、笑みが洩れるほどに。それは昨年の全日本のように、ケガを押しても全力で挑む苛烈な演技とは、少し別のものだった。苦難を乗り越え、一つの高みに達したのか。

「ステファン(・ランビエル)は試合よりも、日ごろの練習での存在が大きいかもしれません。スケートを楽しむ、という気持ちを僕に戻してくれた。コーチがこう言っているから、これをする、よりも、このコーチのために、一緒に戦っていきたい、という気持ちになっています」

 彼はそう心境を明かした。

 宇野は、多分に感覚的なところがある。それだけに、周囲の影響も受けやすい。感情量が巨大なため、もてあますところもあるが、気分がポジティブな方向に動くと、一気に好転するのだ。

 翌日の公式練習でも、宇野は状態の良さを見せていた。フリーの曲かけでは、「Dancing On My Own」のリズムに乗って、4回転トーループ+2回転トーループの連続ジャンプなどを次々に着氷。安定感が戻っていた。

「ここに戻ってこられてよかったです。楽しく滑り終えられたら」

 12月22日、フリースケーティング。後顧の憂いはない。昨年の王者である宇野は、全日本4連覇に挑戦する。