宮司愛海連載:『Manami Memo』 第6回

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フィギュアスケートについて語った西岡アナと宮司アナ

 フジテレビの人気スポーツニュース番組『S-PARK』でメインキャスターを務める宮司アナの連載『Manami Memo』。第6回のテーマは「フィギュアスケート」。今回は少し趣向を変えて、「全日本フィギュアスケート選手権」の中継で男子シングルの実況を担当する西岡孝洋アナに加わってもらった。

 今年の9月から10月にかけて行われたワールドカップバレーでは、毎日のように現場で顔を合わせた西岡アナは、宮司アナにとって大先輩であり、じつはふたりとも九州出身。しかもアナウンス室での席は隣同士だ。

 そんなふたりに互いの印象を聞いたところ、西岡アナ曰く「宮司は、とにかく”九州の女性”というイメージで常に一生懸命。努力家で、よくも悪くも自分の努力に裏打ちされたことしか信じていないところがちょっとある」。

 一方、宮司アナの西岡アナに対する印象は「仕事に厳しい先輩ですが、その分だけ取材対象者やスタッフからも厚く信頼されていて、私のお手本です」。

 フィギュアスケート中継に携わって2年目の宮司アナが、その道16年!という西岡アナに話を聞きながら、フィギュアスケート中継の醍醐味について語った。

宮司 西岡さんはフィギュアスケート中継に、いつから関わるようになったのですか?

西岡 僕が最初に携わったのは、2004年にドルトムントで行なわれた世界フィギュアスケート選手権。もう16年も経ってしまい、当時のスタッフで今も残っているのは、僕と数名くらい。

宮司 その大会で優勝したのは、荒川静香さんでしたよね?

西岡 そう。まだトリノ五輪で金メダルを獲る前で、国内では実力のある選手として知られていたけど、国際大会ではダークホース的に見られていた。だから、当初は優勝するとは思っていなかったけれど、現地での練習が毎日完璧だった。「これは、もしかすると…」と思っていたら、あれよあれよという間に金メダルを獲得した感じだった。

宮司 その時から実況担当だったのですか?

西岡 いやいや、当時はいまの宮司が任されているリポートを担当していました。

宮司 西岡さんにもそんな時期があったんですね!

西岡 あった、あった。ヒソヒソ声でリポートしていましたよ。

宮司 あのリポートはすごく緊張しませんか? 会場の独特の空気感が緊張感を増幅させるのかなと思っているんです。

西岡 そういう面はあるかもしれない。僕はあのリポートで選手に笑われたことがあるんですよ。収録用に「緊張感があるなか選手たちは……」とリポートしていたら、近くにいた荒川選手に「緊張していないよ」と笑われて。

宮司 そこからキャリアを積み重ねて16年間、皆勤賞ですよね。フィギュアスケートの実況アナウンサーの中で、一番長い経験があるんですよね。

西岡 何がすごいって、この16年間で1度もインフルエンザにならなかったこと。

宮司 確かにそれはすごい(笑)。絶対に選手にうつすわけにはいかないから、神経を使いますよね。

西岡 誰かが咳(せき)をしただけで「ん?」という空気になるくらい、中継チームは緊張感があるから。宮司はフィギュアスケートに携わって2年目? 3年目?

宮司 2年目です。去年の全日本フィギュアスケート選手権から中継に携わっています。

西岡 でも、2017年にあった平昌五輪代表選考会だった全日本フィギュアスケート選手権には来ていたよね。

宮司 はい。あれが初めてのフィギュアスケートの現場でした。もともとテレビ中継でよく見るほど好きで、初めて会場で見られることに浮き立った気持ちで行ったら……。現場に満ちている緊張感にすごく驚かされたことを覚えています。会場もだし、中継チームにも張り詰めたものがありました。

西岡 五輪選考会を兼ねると、張り詰めた空気感は一段階あがるから。

宮司 スポーツの現場は「習うより慣れろ」が大事と思っているのですが、フィギュアスケートの場合だけは、「慣れる前に学ぶ」ことも重要だなと思う空気感でした。西岡さんやスタッフから事前にもらうアドバイスや指示はすごく助かっています。

西岡 僕がフィギュアスケート中継に携わり始めた頃は、そうした先駆者がフジテレビにはいなくて。それまでフィギュアスケートはTBSが放送していたから。たまにNHKも中継をしていたけれど、いまのような中継スタイルが確立されていたわけではなかったから、一から自分たちで試行錯誤しながらつくる難しさがありました。

宮司 一番大変だったのは何ですか?

