2年に一度、ゴールボール(※)のアジアパシフィック地域チャンピオンを決める大会、「2019 IBSAゴールボールアジアパシフィック選手権大会」が12月5日から6日間にわたり、千葉ポートアリーナ(千葉市)で行なわれた。女子は最終日の決勝戦で…
2年に一度、ゴールボール(※)のアジアパシフィック地域チャンピオンを決める大会、「2019 IBSAゴールボールアジアパシフィック選手権大会」が12月5日から6日間にわたり、千葉ポートアリーナ(千葉市)で行なわれた。女子は最終日の決勝戦で世界ランク4位の日本が同2位の中国を2-1で破り、大会3連覇の偉業を達成。「アジア女王となって東京パラリンピック出場」という目標も果たした。
※3人1組でセンターラインを挟んで2チームが向き合い、鈴入りの特製ボールを相手ゴールに向かって投げ合って得点を競う。選手は目隠し(アイシェード)をして視覚を完全に遮断し、「音」を頼りに戦う。
今大会、全試合でセンターを務めた高橋利恵子(左から2番目)
中国は予選ラウンドで0-2と完封され唯一黒星を喫した相手。雪辱を期した決勝で日本は、前半開始13秒でライトウィングの天摩由貴キャプテンが床を這うグラウンダーのボールをクロスに投げ込み、先制点を奪う。続く3分過ぎにもレフトウィングの欠端瑛子が得意のバウンドボールをストレートに決め、追加点。崩したのはいずれも中国の左サイドだった。
だが、世界屈指の攻撃力を誇る中国も諦めない。前半残り3分20秒、センターのシュー・ミンヤオが捕球後に速攻を仕掛け、意表をつかれた日本守備陣は対応しきれず、1点を返された。
ここで踏ん張れるのが今の日本の強さだ。追加点を狙って多彩なボールを投げ込む中国の猛攻を日本は「3人の強固な壁」でしのぎ、1点差を守り切った。約15分間の息詰まる攻防から解放された日本チームはベンチスタッフも加わった全員で円陣を組み、互いの健闘を称え合った。
試合後、市川喬一ヘッドコーチ(HC)は、「『左サイドを狙えば、必ず抜ける』という情報班の分析に従い新しい(戦略)プランを作り、その通りに戦えた」と選手やスタッフを称えるとともに、準々決勝で中国に惜敗したリオパラリンピック以降、メダル奪還を目指し強化に取り組むなか、重視していた今大会で、「結果を出せたから、次のステップに進める。今後もチーム一丸で頑張りたい」と力を込めて話した。
3連覇とはいえ、6勝1敗のうち4試合は1点差での勝利と緊張を強いられる試合も多かったが、得点されても大きく崩れることはなく、少ない得点チャンスを逃さず戦った。
天摩キャプテンは、「東京パラも楽な試合はひとつもないと思う。一戦ずつ戦いながらチームとして成長し、表彰台の一番高いところに上がれるよう、さらに強くなりたい」と意気込みを口にした。
■自覚と自信をつかんだ、期待の新星
市川HCは今大会を振り返り、代表6選手それぞれが持ち味を発揮したと称えた上で、なかでもタイトルのかかる国際公式大会では初めてセンターに入り、定評ある日本守備の要として全試合フル出場を果たした高橋利恵子を、「緊張もあったなか、自責点ゼロ。若いセンター1枚で、今大会(全7試合)を乗り切れたことは意味がある」と評価した。
高橋自身も、「課題だった失点をなくすために守備フォームの改善に取り組んできたが、その成果が発揮できたのはよかった。自分なりにしっかり守れて自信になった」と充実の表情で大会を振り返った。
1998年、広島市に生まれた高橋は目の難病により幼い頃から弱視で、中学は広島市の特別支援学校で学び、高校は東京の筑波大学附属視覚特別支援学校に進んだ。ゴールボールと出会ったのは高2の時。同校ゴールボール部から、「試合のメンバーが足りない」と声をかけられたのがきっかけだ。3年時は受験勉強などもあって競技を離れたが、大学入学後の2016年春に復帰。徐々に頭角を現し、日本ゴールボール協会の強化指定選手にも選ばれた。
