全日本フィギュアスケート選手権を控え、宇野昌磨は取材エリアで記者の質問を受けていた。表情は柔らかく、肩に力が入っていない。その場に立つ彼は、少しもストレスがないようだった。



全日本選手権の公式練習で調整をする、宇野昌磨

 12月18日、代々木第一体育館。公式練習では、4種類の4回転ジャンプに成功していた。気負わず、余裕があるというのか。自分の力を信じ、踏み切れているようだった。

「(羽生結弦、髙橋大輔がそろった全日本は)一生に一度しかない場だと思っています。どういう試合になるのか。自分も含め、予想がつかない。出る側も、見る側も楽しみな試合」

 そう語る宇野の声は、くすぐったいほど弾んでいた。

 今シーズン、宇野はコーチ不在の影響もあって、重度の不調だった。グランプリ(GP)シリーズ初戦となったフランス杯では、ショート、フリーでミスを連発。次々にジャンプで転倒し、予想外の8位に終わり、この時点でファイナル進出が絶望的になった。

 しかし、スイスでステファン・ランビエルコーチの手ほどきを受けた次のロステレコム杯では、短期間で別人のように復調していた。深刻なスランプから抜け出し、4位と健闘。信頼できる指導者と出会えたことによって、彼は活力を得て、滑りを取り戻したのだ。

「今シーズンはごたごたで始まりましたけど、気づけば地に足が着いたというか。今後、決まって発表があるかと思うので、どこまで言っていいのかわからないですけど、(来季は)ステファン(・ランビエル)のところで……もう、言っちゃった!」

 宇野が自ら告白したことで、その場は華やいだ。うれしくて、楽しくて、我慢できない。高ぶりを抑えられない様子だった。

「(ランビエルコーチのいる)スイスは(人が)あったかいところで。(島田)高志郎くんもデニス(・ヴァシリエフス)も真面目で、一生懸命スケートに向き合うタイプなので、僕も影響されるというか。やることはやるけど、優しさもあって。自分が求めていた環境だと思います。(練習は)プログラムを最低でも1回は通して、できないところを復習して、たまに細かくステップやスピン。ひとりではやれない練習ができているな、と思います。(自身の)GPシリーズ第2戦から、ようやくシーズンをスタートすることができました」

 彼はコーチの重みを思い知った。それは、苦難の日々があったからこそ、だろう。

 ただ、彼の本質は変わらない。

 宇野は、自分の生き方に対して我が強く、強情とも言える。象徴的なのが、昨年の全日本選手権だろう。ショート、フリーをどちらも、歩行がままならないような右足首捻挫を押して戦った。少しも甘えず、鮮烈な優勝を飾ったのだ。

「6分間練習は、あまりに何もできず、笑っていました。ただ、ケガをしたことで、つらい、悲しいという気持ちを出しても、誰も得はしない。これはやるしかないって思えて。そこまで追い込まれた時、初めて本当に自分を信じられたのかもしれません」

 宇野は全日本が終わったあと、その心境を明かしていた。

 まさに、鬼気迫る演技だった。痛みを振り払うようなジャンプで、見事に着氷した。プログラムも、1ミリも妥協していない。たとえばフリップは右足の負担が強いため、より軽いサルコウに変える選択肢もあったが、ほんの少しも逃げなかった。

「自分が治る、と思えば必ず治る、と信じていました」

 後ろ手を組んで言った彼は、ふんわりとした外見とは裏腹に、古武士のように硬骨だった。その頑固さが、彼に火事場の力を授けたのか。リンクの上では、自分自身の命を燃やすような激しさで頂点に立った。

―なぜ、そこまで滑りたいの?

 心配したコーチに問われた時、彼は即答したという。

「これが僕の生き方なので」

 勝負の鬼の影を感じさせた。

 今シーズン、宇野はコーチ不在で違う境地を得ただろう。対話してくれるコーチは欠かせない。人の力が必要なこともある。

 しかし、彼の本質は同じだ。

 今シーズン、ひとりで滑っている間も、彼は敢然と戦いを挑んでいた。そして演技そのものは失敗したにもかかわらず、会場からは喝采を浴びている。それは、真っ直ぐな彼の生き方が、人に愛されるからだ。

 全日本3連覇の王者として、宇野は大会に挑む。ショートは4回転を2本、フリーは3本を跳ぶ。公式練習では、どれも着氷していた。仕上がりは悪くはない。

―東京五輪の聖火ランナーに選ばれたことについてどう思うか?

 その質問に、彼はリップサービスなしで答えた。

「どれだけ大きなことでも、自分は目の前の試合がいちばん大事で。(全日本以外)ほかのことは考えられません」

 宇野が臨戦態勢に入った。