西岡 基本的なスタイルは他と変わらないけれど、こういうところで盛り上げて、こういう感じのコメントを入れようっていうのは試行錯誤したこと。盛り上げようと言葉を発すると「うるさい」と言われたこともあるし、ベストなタイミングで発しても言葉数が多すぎると駄目だなと感じさせられることもあった。

 失敗を繰り返しながら、最適と思われる言葉数を探していくのは大変でしたね。だから、いまの若手アナウンサーが1回目からベストな答えを持ってくると、「すごいな」と感心しながらも、そのフォーマットがあるのは、僕が踏み慣らして、耕したからだぞって思ったりもする(笑)。

宮司 そうなんですね(笑)。私は、フィギュアスケートファンの方々は競技にとても詳しい方が多いので、どういう言葉を選ぶかの判断が難しいなと思っていて。感じたことをそのまま伝えるのが正しいことなのか。この表現が最適なのか。答えがわからなくなってしまう苦しみがあります。

西岡 そこは難しいし、考えさせられるよ。ファンにはそれぞれ好きな選手がいて、すべての方を不快に感じさせないコメントをするよう意識を持っておくことが大事。これはフィギュアスケートに限らず、すべての競技に通じることだと思う。

宮司 本当に難しいです。

西岡 僕もいろんなことにチャレンジしながら、16年かけてここに辿り着いた。だけど、まだまだ実況アナウンサーとしてのベストな形は他にあるかもと思っていて。まずはベーシックなスタイルを身につける。そこから足したり引いたりをしながら独自性を築いていくしかないんじゃないかな。

宮司 去年初めて、全日本フィギュアスケート選手権で、競技直後の選手にインタビューする仕事をしたのですが、質問を3つ、4つすることが、こんなにも難しいのかと改めて気づかされました。いい演技ができた選手ばかりではなく、涙でボロボロの選手にもインタビューしなければいけない。『悔しい』と思っている選手になんて言葉をかけるのか、すごく悩みました。

西岡 インタビューは勝者に対するよりも、悔しい結果に終わった選手の方がはるかに難しいから。フィギュアスケート以外の競技の選手に聞いたことがあるんだけど、そういう時にはピンポイントで聞いてほしいそうだよ。

宮司 「あのジャンプのときは、どうでしたか」ということですか?

西岡 限定した答えになる質問をしてもらいたいということらしい。「競技を終えて今の気持ちは?」と訊ねると、漠然としすぎていて「悔しい」としか言えないそうなんだよ。たとえ失敗のことであっても、質問の範囲をもう少し限定してくれると、悔しい以外の言葉で話しやすくなる。

宮司 私のイメージだと、選手は失敗には触れられたくないのかなと思っていました。

西岡 最初の質問でいまの気持ちを聞いて、我々の側から話の流れをつくるように持っていくためには、ある程度は踏み込んだ質問をする必要はあるかもしれない。

宮司 難しいですね。

西岡 難しいよ、フィギュアスケートは。だって、彼らが戦っている相手は常に自分自身だから。

宮司 そうですね。もちろん採点競技で、点数では戦っているけど、一番は自分がいかにいい演技をするかですものね。

西岡 そこが他の競技と違うところで、極論を言えば、自分自身の最高の演技ができれば、全員が勝者でもいい。だからこそ、僕は選手の演技が終わった直後に発する最初のひと言にすごく気を遣っている。その演技に対して日本で一番最初に感想を言うのが、実況アナウンサーだから。

宮司 そのひと言にみんなの印象が引っ張られることもありますもんね。

西岡 そう。たとえばジャンプが7本あって、6本は成功したけど1本失敗したとする。選手本人はすごく悔しそうな表情をしているから「悔しい演技でした」と言うのか、それとも6本の成功に目を向けたコメントを発するのか。そういう判断も実況アナウンサーには必要になってくる。

宮司 そのときに選手の気持ちに寄り添うには、選手のことをちゃんと知っておかないと難しいですね。選手それぞれのストーリー。例えば、そのシーズンにケガをしていたのを乗り越えてきたことを知っているか、知らないかで、言葉は変わりますもんね。

西岡 そう。だからこそ、宮司もやっているけれど、我々は選手に関して目を通せるものはすべて読む。そのうえで、演技後に「点数は悔しいですね。でも2種類のジャンプは飛べましたよ」と言ってあげられるかどうか。そこが我々の勝負のポイントだから。

