11月7日、ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)のバンタム級決勝で井上尚弥(大橋ジム)がノニト・ドネア(フィリピン)を激闘の末に下した直後、井上とトップランク社との複数年契約が発表された。世界最大級のプロモーターの力を借り…
11月7日、ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)のバンタム級決勝で井上尚弥(大橋ジム)がノニト・ドネア(フィリピン)を激闘の末に下した直後、井上とトップランク社との複数年契約が発表された。世界最大級のプロモーターの力を借り、日本が生んだ”モンスター”は本格的にアメリカ進出を開始する。まだ26歳の王者の前には、無限の可能性が広がっている。
WBSS決勝の翌日、世界地図のアメリカを指さして撮影に応じた井上
今後、井上はどんな相手と戦っていくことになるのか。今回は来春以降に激突する可能性があるボクサーをピックアップし、”世界戦略”のシナリオを予想してみたい。
【対立王者】
・WBC王者 ノルディ・ウバーリ(フランス/33歳/17戦全勝(12KO))
・WBO王者 ゾラニ・テテ(南アフリカ/31歳/28勝(21KO)3敗)
WBA、IBFのタイトルを保持する井上がもっとも期待されているのは「統一戦路線」だろう。そこで最大のターゲットになるのは、ウバーリ、テテというふたりのサウスポー王者だ。
ウバーリが所属するMTKグローバル、テテを抱えるフランク・ウォーレン・プロモーターはどちらもトップランク社と提携関係にあり、井上とのマッチメイクは非常に容易。トップランク社と独占放映契約を結ぶESPN系列の好カードとして、2020年に実現する可能性も十分にある。特にウバーリは、ドネア戦のセミファイナルで弟の拓真を下し、井上との間に因縁が生まれたのも大きい。
「この戦いの前に弟が負けています。拓真の仇を取りたい。統一戦をやりたい」
実際に、ドネア戦後のリング上で井上はそう述べた。人間ドラマ好きのESPNも、”弟のリベンジ”というわかりやすいストーリーを、ドキュメンタリーフィルムなどで上手に料理してくれるはずだ。日本人vsフランス人という、アメリカに関係のないカードでも、それなりに話題になるのではないか。
もっとも、来春と目される次戦でこのカードが用意される可能性は低い。
「焦ってビッグファイトを組もうとする必要はない。まずは井上のケガが癒えるのを待ち、その後に適切な相手と対戦させたい」
トップランク社のトッド・ドゥブーフ社長は筆者にそう語り、ドネア戦で骨折、カットを経験した井上の契約初戦は、やや軽めの相手になることを示唆した。さらにウバーリには、11月23日に挙行されるエマニュエル・ロドリゲス(プエルトリコ)vsルイス・ネリ(メキシコ)の勝者との指名戦が義務づけられている事情もある。だとすれば、井上戦は早くても来夏以降かもしれない。
一方、ケガでWBSS準決勝のドネア戦をキャンセルしたテテは、11月30日に英国でWBO暫定王者ジョン・リール・カシメロ(フィリピン/30歳/28勝(19KO)4敗)との対戦が決まっている。この試合を前評判どおりにクリアすれば、井上との統一戦が視界に入ってくるだろう。タイプ的にはウバーリよりもやりにくそうなテテだが、米国内での知名度、話題性はゼロ。井上との対戦を盛り上げるには、井上がウバーリに勝つのを待ち、4団体統一戦として売り出すのがベストのようにも思える。
【ビッグネーム】
・元WBC王者 ルイス・ネリ(メキシコ/24歳/30戦全勝(24KO))
・元WBA、WBO世界スーパーバンタム級王者 ギジェルモ・リゴンドー(キューバ/39歳/19勝(13KO)1敗)
上記どおり、ネリはロドリゲスとのWBC挑戦者決定戦が決まっている。一方、リゴンドーは12月22日にリボリオ・ソリス(メキシコ)とのWBA正規王者決定戦に臨むことが発表された。
下馬評どおりにネリ、リゴンドーが次の試合を勝ち抜いたとして、彼らと戦っても井上のタイトルが増えるわけではない。しかし話題性という点では、このふたりと対戦することの意味は対立王者との統一戦よりも上。特にネリがロドリゲス、ウバーリを連破してWBC王者に戻った場合、井上との激突は”階級頂上決戦”と喧伝(けんでん)されることになるだろう。
メキシコ系移民が多いアメリカでボクシング興行を盛り上げようとする場合は、「メキシコ人選手を巻き込め」というのが鉄則。山中慎介(帝拳ジム)との対戦時のさまざまな悪行、日本から追放処分を受けた事実もむしろ”スパイス”となり、井上vsネリは米国内でも軽量級の範疇を超えた注目カードとなるはずだ。
もっとも、日本の多くのファンからの反発が必至のマッチアップでもある。ネリが再び体重オーバーの体で現れ、興行を滅茶苦茶にされることも想定内。挙行された場合に混乱が起こる可能性まで含め、「禁断のカード」と呼べる一戦である。
一方、アメリカでは存在感が乏しくなったリゴンドーは、日本のファンからの評価が高いことがカギになるかもしれない。ソリス戦をクリアすれば、井上戦を楽しみにする声は日本側から飛び出しそう。39歳という年齢もあって、早い時期に対戦が具体化しても驚くべきことではない。
