〜第22回目〜
岩本憧子(いわもと・あこ)さん/26歳
スキー選手→スポーツキャスター志望

取材・文/斎藤寿子

※スポーツ庁委託事業「スポーツキャリアサポート戦略における{アスリートと企業等とのマッチング支援}」の取材にご協力いただきました。

シーズンを過ごす中、2022年の北京五輪に向けて、どうするのか? 

その答えを出すタイミングを岩本さんは見計らっていた。照準を合わせたのは、2018年8月のオーストラリア選手権。その大会でFISポイントを獲得することができれば、翌年2月に国内で開催されるワールドカップ代表選考会の出場権を得られる。これが、北京に向けて強化指定選手への復活の唯一の道だったのだ。

「オーストラリア選手権でポイントが取れれば、北京を目指そうと。取れなかった場合は、潔く辞めようと決めました。いつまでもダラダラとやることだけは避けたかったので、そこで答えを出すことにしました」

結果は、残念ながら0ポイントで終幕。しかし、意外にも落胆する気持ちは沸いてこなかったという。

「大会の前から現地に入って、後輩たちと一緒にトレーニングしていたのですが、みんなが滑っているのを見て『上手いな』と素直に感じている自分がいたんです。本来なら、悔しかったり落ち込んだりするはずなのに…そういう気持ちはなかった。そのことに気づいた時に『競技者として終わったのかもしれない』と思いました。絶対に勝つという闘争心というよりも、今ある力を出していこうというモチベーションで精一杯。それでは、勝負の世界で通用しません」

岩本さんは、素直な気持ちで“その時”を受け入れた。

オーストラリア選手権を最後に引退表明することも考えた。しかし、今まで応援してきてくれた人たちの前で”自分らしい滑りを見せる”ことが、精一杯の恩返しになると考え、2019年3月の全日本選手権を最後の舞台にすることを決めた。1年半という長い年月をかけて悩み、考えた末に出した答え。それが、2018年10月にSNSで発表した“引退宣言”だった。

引退の舞台となった全日本選手権では、結果的に表彰台には届かなかった。しかし、最後の一本を滑り終えた時、岩本さんに『後悔』や『悲しさ』は微塵もなかった。そこにあったのは『納得した気持ち』と『周囲への感謝』だった。

「いろいろと悩んで苦しい時期もあったけれど“やっぱりモーグルが好き”だと、心に刻めました。最後は友人や知人、そして家族が見守ってくれた中で滑ることができ、幸せな競技人生だったと笑顔で思えたんです」 引退をして数カ月がたった今、思うのは“モーグルをやり続けて良かった”ということ。

「五輪という舞台を目指してきて、結果的には叶わなかったけれど、一つの目標に向かって頑張ってきたということだけでも、すごく価値あることだなって考えられるんです。何かのために、その他のことを犠牲にして打ち込めることってそうそう無い。

でも、私にはそれがあった。その経験をさせてもらえたことに、感謝の気持ちでいっぱいですし、自信をもって素晴らしい16年間を過ごしたと胸を張れます。そして集中力や忍耐力など、競技を通して培ってきた力を、今後の人生に活かしていきたい。そうしなければ、勿体ないですからね!」

モーグルは冬季五輪では人気競技の一つだが、やはり競技生活を続けていくことは非常に難しい。そんな中、大学卒業後も競技に専念する環境を得ることができたのは、“運”と“縁”に恵まれたからだと感じている。しかしそれを手繰り寄せたのは、やはり岩本さん自身の力。

振り返って良かったと思うのは、大学時代という早い時期に自分自身を見つめなおす時間ができたことだったという。

岩本さんは2013年、大学3年の時に『マルハンWorld Challengers』というアスリートの挑戦をサポートするプロジェクトに応募。競技やアスリート自身をPRし、最終審査(公開オーディション)に通ったアスリートには協賛金が与えられるというもの。

最初のエントリーシートを作成する際、スキーへの思いや競技を続けることの意味、自身の強みなど、細部にいたるまで自分と向き合った。そこで競技への熱意を再認識し、それを言葉で表現し、どのように伝えればいいのかを真剣に考えることができたのだ。

現在、岩本さんは次の目標に向けて動き始めている。彼女が目指すのは、スポーツの情報や魅力を発信するメディア職だ。実は、以前から関心を抱いていたのだという。

「ある日、コーチに『なんで五輪を目指しているの?』と聞かれたことがあったんです。その時にいろいろと考えて気づいたのが、私は無意識にですが五輪で活躍して、その後にメディアに出て活躍したいという感情でした。五輪出場と、その次のメディアでの活躍。それらは私の中で自然と繋がっているんだなと。そして、それを目指している理由は何なのかなと思ったら、“岩本憧子という人間を最もよく知ってもらえる方法”だからなんじゃないかなって」

結果的に五輪出場というステップを踏むことはできなかったが、今度はメディアとして五輪の舞台に立つことを目標に人生を歩む予定。

「具体的には、キャスターの職に就けたらと考えています。選手の想いを、選手目線で報道できるのが、私の強み。16年間の経験が必ず役に立つはずです。ただ正直、何をどうすればメディアの職に就けるのか、はっきりした道はまだ見えてきていません(笑)。でも、今やれることを一つ一つやっていきながら、目標に向かって挑戦し続けていきたいと思っています。そういう意味では、五輪を目指していた時と同じだと感じています」

当面の目標は、札幌市が招致を目指している2030年冬季五輪。開催が決定し、再び日本列島に五輪の聖火が灯される日が訪れた際には、現地から選手たちの活躍を届けたいと目を輝かせる。16年間という競技人生を力に変え、岩本さんは今、次への一歩を踏み出す。

(プロフィール)
岩本憧子(いわもと・あこ)
1993年2月生まれ、大阪府出身。中京大学卒業。高校2年生の時に出場した全日本選手権デュアルモーグルで優勝。大学1年生の時にナショナルチームに初選出。2013年、ワールドカップ猪苗代大会で9位入賞。16年ワールドカップ秋田・たざわ湖大会14位などの成績を残し、2019年3月の全日本選手権で引退。

※データは2019年12月12日時点