宮司 私がそれをやっているのは、西岡さんがそれをすれば、いい仕事につながると立証してくださっているから。伝えがいのある競技です。

西岡 あと演技後の最初のひと言って、アナウンサーの役割から少しだけ外れることが可能なんだよね。自分の気持ちをちょっと出せるでしょ。「よく頑張りました」と言ってもいい。

宮司 その選手のことをずっと見てきたからこそ、許される瞬間はありますもんね。

西岡 そのちょっとしたひと言に喜びを感じながら16年(笑)。

宮司 フジテレビのフィギュアスケートの中継チームの取材量って、ものすごく多いですよね。

西岡 ディレクターが取材した文字起こしを読み、雑誌のインタビュー記事をチェックする。それに自分でも練習を取材に行く。ちょっとした雑談でいいから選手から直接話しを聞く。「今年はマジで緊張する」程度の言葉でも、選手から生の声で聞くと、どんな気持ちでシーズンに臨んでいるかが見えてくる。そうした言葉の積み重ねが、今後につながっていくから。

宮司 だから、デスクで会うのが1カ月に1度くらいなんですね(笑)。

西岡 あはは。宮司も取材に出ていることが多いし(笑)。全日本選手権の出場選手は、東日本選手権と西日本選手権の結果で決まる。僕はその予選の段階のブロック大会から取材に行っているから。そこだからこそ聞ける話があるから。

宮司 私はジュニアの大会も含めて、少しずつ現場に足を運ぶようになって、知り合いが増えて、話を聞けるようになってきて楽しくなってきたところで。スポーツ取材の醍醐味が詰まっている競技だなと感じています。

西岡 思い入れを持つようになると、さらに楽しくなるし、そこに年季が加わるともう抜け出せなくなる(笑)。

宮司 フィギュアスケートの大会で特殊だなと思うのは、朝に練習してから本番までの間で氷に乗るのは、本番前の6分間練習しかないということ。すごくシビアな競技ですよね。

西岡 だからこそ、練習を見るのが楽しい。2010年のバンクーバー五輪では10日間くらい練習を見に行ったのだけど、試合前の駆け引きがあって。髙橋大輔選手を含めた選手たちが練習していると、エフゲニー・プルシェンコ選手が現れて、他の選手たちに見せつけるように4回転を4回ほど飛んだら、さっさと帰っちゃう。その間、15分くらい。残された選手たちは「すげーな」的な空気になる、そこがおもしろいんだよね。

宮司 そういう駆け引きは練習のときからあるんですね。

西岡 フィギュアスケートは大会期間中、指定以外の場所で練習できないから。駆け引きだけではなくて、10日間もあると選手の調子の波が下がったのか、もう一度上がったのかも確認できる。練習にはものすごく大事な情報が詰まっている。

宮司 練習をご覧になるファンもいらっしゃると思いますけど、それを見ていない方のほうが大多数で、練習がどうだったのかって伝えるのも価値がありますよね。

西岡 本番前の6分間練習だって、すごく緊張感あるよね。

宮司 最終グループは特に。あの独特の緊張感はなんと言ったらいいのか。見ている側なのにいてもたってもいられないくらい緊張します。

西岡 6分間練習の時は、選手たちがリンク入口に集まるでしょ。その画を必ずカメラは撮っているんだけど、フロア担当から僕に『しゃべってくれ』と指示がくる。だけど、僕はあの緊張感が好きで、しゃべりたくない。

宮司 あはは。

西岡 だから毎回、黙っちゃう(笑)。実況アナウンサーはしゃべるのが仕事だけど、黙った方がいいこともあるし、時には黙ることも仕事。そう思わせるくらいの緊張感が、6分間練習にはある。

宮司 つくろうと思ってもつくれるものではないし、表情ひとつからいろんな思いは伝わってきます。あの瞬間は言葉で描写しなくてもいいかなと感じますね。

西岡 中継では他にも伝えるのを躊躇する情報もあるんだよね。特にスケート靴の問題はすごくデリケート。選手がいま履いているスケート靴が、合っている合っていないは大事なことだけど、日本の選手たちは道具のせいにしたくない思いがあるから、実際のところを言わないんだよね。ただ、関係者からは裏事情を聞いているからこそ、そういう選手が単にルッツを跳んだだけでもすごくうれしい。本当は視聴者にも共有してもらいたいんだけど、選手本人はそれを望んでいないから、難しい。