リゴンドーはネリ同様、強力アドバイザーのアル・ヘイモンが率いるPBC所属なのが厄介ではある。だが、軽量級の層の薄さを考えれば、プロモーターの違いが対戦交渉の致命傷になることはあるまい。
【コンテンダー(チャンピオンに挑む挑戦者)】
・IBF1位 マイケル・ダスマリナス(フィリピン/27歳/30勝(20KO)2敗1分)
・WBA3位 ジェイソン・マロニー(オーストラリア/28歳/20勝(17KO)1敗)
・IBF2位 ジョシュア・グリーア・ジュニア(アメリカ/25歳/22勝(12KO)1敗1分)
来春に予定される初戦では、対立王者やビッグネームより、ここで挙げたコンテンダーたちと対戦する可能性が高そうだ。
サウスポーのダスマリナスは、引き分けを挟んで13連勝中ではあるが、世界的にはまったくの無名。それでもなぜかIBF1位にランクされ、井上の指名挑戦者になった。”モンスター”が本気で4団体統一戦を目指すとすれば、いずれ戦わなければならない相手だ。正直、魅力的な選手とは言い難いが、井上にとって”お披露目”に近い舞台となる次戦で、ルールを厳守するIBFの指名戦を早めにこなしておくのは悪くないシナリオに思える。
双子の弟アンドリュー(WBA世界スーパーフライ級暫定王者)と共にトップランク社と契約したマロニーは、WBSS1回戦でロドリゲスに善戦して名を売った。好戦的な選手で井上とは噛み合いそうだが、この兄弟はオーストラリアの期待も集めているだけに、トップランク社はもうしばらく先を見据えることになるだろう。井上との対戦があるにしても、早くて1年後になるだろうか。
トップランク社興行のアンダーカードで腕を磨いてきたグリーアは、10月26日、井上の米国デビュー戦の相手を務めたアントニオ・ニエベス(プエルトリコ/2017年9月、井上に6回TKO負け)に10回判定勝ちを飾った。ただ、最終回にダウンも喫する冴えない内容。これ以上の伸びしろを感じさせないサウスポーが、井上にとって「故障からの復帰戦」でもある次戦の相手に起用されることは、十分に考えられる。
【スーパーバンタム級王者】
・WBO世界スーパーバンタム級王者 エマヌエル・ナバレッテ(メキシコ/24歳/29勝(25KO)1敗)
・WBA、IBF世界スーパーバンタム級王者 ダニエル・ローマン(アメリカ/29歳/27勝(10KO)2敗1分)
近いうちにスーパーバンタム級に階級を上げるとすれば、ナバレッテ、ローマンという実力派王者たちとの対戦が興味深い。特に、「メキシコ人」「アグレッシブなファイター」「トップランク傘下」という3つの要素が揃ったナバレッテとのマッチアップは面白い。長身のメキシカンが井上のパンチに耐え切った場合に、大激戦になるポテンシャルを秘めている。
もっとも、井上は「しばらくバンタム級で戦う」と明言している。スーパーバンタムでは大柄なナバレッテも、そう遠くないうちに「フェザー級に上げる」と述べているだけに、現実的には対決は難しそうだ。
【周辺階級のスターたち】
・WBC世界スーパーフライ級王者 ファン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ/29歳/40勝(27KO)3敗)
・WBO世界フェザー級王者 シャクール・スティーブンソン(アメリカ/22歳/12 戦全勝(6KO))
・WBA、WBC、WBO世界ライト級王者 ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ/31歳/14勝(10KO)1敗)
少々残念なのは、ここまで名前を出した選手たちとの対戦は「マニア垂涎の好カード」ではあっても、一般のスポーツファンの興味を惹きつけるマッチアップとは言えないことだ。周辺階級には、井上を一気に世界的スターダムに押し上げるほどのライバルは少ない。そんな中で、唯一の例外と言えるのが、稀有なスキルと実績を誇る一階級下の実力派王者、エストラーダだろう。
エストラーダも、現時点でスーパースターとまでは呼べないが、最高級にリスペクトされている選手であることは間違いない。階級、プロモーターの違いもあり、現状ではリアリティーがあるとは言えないものの、井上との”パウンド・フォー・パウンド・トップ10対決”は垂涎のカードだ。
また、エストラーダはメキシコ人であることも魅力。マニー・パッキャオ(フィリピン)にとってのファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)のようなライバルとして確立すれば、井上の知名度は世界に広まることになるだろう。
今後、往年のパッキャオのような大ブレイクを目指すなら、フェザー級より上で戦うスティーブンソン、ロマチェンコに挑むといった”冒険マッチメイク”も必要かもしれない。このふたりはどちらもトップランク社所属。サイズの違いからも現実性は低いだろうが、以前、プロモーターのボブ・アラム氏は「フェザー級でのロマチェンコvs井上」に言及したことがある。井上が圧倒的な強さで勝ち続けた場合、そんな破天荒なマッチメーク構想も現実味を帯びてくるかもしれない。