大きな転機は2018年6月。4年に一度開かれる世界選手権(スウェーデン)に臨む日本代表6名のひとりに初選出されたのだ。この時のポジションはセンターでなく、ライトだったが、市川HCは代表抜擢の理由を「高い守備力」とし、「センターの適性もある」と話していた。出場機会は少なかったが、たしかに安定した守備を披露した。
だが、当の高橋にセンター転向の可能性を尋ねると、「真ん中でボールを受け続けたり、指示を出したりなんて、私には無理。ウィングで点を取る方が楽しいし……」と、そんな答えが返ってきた記憶がある。
とはいえ、世界選手権から帰国し、以降の合宿から少しずつセンターでの起用が増えいくと、定位置になった。本人がセンターを強く志願したわけではないが、思い返すと世界選手権の時に背中を押される出来事があったという。「世界の得点女王」と称されるトルコのエース、セブダ・アルトノロクから、「ナイス・ディフェンス!」と声をかけられ、「うれしかったし、(自身の守備に)自信を持てた」と高橋は明かす。
今年に入ると、「センター高橋」は定着。春の海外遠征では試合での起用も増え、「世界女王のロシアを破って国際大会で銀メダル獲得にも貢献」(市川HC)するなど結果を出したことで、長年センターを担ってきた浦田理恵に替わり、10月に東京で開催された国際強化大会「ジャパンパラ競技大会」で、日本代表Aチームのセンターに起用された。
意気込んで臨んだジャパンパラだったが、自責点もいくつか記録してしまい、「せっかく選んでいただいたのに……」と悔しい大会になった。ボールを後ろに弾いてしまう脚の出し方の悪いクセや手先に来たボールを押し返せないなど守備面での課題がいくつか見つかった。それから2カ月、合宿や個人練習で課題克服に取り組み、「しっかり修正できたので、自信をもってやるべきことをやろう」と臨めたのが今大会だった。
市川HCによれば、決勝戦前夜に高橋はセンターの重圧について、「これをずっと一人でやってきた浦田さん、本当に尊敬……」と話していたという。大会終了後にセンターとしてやり遂げた感想を尋ねたときには、「めっちゃ楽しかったです。自分で点は取れないけど、点を取る動きに貢献できる」と満面の笑顔が返ってきた。「センターは無理」と言っていた高橋はもういない。
守備以外では、攻撃を組み立てて、両ウィングに的確に配球する「指令塔」の役割も担う。今大会2試合目のタイ戦後、市川HCから、「自分が(パソコンの)CPUのように、攻撃を組み立てるように」と指示を受け、次の中国戦は0-2で敗れたものの、両ウィングへの指示がコート外にも聞こえるほど声がよく出ていた。
受けた指示をすぐに取り入れられるのも高橋の強さだろう。目隠しで見えない状況で行なうゴールボールでは、メンバーとのコミュニケーションは不可欠であり、また、敵を音で惑わすことも重要な駆け引きのひとつだ。高橋は、声の掛け方や3選手が同時に足音を立てるフェイクなど、センターとしてウィングの得点を助ける創意工夫について「実戦の中でいろいろ試せたのはよかった」と手ごたえを口にした。
今大会を通してセンターとしての自覚も自信もつかみ、センターの面白さにも気づいた高橋の、さらなる成長に期待が高まる。
ゴールボールの登録選手は最大6名。東京パラの代表選手選考には、持てる力を出し切った今大会の代表に加えて、ほかの強化指定選手たちも入る。市川HCが「うれしい悲鳴」と吐露するほど選考は混とんとしてきたが、「アジア女王」の称号とともに、新たな武器を得て厚みが増した日本女子。悲願の金メダルを目指す東京パラまで、「チーム一丸」で高め合う。