宮司 中継では無理だけど、ここだから言えることがあれば教えて下さい。

西岡 バンクーバー五輪のときの髙橋大輔選手もスケート靴が合わなくて苦しんでいたんだよね。

宮司 えーっ! そんな状況であの見事なステップを踏んでいたなんて。

西岡 本番では本田武史先生のスケート靴を履いていたそうだよ。それがハマってあの演技。

宮司 すごい! メダル獲得は本田先生の靴のおかげもあったんですね。

西岡 この前、本田先生に会ったら、「俺のおかげ」って。ただ、こういう裏側で起きていることを、なかなか伝えられないジレンマもあるのが中継なんだよね。

宮司 やっぱり取材力は大事ですね。知らないで伝えられないのと、知っていても伝えないのでは意味合いが変わりますもんね。

西岡 宮司はフィギュアスケートに関わったこの2年間で印象に残っていることはある?

宮司 中継を担当する前のことですが、平昌五輪で見た羽生結弦選手の演技はやっぱり忘れられないですね。演技そのものもですし、会場を包んでいたあの異様な空気感も。日本からも多くのファンが来ていて、みんなが祈っていて。それで、ひとつ目のジャンプを跳んで着氷した瞬間に、会場が一体になって「ウワ―」と盛り上がって。観客がひとつひとつの動きを祈りながら見つめている空気感に感動しました。

西岡 羽生選手にはケガというストーリーもあったからね。

宮司 はい。みんなが「どうか最後まで無事に滑り切って」と見守っているなかで、王者の風格を漂わせる演技を見せてくれて。あれを生で見られたというのは、私のスポーツキャスター人生にとっても大事な出来事でした。西岡さんはどうですか?

西岡 僕は自分で実況中に泣きそうになったことが1回だけある。それが2012年のニースでの世界選手権での羽生選手の演技。演技途中でこみあげてくるものがあった。

宮司 2012年のフリープログラムは『ロミオとジュリエット』でしたね。

西岡 そう。ステップの途中にリンクのくぼみのせいで転んで、羽生選手がそこから立ち上がって「ウォー」って叫んだ時に、グッとくるものがあって。東日本大震災から立ち上がろうとする人たちがオーバーラップしたんだよね。本人は被災者代表みたいな言われ方を嫌がるけれど、当時の羽生選手は17歳。やっぱり忘れられないよね。

宮司 たくさん取材して思い入れがあると、なおさらですよね。西岡さんは落ち着いたイメージがあるのですが、実況しながらも感情は動いているんですね。

西岡 もちろん。それを抑えるように努めているけど、興奮したこともあるよ。バンクーバー五輪のショートで髙橋選手を実況していたとき。

宮司 フリースケーティングじゃなくて?

西岡 フリーは髙橋選手がメダルを獲れるかわからない状況にあって、どういう言葉を選ぼうかというほうに意識がいっていたから興奮できなかった。だから、銅メダルを獲得した時に「獲れてよかった」とホッとしたくらい。でも、ショートでいいポジションにつけなければメダルに届かないから、ショートの演技が終わった後でマイクの音量をオフにして「やったー!」と喜んでいたよ。

宮司 順位に関係なく、心を打つ演技はありますもんね。

西岡 2012年の全日本フィギュア選手権で2位になったときの髙橋選手の『道化師』の演技は、まさにそれだったよ。

宮司 そのシーズンに選手が辿ってきたストーリーを、観客の方たちもちゃんと知っていて、それによって会場の雰囲気もつくられていますよね。順位ではなく、いい演技だったかを見守っている。すごいなって思います。

西岡 そこも含めてのフィギュアスケートだから。選手の一挙手一投足を観客が見ているからこそ、会場がひとつになったときのパワーがすごいんだよね。

(第7回につづく)

Profile
西岡孝洋(にしおか・たかひろ)76年2月13日生まれ
1998年フジテレビ入社
佐賀県出身。血液型:A型
入局以来、数多くのスポーツ実況を担当。フィギュアスケートには、2004年世界選手権のリポート、2004年全日本選手権の実況から携わっている。選手の細かな情報まで網羅した実況がファンにも好評を得ている。

宮司愛海(みやじ・まなみ)91年7月29日生まれ
2015年フジテレビ入社
福岡県出身。血液型:0型
スポーツニュース番組『S-PARK』のメインキャスター。スタジオ内での番組進行だけでなく、現場に出てさまざまな競技にふれ、多くのアスリートに話を聞くなど取材者としても積極的に活動。フジテレビ系東京2020オリンピックのメインキャスターを務める。